1.サブウェイがいまひとつブレークしない理由

 パン、トッピング、野菜、ドレッシングなどを選んで自分好みのサンドウィッチを注文できる、ヘルシーなイメージのサブウェイ(SUBWAY)ですが、日本での人気はいまひとつのようです。

 その理由の一つに、選択の複雑さが挙げられます。

サブウェイの横長カウンターでは、流れ作業の順に、まずサンドイッチの種類(ターキー、アボカドシュリンプなど)を約15の中から決め、次にパンを5つの中から選び、さらに8つの有料トッピングの有無、4つの野菜の有無、4つの無料トッピングを決めて、最後にドレッシングを9つの中から選んで、商品が完成するという仕組みです。

 その数、実に約4400万通り(15×5×2の16乗×9)にもなります。自分の後ろには、列に並んでいる人からのプレッシャーもあります。事前に決めていないと、リアルタイムに約4400万の選択肢の中から、自分が一番好むサンドウィッチを注文するのは至難の業です。

 一見さんにとっては、特に大変かもしれません。たかだかサンドウィッチ、注文でミスをしてもお腹いっぱいになればと思うかもしれません。しかし間違った選択をして後悔するかもしれないという恐怖は、消費者を無意識のうちにサブウェイから遠ざけている可能性があります。

 選択肢は多ければ多いほどいいと思っていませんか? たしかに、4400万通りの中から効用が一番高くなるオーダーを瞬時に計算できるようなロボットであればそうでしょう。

 しかし人間の情報処理能力には限界があります。これは1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが提案した限定合理性と呼ばれる概念です。選択肢の数が多すぎると、意思決定の負荷が大きくなったり、選択に失敗したときの後悔を恐れたりして、選択自体を保留することが知られています。

 たとえば心理学者シーナ・アイエンガーの著書『選択の科学』(文藝春秋)で紹介された有名な実験では、6種類のジャムを用意した場合、試食に来た人のうち30%が購入しましたが、24種類の場合には、試食に来た人のうち3%しか購入しませんでした。

彼女は、人が進んで選ぼうという気になって、その結果に満足できる選択肢の数は5~9といっています。

 サブウェイでも、各選択項目にチェックリストが書かれた注文用紙を記入するようなシステムでもあれば、この問題が少しは緩和されそうですね。

2.先送りの心理:時間的圧力(タイムプレッシャー)の影響

 出張帰りの飛行機の出発間際に、空港でお土産を選んでいる状況を考えてみましょう。このようなとき、どれを選ぶか、あるいは何も買わないか(先送り)の決断は、どのような要因で決まるのでしょうか?

 次の3つの要因が考えられます。

1.どれほどお土産を購入する必要性があるか(意思決定への関与)

2.選択肢全体の魅力(意思決定の魅力度)

3.選択の難しさ(意思決定の難しさ)

 たとえば、仕事を任せてきた上司へのお土産であれば、手ぶらでは帰れませんが(必要性が高い)、自分のためであれば、特に欲しいものがなければ買わないかもしれません(魅力が低い)。あるいは自身のためでも、魅力的な商品がありすぎて決められないという、アイエンガーのジャム実験のような状況(選択の難しさ)もあるでしょう。

 タイムプレッシャーがある場合、人はヒューリスティックを用いて意思決定を単純化しますが、選択問題では具体的にどのようなプロセスを用いるのでしょうか?

 消費者行動研究では、以下の2つの方略を使うことが確認されています。

a) メリット/デメリットのトレードオフを計算する補償型意思決定ではなく、特徴別にスクリーニングをする非補償型意思決定を使う。

b) 商品間の違いを重視するため、選択肢のユニークな特徴に重みを置いて、共通な特徴に対しては注意を減らす。

 補償型意思決定とは、ある属性で劣っていてもそれ以外の属性で優れていれば効用が補えて、選択肢の中で一番高い効用を持つものが選ばれるというルールです。単純な例では、商品のパフォーマンスが低くても、価格が十分安ければ効用が高くなる「コスパ」を基準にした選択ルールが挙げられます。

 一方、非補償型意思決定は、自分が必要と思う属性を持たない商品は、どれだけ価格が安くても選ばないというルールです。

したがって、タイムプレッシャー下では、非補償型意思決定を用いることで選択を簡単にし、先送りを減らそうとします。さらに、ユニークな特徴がポジティブで、共通な特徴がネガティブな商品から選ぶ場合であれば、選択肢間の違いに対して、より注意を払うため、意思決定の魅力が高まり、先送りを減らす効果があります。

 この効果を経験的に知っている売り手は、買ってもらうためにさまざまな工夫をします。カテゴリーの商品が似たりよったりの場合は、本質的な機能には重要でない、ちょっとした特徴が、店頭でタイムプレッシャーを感じている消費者の購買動機になったりします。

 たとえば、インスタントコーヒーの顆粒をザラザラにしたり、歯みがき粉を色相別に練りこんだりすると、それが購入の決め手になるのです。あるいは家電量販店で、似たような特徴を持った4Kテレビの中で購入を決めかねているときに、販売員が「今、◯◯ブランドで決めていただけるならば1万円値引きしますよ」と提案したとしましょう。数ある選択肢の中で、◯◯ブランドの1万円引きがポジティブでユニークな特徴となるので、決断が楽になったりします。

 タイムプレッシャーの下でヒューリスティックを使うことによって誤った選択をしないためにも、かしこい消費者は「本当に今、買う必要があるのか」(必要性)を再考し、購買を先送りすることで、無駄な衝動買いを防ぐことができます。

 一方、優柔不断になり過ぎてしまい、決断を先送りしてしまうことによって、逆に効用を下げてしまうこともあります。

 たとえば、パソコンを買い替える際に、些細な機能の違いで迷ったり、新モデルがそろそろ出るかもしれないからと、購買を先延ばししたりすることがありませんか? このような場合は、先送りしている期間、新しいパソコンの生産性にあずかれない機会損失と、誤った選択肢を選んでしまうリスクとを天秤にかけて、購買すべきかどうかを決めるべきです。「住めばミヤコ」、機能の違いが些細であれば、間違った選択肢を選んでも効用はそれほど悪化しないので、先送りの機会損失のほうが大きいかもしれません。

(文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)

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