2020年度から大学入学共通テストに導入される予定だった英語の民間資格・検定試験について、萩生田光一文部科学大臣がBSテレビの番組で放った発言が、インターネット上で大きな反発を招いた。1日、文部科学省は英語民間試験の実施延期を発表する顛末になった。

萩生田氏は「経済的な状況や居住している地域にかかわらず、ひとしく安心して試験を受けられるような配慮などの準備状況が十分ではないため、来年度からの導入を見送り、延期する」と苦しい弁明に追われた。この入試制度の何が問題なのか探ってみた。

「予備校通っていてズルいよな」と同じ

 事の発端は10月24日夜、BSフジ『プライムニュース』に出演した萩生田氏が放った発言だった。2020年度から実施される予定だった大学受験の民間資格・検定試験で、家庭の経済状況や地理的条件で不公平が生じるという指摘を受け、萩生田氏は次のように発言した。

「それを言ったら、『あいつ予備校通っていてズルいよな』と言うのと同じだと思うんですよ。だから、裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないけれど、そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえれば」

「人生のうち、自分の意志で1回や2回は、故郷から出て試験を受ける。そういう緊張感も大事かなと思う。できるだけ近くに会場をつくれるように今、業者や団体の皆さんにはお願いしています。できるだけ負担がないように、いろいろ知恵を出していきたい」

 これに対し、Twitter上では、次のような批判が続出した。

「民間試験利用は極めて差別的で不公平な入学試験制度である事は明白。自前で入学試験も出来ない大学は消えてもらっていい大学だ。特に経済的格差が如実に影響する制度を自覚しつつ実施する大学など、学問の場に相応しくない」(原文ママ、以下同)

「要は貧乏人の子は貧乏人らしく生きろ、ということ」

 こうした声を受けて、立憲民主、国民民主、共産、社民などの野党も猛反発し、制度導入の延期を政府に強く求めた。

 萩生田氏は28日、「受験生の皆さんに、不安や不快な思いを与えかねない説明不足な発言だった」と陳謝し、「どのような環境下にいる受験生も、自分の力を最大限発揮できるよう、試験を全力でがんばってもらいたいという思いで発言した」と説明。29日には、「あの発言を撤回したうえで真意を説明したと受け止めていただいて結構」と釈明し、ついに11月1日、実施延期を発表した。

英語民間試験とはどういうものなのか

 英語民間試験で、受験生は英検やTOEFL、ベネッセコーポレーション実施の「GTEC」など7種類から受ける試験を選ぶ。それぞれの試験で「読む・聞く・話す・書く」の4技能について見るもので、原則として高3の4~12月に受けた2回までの成績が大学に提供される仕組みだ。

 問題は、「大学に提出する成績」は2回に限られているが、「試験の受験回数」には制限がないということだ。受験料は試験の難易度によって異なるが、おおむね約1万円から2万5000円かかる。つまり家庭の経済力によって期間中、何度でも挑戦できる受験生と、2回受験するのも厳しい生徒に分かれるのだ。

 また民間試験なので、会場はおおむね各地の主要都市に限られる。過疎地の生徒は、受験するために交通費や宿泊費が多くかかることになる。

僻地の高校生はどうなるのか

 今回の民間試験を活用する場合、僻地の高校生はどうなるのか取材した。本州最北に位置する青森県下北半島の県立高校1年の男子生徒は次のように語る。

「もともと入試で都会に出るのは覚悟していましたけど、英語試験だけのために何度も地元を出るのはちょっと・・・。

お金もそうですけど、とにかく目的地までの移動距離と時間がやばいです」

 彼が仮に民間試験で導入予定のTOEFLを受けるとする。これまで、青森県を含む東北地方の会場は仙台市と秋田市の2カ所だ。新幹線の利便性の高い仙台市での受験を想定してみると次のようになる。

 最寄りのバス停まで家族の車で15分→半島に一本しかない鉄道JR大湊線の大湊駅までバスで40分→大湊駅発の列車は1時間に1本間隔。途中、青い森鉄道・野辺地駅で乗り換えてJR八戸駅まで1時間45分→東北新幹線に乗車。最速の「はやぶさ」で仙台まで約70分。

 所要時間は待ち時間込みで4時間半。交通費は約1万4000円だった。当然、受験当日に家を出ても開始時間に間に合わせるのは不可能なので、前日泊が確実になる。仮に文科省が進める全47都道府県で実施する民間試験でも、会場はおそらく県庁所在地の青森市だ。それでも移動時間は3時間半、交通費は約4000円。多少軽減されるが、一日の公共交通機関の本数から考えると、結局、前泊は必要になりそうだという。

「いや、マジであり得ないですね。センター試験みたいに1回だったら気合でできるかもしれませんけど、受験は英語だけじゃないですし。これだけそんなに時間とお金をかけて何回も挑戦するのは無理です。受験生ファーストで考えてもらえないんでしょうか」(前出の男子高校生)

 東京都八王子市出身で早稲田実業高校在学中、“尖っていた”萩生田氏はスムーズに早稲田大学に進学することができなかった。その結果、1浪して明治大学に入学した経緯がある。だが、すべての家庭が萩生田氏のように浪人生を抱える余裕があるわけではない。また遠隔地の子どもが「都会に出ること」の現実を果たして本当に理解していたのだろうか。

大学入試センターが問題を作るのがフェア

 萩生田氏の発言以前から、大学受験をめぐっては家庭の経済力や、都市と地方の格差が大学入試で大きな不公平要因になっていることは確かだ。大学入試の受験料は受験生を抱える家庭には大きな負担だ。裕福な家庭は数多くの私立大学にチャレンジができるが、そうではない場合は受験校数を絞らなければならない。今回の民間英語試験導入でいっそう、格差は広がるのではないか。

 今回の民間試験制度の問題点は何なのか。

大学通信の安田賢治常務は次のように語る。

「県庁所在地など主要都市に住んでいる学生とそうでない地域に住んでいる学生では、確実に経済的な負担に差が出ると思います。受験するために前泊というケースも多数出るでしょう。これまでは大学入試センター試験3教科以上で1万8000円だったことを考えれば、受験料単独で考えても値上げになります。

 そもそも大学入試センター試験の英語の受験者は約54万人です。これを2回受けるとなると単純計算で受験者数は約108万人になります。受験期限の4~12月まで、毎週開催されている民間試験もありますが、比較的に数が少ないものもあります。果たして、試験会場のキャパシティーは大丈夫なのでしょうか。東京に住んでいても、受験ピーク期に受験希望者が殺到した会場が満員になる可能性もあります。その際、『埼玉県に行ってください』とか『福島県に行ってください』というケースが発生するかもしれません。

 また、台風や大雪などが発生し、会場までの交通機関が乱れる場合もあり得ます。少なくとも絶対に1回受けなくてはいけないというのは受験生にとって大きな負担になりえます。

 お金があれば何度も受けられて有利というのもあるでしょう。例えば、高校2年生の段階から何度も練習して試験に慣れるということはできます。しかし、受験生は英語だけ勉強しているだけではありません。そんな時間を捻出できるのかも疑問です。

 大学入試センター試験で、ライティング、スピーキングを盛り込んだ問題を作成することがもっともフェアな解決策だと思います。今回の延期で、数年の猶予ができました。機会や経済力の公平性、大学など会場確保の問題も考慮すれば最も現実的だと思います。

 ただ、スピーキングなどで採点基準をどうするのかなど課題もあります。発言内容重視なのか、発音重視なのか。民間試験はこれがブラックボックスになっています。ただ、そうした意味でもセンター一括でやったほうがフェアだと思います」

 今回の新制度が導入刺されば、民間業者は確実に儲かる仕組みだった。だが、検証すればするほど金銭面、会場面、受験生の時間確保など実施面での不備が目立つことがわかる。

絵に描いた餅にいつまでもこだわるより、受験生ファーストに徹してもらいたいものだ。

(文=編集部)

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