アメリカ大統領選挙の投票が行われ、開票が始まったが、その結果次第では暴動や内乱が発生するのではないかとの懸念が強まっており、緊張感に包まれているようだ。そのせいか、アメリカ国内で銃器の販売が急増しているという。

 その背景には、厳しいコロナ対策で知られるミシガン州のウィットマー知事の誘拐を企てた右派民兵「プラウド・ボーイズ」に対してトランプ氏が「下がって待機せよ」と述べたこと、さらに「郵便投票は不正」と主張し、「選挙に負けたら結果を受け入れない」と明言したことがあるだろう。

 だからこそ、トランプ氏の扇動的な言動に呼応して支持者が暴動を起こすのではないかという不安が高まっているわけだが、彼が選挙に負けた場合、敗北を受け入れない可能性は十分あると考えられる。なぜかといえば、トランプ氏は強烈な自己愛の持ち主だからである。

 トランプ氏の強烈な自己愛は、一連の言動を見れば明らかだ。たとえば、2017年にアメリカの27名の精神科医や心理学者などがトランプ氏を診断した本を出版したのだが、その中で彼の「病的な自己愛」を指摘している(”The dangerous case of Donald Trump”直訳すると『ドナルド・トランプという危ない症例』)。

トランプ氏は「無自覚型」のナルシシスト

 強い自己愛の持ち主、つまりナルシシストは「無自覚型(Oblivious Narcissist)」と「過剰警戒型(Hypervigilant Narcissist)」の2つのタイプに分けられるのだが、トランプ氏は前者の「無自覚型」の典型であるように見える。

 その特徴として次の6つが挙げられる。

1)他人の反応に気づかない

2)傲慢で攻撃的

3)自己陶酔

4)注目の的でいたい

5) “送信器”はあるが、“受信器”がない

6)他人の気持ちを傷つけることに鈍感

 トランプ氏には、これらの特徴がすべて認められる。世界最強の国であるアメリカのトップなのだから、誰にも気を使わなくていいと思い込んでいるのかもしれないが、彼がツイッターで暴言を吐き、物議を醸すたびに、“送信器”はあるが、“受信機”がなく、他人の反応に気づかないうえ、他人の気持ちを傷つけることに鈍感な典型例だと思う。

 また、彼はかつて「まるきりエゴのない人がいるなら見せてほしいものだ。そうしたら私は敗者を見せてあげよう」と言い放ったらしいが、このような発言を平気でするのも、自己陶酔しており、傲慢で攻撃的だからだろう。

 もちろん、こうした特徴は大統領に就任する前から一目瞭然だった。

自分の所有する建物や大学に自分の名をつけ(トランプタワーやトランプ大学)、自分のテレビ番組を持ち、トーク番組の司会者にけんかを売っていたのだから、注目の的でいたいという欲望も半端ではないことがうかがえる。

アメリカは「自己愛過剰社会」

 もっとも、前回2016年の大統領選で、多くの識者の予想に反して、トランプ氏が勝利したのは、彼のような指導者を求めるアメリカ人が少なくないからだろう。「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大に」などと叫ぶトランプ氏に拍手喝采する大衆の姿を見て、ナルシシストの指導者を欲しているように私の目には映った。その一因として、アメリカが世界一の「自己愛過剰社会」であることが大きいと思う。

 アメリカがナルシシズムにむしばまれていることを見抜いた著書『自己愛過剰社会』の中で、トランプ氏は「ナルシシストの成功者の好例」と指摘されている。同書によれば、「現在、アメリカではナルシシズムが流行病(エピデミック)にまでなっている」という。

「エピデミック」という言葉は、新型コロナウイルスの流行で有名になったが、「ある集団内の非常に多くの個体が罹患する病気」である。アメリカではナルシシズムがまさにこれに当たるというわけで、同書によれば、自己愛的なパーソナリティの特徴を示す人は1980年から現在まで肥満と同様の速さで急速に増加している。

 しかも、2000年以降、その増加傾向に拍車がかかっており、「アメリカでは20代の人のおよそ10人に1人、全年齢の16人に1人が自己愛性人格障害と診断された経験がある」という。その象徴がトランプ氏なのだ。

 アメリカが「自己愛過剰社会」になったのは、自尊心を持つことや自分を好きになることを重視し、自己表現、自己賛美、自己宣伝などを推奨しているうちに、その副作用として自己陶酔したナルシシストを大勢生み出したからだろう。

 ナルシシストが大好きなのは勝つことであり、何よりも耐えがたいのは自己愛が傷つくことである。

だから、トランプ氏が敗北を受け入れられず、扇動的なふるまいをする可能性は十分考えられる。その結果、傷ついたプライド(誇り)を取り戻したい「プラウド・ボーイズ」をはじめとする支持者が暴走するのではないかと危惧せずにはいられない。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『高学歴モンスター』小学館新書、2018年

ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル『自己愛過剰社会』桃井緑美子訳 河出書房新社、2011年

Glen 0.Gabbard : Two Subtypes of Narcissistic Personality Disorder. Bulletin of the Menninger Clinic.53, 527-532. 1989 

Bandy Lee ( edited ): “The Dangerous Case of Donald Trump : 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President”ST. Martin’s Press. 2017