JR東海が2027年開通を目指すリニア中央新幹線だが、開通の遅れが懸念されている。南アルプストンネル工事による大井川の流量問題で、静岡県が着工を認めていないからだ。
「名古屋までの開業が遅れるようなことになれば、大阪までの開業にも影響を及ぼしかねない」
JR東海の金子慎社長は8月7日の記者会見で、静岡工区が未着工になっている問題に危機感を示した。東京と名古屋を約40分で結ぶリニアのルートは山岳部が中心で、中央・南アルプスにトンネルを掘って走行する。静岡県内を通るのは北部の山間部のみ。駅もできない。約25キロの南アルプストンネルのうち静岡工区は約9キロにすぎないが、地表からトンネルまでの深さである「土かぶり」が最大1400メートルもある。膨大な土砂や大量の地下水との闘いとなる難工事が予想される。
南アルプストンネルの両端に当たる山梨県は15年、長野は2016年に工事が始まった。工期はいずれも10年。静岡工区も17年にJR東海とゼネコンの間で契約が結ばれた。すぐに工事に着手し、26年11月に完了する予定だった。ところが静岡県が「待った」をかけた。
トンネル工事で大井川が毎秒2トン減流する双方の対立はJR東海が13年9月、「掘削工事の影響で、大井川が毎秒最大2トン減流する」との予測を公表したことにさかのぼる。
「トンネル工事で大井川の水資源が大量に失われ、流域自治体や利水者の理解を得られない」と静岡県が工事の着工を認めなかった。県と流域10市町、土地改良区など11の利水団体は、静岡県内で出たトンネル湧水の全量を大井川に戻すように求めた。一方、JR東海は「毎秒2トン減少する」との試算を基に「減少分を戻す」との姿勢を崩さなかった。
着工の遅れに焦燥感を募らせたJR東海は18年10月、「全量戻し」案を示し歩み寄った。だが、県は「環境影響などの懸念が払拭されていない」ことを理由に着工を認めなかった。
「JR東海に媚びを売る必要はない」「(工事の遅れを)静岡県のせいにするのは失礼千万だ」。6月11日に行われた静岡県の定例会見で川勝平太知事は、JR東海への批判を繰り返した。「どうしても27年に開業したいのなら、静岡をルートから外せばいい」とまで言い切った。
かたくなな静岡県の姿勢に対して愛知県の大村秀章知事は「まず着手し、不都合があれば立ち止まって考えればいい」と譲歩を促した。三重県の鈴木英敬知事も、これに同意。山梨県の長崎幸太郎知事は「安全・安心に重大な関心を持って主張するのは当然」と静岡県に理解を示すが、「予定通りの開業」を望んでいることに変わりはない。
静岡空港近くに東海道新幹線の新駅を造れ静岡県の川勝知事はリニア計画自体に反対しているわけではない。むしろ推進派だ。その一方で、川勝氏はディール(取引)の人ともいわれる。最初に高値を吹っかけ、交渉の過程で妥協点を見つける。大井川の水資源問題も落としどころを、ちゃんと用意している。
6月11日の会見で川勝知事は「リニア工事は静岡県にまったくメリットがない」と主張。「工事を受け入れるには代償が必要だ」と述べた。工事を認める代わりに、静岡県内に東海道新幹線の新駅を建設せよということのようだ。川勝知事は以前から静岡空港に近い新幹線の新駅設置を要望していたという事情もある。
東海道新幹線の静岡駅と掛川駅の間に静岡空港がある。JR東海は「空港近くにはすでに掛川駅があるので、(新駅は)不可能」との立場だ。JR東海の金子社長は6月12日の会見で、リニア開通後、東海道新幹線の各駅停車「こだま」や「ひかり」の増発余地があることに触れ「(停車駅の多い列車が増えれば)一番メリットがあるのは静岡県だ」と強調した。東海道新幹線の17駅のうち6駅(熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松)が静岡県内にある。
静岡県とJR東海の協議は続いているが解決のメドは立っていない。菅義偉官房長官は9月6日の閣議後の記者会見で、リニア中央新幹線の建設工事をめぐる静岡県とJR東海の対立を解消するために政府が関与する姿勢を示した。静岡工区は17年着工、26年11月に完成の予定だった。着工はすでに2年遅れている。
リニア中央新幹線は東京―大阪間を約1時間でつなぐJR東海の大型プロジェクトだ。総事業費は9兆円で、うち3兆円は財政投融資を活用する。東京(品川)―名古屋間の27年開業は絶望的だ、との見方が浮上。
(文=編集部)