現在、ジャパンディスプレイ(JDI)を取り巻く経営環境は一段と厳しさを増している。すでに同社は5年連続で最終赤字を計上した。

スマートフォン向け液晶パネルの販売減少、それによる減損の発生を受けてJDIの収益力は低下している。

 6月末の時点で同社は債務超過に陥った。9月26日、中国の投資ファンドである嘉実基金管理グループがJDIへの支援から離脱したこともあり、今後の資金繰りへの懸念は高まっている。当面、同社は官民ファンドであるINCJに依存して経営を続けていくことになるとみられる。

 最近、世界的にスマートフォン需要は伸び悩んでいる。米中の貿易摩擦によるサプライチェーンの混乱など、グローバル経済の下方リスクも強まっている。収益と財務の両面で、JDIの経営内容が一段と悪化する可能性は高まっているといわざるを得ない。

JDIが経営難に陥った背景

 JDIの経営は、資金繰りを中心に厳しい状況を迎えている。経営悪化の背景には多くの要因がある。そのなかでも最も重要と考えられるのは、バブル崩壊後、多くの日本企業が専守防衛型の“守り”の経営に固執したことだ。

 もともと、日本の電機業界は技術力を生かしてカラーテレビをはじめとする高性能の完成品を生産し、輸出することで成長を遂げてきた。しかし、1990年代初頭に日本の資産バブル(株式と不動産の価格が理屈で説明できないほど高騰した経済環境)が崩壊したことを境に、状況が一変した。

 バブル崩壊後、資産価格は急速に下落し、景気は低迷した。多くの企業が極度にリスク回避姿勢を強め、新しい取り組みよりも、雇用の保護などを優先した。このようななか、電機業界では完成品の輸出によって成長を遂げてきたという成功体験への執着が強く残るなどし、構造改革を進めることが難しかったと指摘する経済の専門家は多い。

 その一方、海外では経済の構造変化が大規模に進んだ。韓国、台湾では、企業が日本の技術力を吸収し、政府のバックアップを得つつ設備投資が大規模に進められた。韓国のサムスン電子などは低価格で大量の製品を生産する体制を整え、半導体やテレビ、ディスプレイなどの市場で世界的シェアを手に入れた。

 また、中国は安価な労働力を武器に、“世界の工場”としての地位を確立した。米アップルは中国にあるフォックスコン(台湾の鴻海精密工業の傘下企業)の工場に世界各国から優秀な部品などを集め、完成品を生産する(組み立てる)体制を整えた。

 この状況下、日本の電機業界は素材・部品から完成品までを一貫して生産することにこだわった。結果的に、日本企業は価格競争などに対応することが難しくなり、世界の半導体やテレビ市場におけるシェアを失った。

 この反省に立って、2012年、ソニー東芝・日立のディスプレイ事業を統合してJDIは発足した。ただ、JDIの業績は悪化続きだ。

バブル崩壊後に日本企業が陥ったリスク回避の後遺症は大きく、JDIは成長への取り組みを進めることが難しかった。

単純な“組み立て業”になってしまったJDI

 JDIとは対照的に、近年、日本企業のなかには、高機能の素材やパーツなどの分野で競争力を発揮してきたケースもある。そのよい例がソニーだ。JDIにディスプレイ事業を譲渡したソニーは、自社の強みを生かし、より高い成長が期待できる分野に“ヒト・モノ・カネ”の経営資源を再配分した。この取り組みを基礎に、ソニーはスマートフォンのカメラに搭載されるCMOSイメージセンサーでシェアを高め、経営を立て直した。

 同社の経営陣の発言からは、技術力を磨き、高めることで従来にはないモノを生み出すことが成長には欠かせないという強い意思が感じられる。ソニーが半導体事業の分離を求める株主提案を拒否したのも、経営陣がモノづくりを重視しているからだ。

 これに対してJDIは新しいモノを生み出すという意味での製造業よりも、既存のプロダクトの組み立てとしての生産活動に終始してしまったように見える。

 事業開始以降、JDIは、アップルの求めるプロダクトの生産を優先してきた。その発想は目先の収益獲得には重要だった。アップルは、韓国や台湾勢などからもディスプレイを調達してきた。韓国・台湾勢は日本などから素材や部材を仕入れ、それを組み立て、アップルにディスプレイを納入している。

 生産技術が確立した分野で日本企業が新興国などの企業と競争するのは、コスト面を中心に不利な点が多い。JDIが価格競争から距離をおき、経営基盤の強化を目指すためには、海外にはないモノの創造が重視されるべきだった。次世代のディスプレイ技術として注目を集める量子ドットの研究・開発などはより大胆に進められてよかった。

 日本企業が持続的な成長を目指すためには、無から有を生み出すという意味での取り組みが大切だ。そのためには、研究開発への情熱を持った人材が経営に参画し、組織をまとめ、社員のやる気を引き出していくことが欠かせない。そうした取り組みが、イノベーションの発揮を支え、より付加価値の高いテクノロジーやモノの創造を可能にするはずだ。

不透明な官民ファンド傘下での再建

 このように考えると、官民ファンドであるINCJの下でJDIが発足した本来の狙いがよくわかるだろう。それは、日本のディスプレイ分野における英知を結集し、他国にはまねできない新しいモノを生み出すことだった、といえる。

 現時点で官民ファンドの役割を評価すると、成果は上げられていない。当初、積極的な姿勢を示してきた嘉実基金管理グループがJDI支援から離脱を決めたことを見ると、同社の実情はかなり厳しいといわざるを得ない。 

 現在、JDIにとってINCJからの資金供給は、生命維持装置というべき役割を果たしている。今後、筆頭株主であるINCJの責任はさらに増していくだろう。

INCJは、大局的かつ長期的な視点から世界経済の変化を見据え、JDIの強みが発揮できる分野に経営資源の再配分を迅速・大胆に進めることができる経営者人材を確保しなければならない。これまで十分な改革を主導できなかった官民ファンドがその役割を果たせるか、かなり不透明だ。

 JDIの再建は、時間との戦いと化している。すでに主力の白山工場の操業停止が長引いている。言い換えれば、同社が事業そのものを続けることが難しくなっているということだ。財務内容は悪化傾向となるだろう。状況によっては、より大規模なリストラが不可避となる恐れがある。現経営陣は、この負の循環を止めることができていない。

 すでに世界のスマートフォン市場では、先進国を中心にシェアを高めてきたアップルの販売鈍化が顕著だ。世界経済を支えてきた米国の景気後退懸念に加え、GAFAをはじめとする米IT先端企業の成長期待にも陰りが見られる。

 世界経済の減速が鮮明になれば、JDIの経営にさらなる下押し圧力がかかることは避けられないだろう。JDIがどのように経営の悪化を食い止め、成長に向けた新しい取り組みを進めることができるか、先行き不透明感は一段と高まっている。

 わが国企業は守りを固めつつ、JDIの教訓を生かさなければならない。重要なことは、自らの強みをしっかりと把握し、従来にはないテクノロジーやモノの創出に取り組むということだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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