積水ハウスの阿部俊則会長は、地面師詐欺事件の捜査の進展状況を固唾を飲んで見守っている。詐欺師グループが全員立件され捜査が終結すれば、社内で阿部氏の経営責任が再浮上してくるのは避けられないからだ。

当時の実力会長だった和田勇氏をクーデターで追い落とした阿部氏が、会長の座を追われることになりかねないのである。

 警視庁捜査2課は10月16日、東京・品川区の土地取引をめぐり、積水ハウスが地面師グループの詐欺被害に遭った事件で、地主のなりすまし役だった羽毛田正美容疑者ら男女8人を偽造有印私文書行使容疑で逮捕。1カ月後、積水ハウスから63億円を詐取した詐欺容疑で再逮捕した。

 その後も逮捕者が相次ぎ、主導役2人を含む15人を逮捕したが、主犯格の1人であるカミンスカス操こと旧姓・小山操は取り逃がした。地面師とは、土地の所有者になりすまして無断で売買し、代金を騙し取る詐欺師のことである。

●地面師詐欺グループに手玉に取られた積水ハウス

 事件の舞台になったのは、東京・品川区五反田の廃業した旅館「海喜館(うみきかん)」の跡地、約2000平方メートル。JR五反田駅から徒歩3分の好立地だ。

 社外監査役と社外取締役の4人でつくる「調査対策委員会」の報告書からは、マンション建設を目指して取引を急ぎ、さまざまな警告を無視して土地取得に突き進んだ実態が浮かび上がってくる。

 報告書によると2017年3月末、積水ハウスの営業担当者が私的な会合で知り合った仲介業者の男から売買話を持ちかけられた。

 当時社長だった阿部氏の現地視察と決済を経て、わずか1カ月後の17年4月24日、「所有者」らと顔を合わせた場で売買契約を結び、仮登記が完了した。積水ハウスは70億円で土地を購入し、数百戸のマンションを建設する計画だった。

 しかし、所有者になりすました羽毛田容疑者は、土地の権利証のカラーコピーを見せるだけで原本を示さず、打ち合わせの際に自分の住所や誕生日を間違えた。
契約後の5月上旬には、土地所有者本人を名乗る人物から「売買契約はしていない」「別人との取引は無効」との複数の内容証明郵便が届いたが、積水ハウスは「怪文書」とみなして無視した。

 購入代金の残金約49億円を支払った同年6月1日、積水ハウスのスタッフが旅館の中に入ろうとしたところ、本来の土地所有者から相談を受けた警視庁大崎署員から任意同行を求められた。それでも積水ハウスは「取引を妨害しようとしている人物の仕業」と判断した。

 6月9日、法務局から登記申請を却下する通知が届いた段階で、積水ハウスはようやく相手側が所有者を偽っていた事実を理解した。真の土地所有者である老婦人は、その直後の6月24日に病院で息を引き取った。

 積水ハウスは8月、土地取引で事故があったと公表。17年2~7月期に約55億5000万円の特別損失を計上した。地面師側は、積水ハウスから約7億5000万円分の不動産を購入する契約を結んでいたが代金は支払っていない。積水ハウスは、この留保金額分を除く約55億5000万円を実質被害として損失計上した。

 報告書は「なんら疑いを差し挟まないまま契約を急いだ」と批判し、阿部俊則社長を含むさまざまな部門のリスク管理が不十分だったことが根底にあったと指摘した。

●地面師詐欺事件の経営責任をめぐり解任合戦

 この事件の経営責任をめぐり、会長が社長を解任しようとしたが、逆に返り討ちに遭う“クーデター”が起きた。

 先の報告書が取締役会に提出された18年1月24日の出来事だった。
新聞各紙の報道を総合すると、以下のような具合だった。

 午後2時から始まった取締役会では、まず議長の和田会長(当時)が、地面師詐欺事件でもっとも責任が大きい阿部社長の退任案を提示した。積水ハウスの取締役は社外を含めて11人いる。当事者の阿部氏は退室し、10人による採決となった。結果は賛成5、反対5。賛否同数となったため、和田氏の動議は成立しなかった。

 席に戻った阿部氏の反撃が、すぐさま始まる。稲垣士郎副社長(現副会長)を議長とすることを提案し、これを6対5で通す。その後、緊急動議で和田氏の解任を提案した。和田氏を除く10人の意見は賛成6、反対4。和田氏は辞任せざるを得ない状況に追い込まれた。

 和田氏を放逐するクーデター事件を伝えた会員制情報誌「FACTA」(2018年3月号)は、『積水ハウス「老害」会長を放逐』と報じた。


「スジの悪い話に積水ハウスが引っ掛かった背景に和田氏の長期独裁がある。五反田近くに和田氏の家があるという。そのお膝元で大きな土地取引をライバルにさらわれたりすれば、懲罰人事は必至。保身を優先した担当者は怪しげな商談にのめり込んだ。

 詐欺問題の責任を押し付け合い、昨年(17年)末から積水ハウスの取締役会が揉めるようになり、直近の取締役会では、和田氏と阿部氏がそれぞれ『弁護士を立てて争う』と怒鳴り合うほどの大荒れだったと住宅メーカー関係者は打ち明ける」

 同誌はこうも報じた。

「住宅メーカー業界では昨年の早い段階から『積水ハウスの社長交代』が噂になっていた。ただしその中身が違う。和田氏は会長を続投、阿部氏が退任し、社長には今回、副会長に就任した稲垣士郎副社長兼CFOが昇格するとみられていた」

 地面師詐欺事件の責任をとらせ、阿部氏を退任に追い込むのが和田氏のシナリオだった。その動きを察知した阿部氏が、解任を仕掛けた和田氏を返り討ちにするクーデターを敢行し、実権を掌握した。

 18年2月1日付で和田氏が取締役相談役に退き、阿部氏が会長、仲井嘉浩取締役が社長に就いた。

 積水ハウスは4月26日、大阪市で定時株主総会を開いた。阿部氏ら11人の取締役が選任されたが、阿部氏の取締役選任の賛成比率は69%にとどまった。
和田氏とその一派は一掃され、阿部氏が率いる新体制がスタートした。

 だが、この事件は阿部氏のアキレス腱のままである。地面師詐欺グループが全員、逮捕、起訴されれば、やすやすと詐欺を許した阿部氏の社長時代の経営責任が、再び問われることになるとみられている。

 和田氏の追い落としに成功した阿部氏が、積水ハウスの新しいドンになるのか。権力の座から引きずり下ろされた和田氏が、捲土重来を期すのではないかとの見方もある。和田氏と阿部氏が双方の刺し合いが続き共倒れになれば、52歳の若さで社長に就任した仲井氏が漁夫の利を得る可能性もある。

 積水ハウスの首脳人事抗争は、これからが本番かもしれない。
(文=編集部)

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