昨年7月に死去した作曲家・平尾昌晃さん(享年79)の三男、歌手・平尾勇気さん(37)の告発で、平尾さんが再々婚した50代の妻(Mさん)との遺産相続争いが明らかになった。

「たくさんの名曲を世に送り出し、私自身も大ファンで、心からご冥福をお祈りします。

奥さんも勇気さんも平尾さんを大切に思う気持ちに変わりがないと思うだけに、故人に失礼ながら、この争いについては、平尾さんの責任が重いと思います」

 そう語るのは、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表の鬼塚眞子氏である。

「今回の相続は3つの話が複合的に絡まって、より複雑になったと考えます。一つめは、会社経営者であった平尾さんの“事業承継”、二つめは“平尾家としての相続”、三つめは複雑な家族関係が織り成す“心情的”な問題です。残念でならないのは、家族関係が複雑なだけに、事業承継については遺言書を残しておくべきでした。これは会社の経営者としての務めだと思います。ただ、平尾さんはきっと、最後まで作曲家でいらっしゃったんですね。たぶん朝から晩まで音楽のことばっかり考えていらっしゃったんでしょう。天才ってそうですよね」

 勇気さんは、平尾さんが2013年11月に、遺言について弁護士に相談していたメールの存在を公表している。そこには「資金が尽きるまで人を育て、音楽で夢を与えたい」などと綴られていた。メールに自分の考えや思いを残すことは、法的に有効な遺言となるのか。相続案件も取り扱う井上裕貴弁護士は、次のように解説する。

「平尾さんはたくさんの夢をお持ちだったと思いますが、メールに記載した文書は遺言になりません。
なぜなら、民法に規定されている遺言のいずれにも該当しないからです。このうち自筆証書遺言が有効とされるためには、遺言者が全文・日付・氏名を自書し、署名をしなければなりませんが、メールではこれも不可能です。

 また、平尾さんがメールではなく、自筆証書遺言として有効とされる形式で文書を残していたとしても、たとえば『兄弟姉妹で仲良く、話し合って分けて』といった抽象的な記載がなされていただけでは、ただちに法的な効力は生じないでしょう。遺言事項は法定されており、残された財産を、誰にどのように分配するかを記載しておかなければ、法的には何も書いていないのとほぼ同じです。遺言者の『想い』は、遺言事項に付記することがあります」

 平尾さんがマネージャーだったMさんと結婚していることを知ったのは、勇気さんがたまたま戸籍謄本を取った5年ほど前のこと。息子たちにも知らせずに結婚してしまう、平尾さんの自由人ぶりも禍根を残した。

「やっぱりそういうことは、キチンとすべきだったと思います。奥さんはとても素敵な方で平尾さんのことを思っていらっしゃったのでしょうけど、実の親子関係でも親の再婚を知らされないと怒ります。息子さんたちへの配慮が足りなかったように感じます」

●家族間だけで書類を交わすのは厳禁

『瀬戸の花嫁』『よこはま・たそがれ』『カナダからの手紙』を初めとして、平尾さんの残したおびただしいほどの数の名曲は、今も放送で流されカラオケで歌われ、その印税収入は年間1億円に上るという。著作権は本人の死後50年保護されるので、単純に計算すると、それだけで50億円の遺産ということになる。

「平尾さんの印税や著作権を管理するJASRACの相続同意書について、奥さんは勇気さんらに対し、複数人が受け取れる『共同用』は提示せず、Mさんのみが受け取れる『単独用』のみを提示し、承継者の欄は空白のまま勇気さんらにハンコを押させたのですよね。Mさんは『単純ミスで勇気さんたちに誤解を与えた』として、その後に『共同用』に書き換えたということですけど、そのままだったら奥さんが、印税収入を独占してしまった可能性もある。
平尾さんが亡くなられて慎重さを欠いていらっしゃったのかもしれませんが、作為的と取られても仕方がないですよね。そういう意味では勇気さんも怒って当然と思います。

 一部報道によると、奥さんは『単独用』『共同用』の書類があるということは最初から知っていたはずだと。コミュニケーション不足であったことは否めませんが、こういう知識の乖離というのは、一般の方の相続でも起こりえます。

 たとえば、わかりやすい例でいうと、大学の法学部を出たお兄さんと高校生の弟さんが残されたという場合、相続などの法律に関する知識に差がありますよね。だから、まず家族だけで親の遺産分割協議をしようというのはトラブルの種ですし、今回のように家族だけで書類を交わすのは厳禁ですね。実際、相続などの法律に詳しい兄弟姉妹の言いなりになって、取り返しのつかないことになった実例も少なくありません。

 やはりそこには客観的な第三者を入れることが重要であると思います。弁護士や税理士、そして私どものようなコンシェルジュが立ち会う場合もあります。弁護士や税理士は専門的な知識は持っていても、心情的な部分などで対立がある場合には、税理士はそもそも介入できませんし、弁護士であっても“特定の人に有利になるように誘導した”“そそのかした”とみられかねないので、弁護士倫理上、当事者の一方にしか介入できないのです。そこで、心情的な部分の対立があるかどうかについて、まずはコンシェルジュ役が話を聴く必要があるのです」

●遺産が数十万円でも揉める

 平尾さんの遺産相続に関しては26日、著作権を管理する「エフビーアイプランニング」(FBI)とマネジメント会社「平尾昌晃音楽事務所」の株主総会が、Mさんと3人の息子、4人の弁護士の出席で開催された。MさんはFBIの代表取締役を解任され、次男の亜希矢さんが選任された。
音楽事務所は約5億円の社屋ビルや約3億円のタワーマンションを資産として所有しており、裁判に発展すると見られる。

「平尾さんの件は、一般の方にも大きな教訓になると思います。私どもに持ち込まれる相談を見ても、なにもセレブだから争いになるとは限らないんです。生活保護を受けていた人が亡くなり、親族が揉めた例もあります。あるいは、ともに年収2000万円というサラリーマン兄弟の例では、親御さんのほうが貧しくて、残ったお金は数十万円しかなかったんです。それでも揉めました。公正証書遺言を残しておくに越したことはありません。

 たぶん平尾さんもそうだったと思うのですが、日本のお父さんお母さんは、なんだかんだと言いながらも最終的に家族はわかり合えると思っている。性善説なんですね。だから親が元気なうちに、子どもたちのほうから『僕たちが困るんだから』と頼んで、遺言書を書いてもらったほうが安心ですね。

 そこから先も注意が必要で、遺言書を書いても完全ではない人が多いのです。納税資金対策ができていなかったり、資産運用がちゃんとできてなかったり。
結局、介護費用に全部使ってしまい、何も残らないとか。けっこう終活を間違っている人は多いんですよ。遺言書を書いたからと満足するのではなくて、包括的に見て初めて終活だということを認識してもらいたいです」

 平尾さんは日本人の心を歌い上げた多くの名曲を残したが、遺産相続に関する教訓を失敗例として残してしまったといえるかもしれない。
(文=深笛義也/ライター)

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