「サッカー日本代表も、1998年に初出場したワールドカップでは1勝もできなかった。でも、失意のどん底から地道にがんばってきたから今のサッカー界の盛り上がりがあるわけですし、我々も長いスパンで見てバスケ界を盛り上げていきたいですね」
ラグビーワールドカップ(W杯)の日本代表の活躍について話を向けると、プロバスケットボールリーグ(Bリーグ)のクラブ、川崎ブレイブサンダースの運営会社社長を務める元沢伸夫氏は悔しがるでもなく、そう答えた。
W杯で周囲の期待に応えることはできなかったバスケだが、元沢社長の言うように地道な努力が実りBリーグは着々とファン層を拡大している。それはリーグ全体の入場者数が2018‐19シーズンは3年連続増となる259万人を達成し、初のチャンピオンシップ全試合満員という数字を見てもわかる。
その上昇気流の中にあって特に注目すべきクラブが、昨シーズンに東芝から運営を事業承継されたディー・エヌ・エー(DeNA)が親会社となった川崎ブレイブサンダースだ。プロ野球に参入して次々と斬新な企画や新たな経営指針を野球界にもたらしたDeNAが、Bリーグに参入して目指すものとはなんなのか。DeNA川崎ブレイブサンダース代表取締役社長・元沢伸夫氏に話を聞いた。
バスケットは野球とサッカーに並ぶビッグスポーツになると確信――まずは元沢社長の経歴と、川崎ブレイブサンダースの代表となった経緯を教えてください。
元沢伸夫氏(以下、元沢) 2006年にDeNAに入社して、ECサイトの立ち上げやゲームを中国、韓国に輸出する事業だったり、人事を担当していて、当初はいわゆる普通のIT企業の会社員でした。しかし、DeNA が11年12月に横浜ベイスターズの親会社になり、野球経験はありませんがスポーツ全般が好きだった私は、「ぜひベイスターズに出向させてほしい」と当初から上司にお願いしていて、14年シーズンからようやく事業本部長としてベイスターズの仕事にかかわらせてもらうようになりました。
――いきなりの事業本部長就任。それまでスポーツマーケティングの経験はあったのですか?
元沢 まったくないです。
――そこで目をつけたのがバスケだったと。それは元沢社長の意向ですか?
元沢 Bリーグ参入の意向は会社全体のものでしたが、その意思決定には私も大いにかかわっていて、会社の経営会議でバスケ参入のプレゼンをした最終メンバーでした。当時、バスケを事業として行うのはかなりチャレンジングという社内の認識だったのですが、チャレンジであるからこそ私がやりたいと立候補しまして「そんなに言うならやってみろ」と、18年1月からブレイブサンダースを承継するための会社をつくって、そこで代表を務めることになりました。今はブレイブサンダースの事業一本です。
――難しい挑戦になると承知の上で、なぜBリーグを選んだのですか?
元沢 ベイスターズでの成功例もあって、ありがたいことにいろんなプロリーグのクラブから「一緒にやりませんか」と声をかけてもらって、さまざまなスポーツの試合を観たのですが、バスケの持つポテンシャルはズバ抜けていると感じたからです。2時間弱の試合のなかで、ダンクや3ポイントシュート、高速ドリブルがあり、どんな試合展開でもシンプルにカッコよくて、見ていておもしろく、バスケ初心者でも一定の満足感が得られます。狭いコートに2メートル前後の10人の大男たちが縦横無尽にプレーする迫力もすごくて、これは野球やサッカーに並ぶビッグスポーツになるという確信が私の中でありました。
――川崎ブレイブサンダースを選んだ理由はなんですか?
元沢 我々もベイスターズを運営している関係で、できれば神奈川のチームを運営したかったというのがありますね。その点、東芝さんは同じ神奈川にクラブを保有していて、もともと知らない仲ではなかったですし、話を頂いた段階からトントン拍子に進んでいきました。当初のブレイブサンダースの印象は、いい選手も在籍していてチーム自体も強い。
ベイスターズの実績もあって地域からの期待は高く、DeNAによる運営初年度のスポンサー数も約80社から150社へと1.5倍ほどに増加した。とはいえ、DeNAがリーグ参入した当時のBリーグは、まだ3年目の新興プロリーグ。ブレイブサンダースも2018‐19シーズン前に川崎市民を対象に行ったアンケートでは、存在を知っている人はわずか25%だったという。当然、採算を取るのは非常に難しい。従来のやり方では勝算が薄いなか、さまざまな改革に着手した。
――ブレイブサンダースに限らず、Bリーグの課題として最初に挙げられるのが、やはり知名度の低さです。
元沢 おっしゃる通りで、ラグビーのように世界を相手に健闘する姿を見せるのも大事ですが、各クラブが日本中でファンをつくる活動を地道に行うことがプロスポーツクラブの意義。プロのクラブはアマチュアと違い、収益や入場者数が公開されることによって各クラブ間に競争心が芽生えるので、そのスポーツが根差す上でプロ化というのは、かなり重要なんです。ところが、Bリーグはまだ始まったばかり。80年以上前からあるプロ野球や、28年前にスタートしたJリーグと比べると、プロバスケは興行面でかなり後れを取ったといえます。
――だからこそ、興味を持ってもらうためには、まずは地域密着だといえますね。
元沢 そうですね。クラブが地域に貢献して、その地域の人たちにファンになってもらって、スポンサーになってもらう。そうしないと、今の日本のスポーツ業界は経営が回りません。そういう意味では、ベイスターズ時代に培ったスキルを生かせるのではないかと考えていました。
――ベイスターズはすっかり横浜のシンボルとなっていますからね。
元沢 また、プロスポーツクラブとしては、チームを強くして事業の収益も上げる、という両輪を回さないとダメです。そのためには、選手やスタッフの年俸、チームの設備、会場のハード面への投資がまず必要なので、東芝さんが築き上げた下地にDeNAが得意とするマーケティングをプラスするかたちの事業運営を目指そうと思っています。
――具体的には、どのようなところに資本を注入していますか?
元沢 チームが強いことが一番ですが、それ以外でできることとして、“EXCITING BASKET PARK計画”と銘打ち、試合外のエンターテインメント部分を徹底的につくり込みました。たとえば、昨シーズンは当時国内最大級のセンターハングビジョン(コート中央上空に吊るされる4面型のLEDビジョン)を数千万円かけて設置しましたし、今シーズンからはリボンビジョン(会場の横長ビジョン)も導入しています。ほかにも、従来はパイプイスで観客席をつくっていたところを可動席にしたり、場内装飾をチームカラーのブレイブレッドで統一したりと、設備にはだいぶお金を使いました。
――ベイスターズ時代の経験があるからこそ、思い切ってハード面へ投資ができるわけですね。
元沢 そのほかにベイスターズを手本にしたのは、グループシートです。
――グッズに関する改革も積極的に進めたようですね。
元沢 Bリーグは、その市場規模から製造が少数ロットになって売値が上がってしまうので、ユニフォームをグッズとして展開するのが難しく、基本的にファンはTシャツを着て応援する文化です。でも、やっぱりユニフォームを着て応援するほうがファンとしてはテンションが上がりますよね。だから、なんとかユニフォーム着用文化をつくろうと、我々がリスクを負ってユニフォームを売り出したところ、予想以上にファンからは好評でした。グッズは、利益率は低いんですが、直接ファンに楽しんでもらえるコミュニケーションツールなので、チームとして強化しなきゃいけない分野なんです。
最終目標は川崎の街から日本のバスケ文化を変えるブレイブサンダースは、昨年の開幕節では無料で限定ユニフォームを配布するなど、数々の改革が功を奏し、DeNAの運営初年度のチケット売上高も前シーズン比160%、土日祝日に開催されたとどろきアリーナでの試合はすべて満員御礼だった。ビールも昨シーズンの開幕戦だけで1カ月分が売り切れてしまうなど、グッズや飲食売上高は前シーズン比でなんと300%と大きく業績を伸ばした。しかし、それでも黒字転換には至っていないという。
――黒字転換させるために、もっとも重要なポイントはどこにあるとお考えですか?
元沢 やはり平日の入場者数でしょう。休日は満員になりますが、平日に足を運んでもらうには、もっともっとブレイブサンダースを知ってもらって、「観に行ってみようかな」という気持ちになってもらわなくてはなりません。そのため、今シーズンの開幕前は、とどろきアリーナ最寄りの武蔵小杉駅を、選手がポテトチップスを配りながら歩き、グランツリー武蔵小杉というショッピングモールで出陣式を大々的に行って街の人にアピールしました。
――ポテトチップスは特別仕様ですか?
元沢 そうです。ただのチラシではなかなか受け取ってもらえませんから、試合会場でのみ販売しているブレイブサンダースオリジナルのものを配布しました。あとは、今シーズンから東急・武蔵小杉駅改札内でJリーグの川崎フロンターレさんと半々で駅を装飾したり、川崎市バスとのコラボレーションでブレイブサンダースのラッピングバスも運行しています。
――お金がかかりそうですね。
元沢 これらを広告として出すと、とんでもない金額になってしまいますから、使っていない場所をお借りするというかたちです。ベイスターズに比べて予算が少なく、こういった面は地域の方々のご協力が必要不可欠です。そして協力してもらうには、クラブの存在を認めてもらわなくではいけません。
――企画の面では、今シーズンは漫画『あひるの空』(講談社)や、ARダンスボーカルユニット「ARP」とのコラボも打ち出していますね。
元沢 『あひるの空』は武蔵小杉を舞台としたバスケ漫画なので、自然な流れでコラボさせていただくことになりました。ARPの場合は、バックで支える技術がすごくて、これを生かした演出をできればブレイブサンダースファンにも喜んでもらえるんじゃないかということでコラボを打診し、実現しました。私たちだけでできることは限られているので、外部のトップクリエイターと一緒に新しいエンターテインメントをつくっていくのも方針のひとつです。今シーズンはほかにも、吉本興業さんやスタジオ地図さんともコラボさせていただきます。
――ここまでとても順風満帆に思えます。
元沢 いえ、そんなことはなくて、苦労や洗礼を受けたところもたくさんあります。たとえば、Bリーグは試合中もクラブ側が音楽を流して応援をリードしていいのですが、昨年の開幕戦はいろいろと音楽を入れすぎて、試合後のアンケートでは「ノリづらい」という多数のご意見を頂きました。バスケ独自のポイントを理解しきれず、(東芝運営時代から)変えすぎてしまった部分もあったので、数千通のアンケートすべてに目を通して、選手も集めて緊急ミーティングをして、変えられるところは変える、その繰り返しです。
――新規参入だからこそ、昔からのファンの意見は大事にすべきなんですね。そうすることでクラブの収益もどんどんと伸びていくということでしょうか。
元沢 もちろん私はそこを気にしますが、収益や観客動員は最終的についてくるものであって、スタッフには「どうやったらお客さんに楽しんでもらえるか」という顧客満足の部分だけを意識してもらうようにしています。1、2年目は事業基盤をしっかりさせるための投資期間で、この時期に数字ばかり追ってしまうとスポーツビジネスはうまくいかないですから。
――ということは、本当の意味で成果が出るのは来年以降ということですね。
元沢 現状でも、赤字とはいえリーグのなかでは営業収入は上位にランクインしています。ただ、気取ったことを言ってしまうようですが、他チームよりも事業面で抜きん出ることが目標ではないんです。今は川崎の人たちの日々の会話にまだまだブレイブサンダースは出てこないし、日本人の会話のなかにバスケが出てくることも多くありません。これって、文化的なインフラがまだまだ整ってないということなんです。ですから、これからどんどんマーケット規模を広げて、プロスポーツとしてのバスケットボールのステータスを上げるのが本当の目標です。
――確かに、部活においてのバスケは人気競技ですが、現状はそれ止まりというイメージです。
元沢 そうなんです。だから我々は「MAKE THE FUTURE OF BASKETBALL ~川崎からバスケの未来を~」というミッションを掲げています。ブレイブサンダースを通して川崎だけでなく、誰もがバスケットボールを身近に感じられる未来をつくりたいと、真剣に考えているんです。
近い将来に自前の新アリーナを建設する構想も発表するなど、破竹の勢いで改革を進める川崎ブレイブサンダースは、今季でクラブ創設70周年。元沢社長は、今シーズンを「次の100周年を目指すために、川崎の良いところをクラブを通じて発信していきたい」と語る。今後もさまざまな企画が打ち出されるという。ブレイブサンダースが川崎を、そしてプロバスケの未来をどう変えていくのか、期待をもって見守りたい。そして、実際にとどろきアリーナに足を運んで、その歴史の見届け人となるのもいいかもしれない。
(取材・文=武松佑季)