日本郵政の副社長・鈴木康雄氏が10月3日、国会内での野党合同ヒアリングに出席後、集まった記者団に対し、NHKの取材姿勢について「まるで暴力団」と痛烈に批判したことが波紋を広げている。4日、テレビ朝日などの報道によるとNHK側は「(鈴木氏が『暴力団と一緒』と指摘するような)そうした発言はなかった」と全面否定。

「言った、言わない」の水掛け論になりつつある。

「バカじゃねぇの」

 NHKの報道情報番組『クローズアップ現代+』は昨年4月、日本郵政グループかんぽ生命保険の不正販売を報じた。さらに番組は続編放送のため、インターネット上で情報提供を求める動画を投稿していたが、日本郵政グループがNHKの最高意思決定機関・経営委員会に放送内容に対して抗議。同委が昨年、上田会長を厳重注意した。NHK側は動画を削除し、続編の放送を一旦見送った上で、今年7月に放送に至ったが、一部ではこれが「郵政側からの“圧力”にあたるのではないか」と、問題視されていた。

 日本郵政社長・長門正貢氏は9月30日の記者会見で、抗議について「深く反省している」と、コメント。番組の内容に関して「今となってはまったくその通り」と認め、抗議したことについては「当時はアンフェアと感じた」「郵政グループが悪の権化だと言われているように感じ、NHKが続編を制作していることに抗議した」と説明しつつ、「プレッシャー(圧力)を与えたつもりはない」とも主張していた。

 そんななか今月3日、鈴木氏は野党の合同ヒアリングでかんぽの不正販売問題について、顧客に不利益を与えたことを「申し訳ない」と謝罪しながら、NHKに対しては「(動画について)今もおかしいと思っている」「言われっぱなしで構わないわけじゃない」と発言。さらに、合同ヒアリング後には記者団の前で、NHK側から「取材を受けてくれれば動画を消す」と言われていたと明かし、「まるで暴力団と一緒。殴っておいて『これ以上殴ってほしくないならやめたるわ。俺の言うことを聞け』って。バカじゃねぇの」と、言い放った。

NHKは鈴木氏に反論

 各社報道によるとNHKは4日、この「暴力団」発言に反発し、「(鈴木氏に)面会に行っていた者からヒアリングをした。例えば『取材を受けてくれれば動画を消す』といったようなことを言ったことはない」と全面否定した。一方の鈴木氏は「7月30日とはっきり日付が残っております。その日にNHKのディレクターが来て『取材を受けてくれたら、過去2つの動画について削除する』とはっきり言い切っています」と再反論した。

 一連の論争に、インターネット上では賛否両論が巻き起こっている。

「NHKに不正を暴かれて、なぜか被害者ヅラ。殴られるようなことをしたのは自分たちでしょ?」

「やっぱり反省してない。昨年の告発を受けて、真っ先に抗議するような組織だもの」

「NHKが暴力団なら、日本郵政は詐欺集団だろ」

「社長が反省の意を示したのに、副社長はこれだよ? 組織として統制されてないってこと」

 また、鈴木氏に対しても手厳しい意見が多い。

「不祥事が起きても非を認めない。さすが“天下り”副社長」

「これまで“天下り”でやってきた人間には、責任を負う気持ちなんてないよね」

 一方で不正販売の再発防止策やかんぽ生命の構造的な問題点に関する議論がなく、双方の感情的な批判の応酬になりつつあることに関し、次のような冷めた意見も目立ち始めている。

「言った、言わないの水掛け論 お互い幼すぎる」

「どっちもどっちだから喧嘩両成敗でどっちも潰れて良いよ」

郵政省時代の上から目線

 鈴木氏は1973年に当時の郵政省に入省して以降、総務省郵政行政局長や総務省情報通信政策局長、総務審議官、総務事務次官といった経歴を持つ。2010年には総務省顧問、そして損害保険ジャパン顧問にも就任。

13年に日本郵政取締役兼代表執行役副社長、日本郵便取締役に、15年に日本郵政取締役兼代表執行役上級副社長となっている。

 鈴木氏はなぜ暴発したのか。神戸学院大現代社会学部教授で旧労働官僚だった中野雅至氏は次のように今回の騒動を解説する。

「今回の件は、鈴木副社長が総務省の出身、中でも旧郵政省の出身者であることが大きいと思います。

 旧郵政省は電波行政を長らく取り仕切り、地方ローカル局への天下りは何度も行われてきました。そのため20~ 30 年前のマスコミ、特にテレビ局には『郵政を扱うのはご法度』という雰囲気がありました。それは少なくとも小泉純一郎元首相の『郵政民営化』まで続いてきたと思われます。

 鈴木氏は放送通信業界を所管し、同業界に対して権力が強かった時代の郵政官僚ということもあり、そもそも上から目線で今回の件にあたった可能性があります。多くの官僚が天下りできずに退職金でやりくりしている状況下で、鈴木氏のかんぽ生命副社長への天下りは恵まれている部類に入ると思います。

 事務次官という役職は、人格的に優れた人物しかなれません。腰が低く、暴言を吐かないよう長年にわたって訓練し、黒子に徹してこなければ着けない役職です。それが、今回のような発言をするとは前代未聞です。

かんぽ生命に対する愛社精神があるとは思えませんので、個人的に腹に据えかねたのではないでしょうか。

 今回の件は、省庁とNHK間の権力闘争というより、官僚と世論のマスコミに対する姿勢が変わってきていることを表した事例だと思います。安倍晋三内閣の成立前後の10年前くらいから、官僚側がマスコミにクレームをつけることが多くなってきました。それまでは官僚側はマスコミに言われっぱなしで、むしろマスコミに対する恐怖感がありました。

 状況が変わったのは、インターネット上の世論がマスコミに対して批判的な風潮になったことが大きいと思います。すでにマスコミは世論に応援される立場ではありません。そうした社会の雰囲気の後押しもあって、鈴木氏は今回のような暴言に至った可能性があります。

 世論の後押し、郵政官僚として口をはさみやすい立場、そしてNHKの今回の取材のやり方が重なって、激発したというのが真相ではないでしょうか」

 一方で、NHK記者は次のように話す。

「『クローズアップ現代+』のチームに何かあったのは、社内で噂になっていました。ただ当事者たちに聞いても口は重く、社内にもあまり公に触れられないような空気がありました。今、考えてみれば総務省案件であったことに加えて、今のNHK経営委員会には鈴木氏とつながりのある損保ジャパンの関係者が複数人います。

 明らかに面倒くさくなりそうな案件ですし、1回目のクロ現の放送後にほかの取材チームから支援射撃があったようにも見えませんでした。

かんぽ生命に関わりたくないと思っていたのが現場の局員の本音だし、空気感だったと思います。

 社の内外問わず圧力というか、取材を忌避したほうがよさそうな空気感を感じます。だから今回のスクープに対して現場の記者の多くは、『すごいな』という思いのほうが強いです」

 NHKの取材手法に不備があったか定かではないが、この問題の本質はかんぽ生命が不正販売を行っていたことのはずだ。顧客の利益を無視した保険商品の売り方が許されるわけがない。経営幹部として一連の対応が適正だったのか、鈴木氏が厳しく問われていることに変わりはない。

(文=編集部)

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