インバウンド景気に陰りが生じている。観光庁によると、8月の訪日外客数は252万人で前年同月比2.2%減だった。
戦後最悪とまでいわれる日韓関係の悪化に伴い、8月の韓国人旅行客は30万8700人と前年同月の59万3941人から半減(48%減)した。2019年1-8月の累計は473万3033人で前年同期比9.3%減である。今年に入ってからは4月の11.3%減、7月の7.6%減という落ち込みはあったが、8月の48%減は衝撃的な数字だ。
観光庁は10月16日、9月に日本を訪れた韓国人旅行者数が前年同月比58.1%減の20万1200人だったと発表した。減少は3カ月連続。8月の48.0%減を下回り、日韓対立の影響は、より深刻化した。減少率が5割を超えるのは、東日本大震災による2011年5月以来、8年4カ月ぶりのことだ。1-9月の累計は493万4233人で前年同期比13.4%減となった。
韓国の釜山海洋水産庁の発表では、釜山と大阪、下関、福岡、対馬の4カ所を結ぶ国際旅客船の9月の乗客は前年同月比で8割減の2万1000人に落ち込んだ。
観光業界は大打撃だ。とりわけ影響が大きいのは韓国人旅行客が多い九州や大阪。昨年511万人のインバウンドが訪れた九州では韓国人客が240万人と全体の47%を占めた。今年上半期は約125万人と微減で済んでいたが、7月以降の落ち込みは九州各地で甚大だ。
温泉地・別府(大分県)の有名ホテルは10月以降の韓国人客の予約がゼロになったという。釜山から50キロと近い対馬市は、8月の韓国人入国者が前年同月比8割減となった。インバウンドでにぎわう大阪・道頓堀界隈も韓国人客が激減し、土産物業者からは悲痛な声が上がっている。
ラグビーのW杯開催で世界各地から数多くの観光客が開催地を訪れているが、年間750万人超が訪れる韓国人客の大幅な落ち込みを、すべてカバーできるわけではない。日韓の対立の長期化は観光業者の首をじわじわと締め続けることになる。
国交省が力を入れるインフラツーリズム政府は2020年までにインバウンド4000万人誘致を目標に掲げているが、今回の韓国人客激減で、赤信号が点滅し始めた。従来の観光政策だけではない、新たな発想が必要になってきている。
13年の観光立国プログラムの中に、「インフラプロジェクトと連動した観光振興」が盛り込まれたことが出発点。国交省が中心となってダムや橋などのインフラ施設の観光化を目指してきた。最近は民間主催ツアーにも組み込まれている。18年11月には「インフラツーリズム有識者懇談会」を設置し、20年に向けた取り組みの強化を図る。
19年7月、国交省は「インフラツーリズム魅力倍増プロジェクト」をスタートさせ、この夏は全国で437件のインフラツアーの内容をポータルサイトに掲載した。有識者懇談会はモデル地区5カ所を選定した。
・鳴子ダム
宮城県大崎市。日本人技術者によって造られた日本初のアーチダム。世界農業遺産の「大崎耕土」や温泉、名勝などを含めた流域連携モデル。年間ツアー参加者1446人。
・八ッ場ダム
群馬県長野原町。
・天ケ瀬ダム
京都府宇治市。官民一体の観光地経営体(DMO)と連携したツアーや淀川水系支流の高山ダムとの組み合わせなど広域連携モデル。年間ツアー参加者2万6906人。
・来島海峡大橋ほか
愛媛県今治市。瀬戸内しまなみ海道上の世界初の三連吊り橋。塔頂体験ツアーを開催。年間ツアー参加者370人。
・鶴田ダム
鹿児島県さつま町。九州最大の重力式コンクリートダムで水位低下時には明治期の発電所遺構が出現する。
国交省はモデル地区での実証実験を踏まえ、20年度までにダムや橋、港といったインフラ工事現場の見学などで年間集客数を100万人に引き上げるとしている。2017年度が約50万人だったから倍増を狙っている。
課題は認知度アップ身近なインフラで人気を集めているケースも結構ある。そのひとつが年間2万人超が訪れる首都圏外郭放水路(埼玉県春日部市)だ。この放水路は洪水を防ぐために建設された世界最大級の地下放水路で、「日本が世界に誇る防災地下神殿」といわれている。
見学コースは3つある。地下神殿「調圧水槽」と巨大竪穴「第1立坑」の見学を60分で行うコースは定員50人で参加料金は1000円。この放水路はさまざまなメディアに取り上げられ、米国のCNNが日本の洪水対策施設として紹介したこともある。首都圏の隠れた人気スポットだ。
羽田空港国際線ターミナルの見学ツアーも人気がある。
「春休み、夏休みはお子さま連れが多いです。それ以外の時期は、空港に見送りに来られたシニア層が目立ちますね。国際線ターミナルはエコとユニバーサルデザインの考え方を取り入れて、江戸の玄関口としてオープンしました。1階には盲導犬のお手洗いもあります。こうしたスポットを設置した狙いやエピソードも含めてご案内すると喜んでいただけますね」(大田観光協会の担当者)
各地に人気インフラスポットがあるのだが、肝心のインフラツーリズムの認知度はまだまだ低い。国交省の調査(回答数1000人/2018年)では「インフラツーリズムという言葉を知っている」はわずか16%にすぎなかった。一方で「インフラ施設を見学したいか」という質問には、言葉を知っている人の94%、知らない人でも68%が「見学したい」と回答した。潜在ニーズの高さをうかがわせる結果だ。
インバウンドの反応も興味深い。「インフラツーリズムに興味があるか」という質問に、87%が「ある」と回答。対象は20か国63人と少ないが、9割近くが興味を示しているのだ。
単にインフラの見学だけでなく、周辺の温泉、名勝、グルメ、伝統文化などを組み合わせたコースを紹介していけば、インバウンド向けの新たな観光鉱脈になる可能性はありそうだ。まずは認知度アップからスタートだ。
(文=山田稔/ジャーナリスト)