経済産業省と高額報酬をめぐり大喧嘩して辞任した産業革新投資機構(JIC)前社長の田中正明氏が、日本ペイントホールディングス(HD)の代表取締役会長に転身する。3月27日開催の日本ペイントHD株主総会で正式に就任した。



 田中氏は、日本ペイントHDの会長を務めていた、シンガポールの塗料大手ウットラムのトップでもあるゴー・ハップジン氏と面識があり、2018年7月から日本ペイントHDの指名委員会のアドバイザーを務めていた。委員会での仕事ぶりを買い、田中氏のJIC社長辞任後に会長就任を打診した。田中氏の会長就任後も、ハップジン氏は取締役として残る。

 経営執行体制を明確化するため、CEO(最高経営責任者)職を新設。田堂哲志社長がCEOを兼任する。役員報酬制度も改定。取締役の報酬総額の上限を10億円から20億円に引き上げた。

●ウットラムの軍門にくだる

 日本ペイントHDとウットラムは、アジアでの事業展開で50年以上にわたって協力関係を築いてきたが、関係は決して良好とはいえなかった。

 13年、ウットラムが日本ペイントHDへの出資拡大を提案し、買収に動いた。突然の申し出に社内は騒然となったが、粘り強く交渉し、この時、ウットラムは提案を取り下げた。

 14年、ウットラムの出資拡大を認める代わりに、ウットラムと日本ペイントHDとの合弁会社8社を日本ペイントHDの連結子会社とすることで合意した。これが、日本ペイントHDがウットラムの軍門にくだる契機となった。


 日本ペイントHDは海外事業拡大のメリットを得たが、ウットラムは日本ペイントHDの筆頭株主の座を手に入れた。ウットラム傘下のNIPSEAインターナショナルが39.57%、ナテックスが3.85%保有している(自己株式を除く/18年12月末現在)。

 日本ペイントHDは17年11月、米塗料大手アクサルタ・コーティング・システムズを1兆円規模で買収することを目指したが、条件が折り合わず、合意寸前で破談となった。

 ウットラムは、この買収に対し、「増資により1株当たりの利益が減る」などと反発。アクサルタとの合併は、ウットラムの持株比率を下げるためと受け止めたとみられる。

 日本ペイントHD経営陣への不信感を強めたウットラムは18年1月、取締役の過半数を送り込む株主提案をした。日本ペイントHDは会社側の提案に一本化するよう働きかけたが、資本の論理でウットラムが押し切った。日本ペイントHDはウットラムに本丸を明け渡した。

 日本ペイントHDは18年3月28日、定時株主総会を開き、新体制が発足した。筆頭株主のウットラムのトップであるハップジン氏が会長に就き、ウットラムが推した6人の役員が取締役(10人)の過半数を占めた。

 身の丈を超えた巨額買収に走りがちな経営陣に歯止めをかけるため、ハップジン氏はかねて「取締役会を、経営を監督する場にしたい」と話していた。

 新体制では社外取締役は従来の2人から5人に大幅に増え、取締役の半数となった。
社外取締役には元ジャスダック証券取引所社長の筒井高志氏、安川情報システム社長の諸星俊男氏らが就いた。

 ウットラムは悲願としてきた日本ペイントHDの“乗っ取り”に成功。ハップジン氏が日本ペイントHDの実質的なオーナーとなった。

 日本ペイントHD改革の第2弾が、田中氏を会長に招聘することだった。

 日本ペイントHDの18年12月期の連結決算の売上高は前期比3%増の6229億円だが、営業利益は12%減の662億円だった。中国を含むアジア事業が売上高全体の6割を占める。だが、主力の中国市場で不動産の投資規制を背景に住宅販売が伸び悩み、建築用塗料の販売が鈍化した。これが営業減益の原因だ。田中氏の見識を生かし、海外事業のテコ入れをはかる。

●経産省と高額報酬をめぐり対立

 田中氏は1953年生まれで、東京大学法学部卒。77年に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、2007年に三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下の米ユニオン・バンク・オブ・カリフォルニア(現ユニオン・バンク)頭取兼CEOに就き、リーマン・ショックの対応にあたった。11年、MUFGが巨額出資した米モルガン・スタンレーの取締役に就任。
MUFGの副社長に登りつめ、トップ候補と目されたが、15年6月に退任した。

 18年9月、産業革新投資機構(JIC)が発足。“ゾンビ救済機構”と揶揄された産業革新機構を改組。JICの初代社長CEOに金融庁参与の田中氏が就任した。

 新投資機構は国内最大級の投資会社だ。政府保証枠の約2兆円に旧革新機構の出資を回収した資金、民間資金を呼び込む。子会社として経済産業相の認可を受けたファンドをつくり、このファンドを通じて企業に出資する。人工知能(AI)など成長分野で高い技術を持つ企業を選別して資金を供給する姿勢を示した。

 報酬をめぐり、経産省相手に大立ち回りを演じた田中氏とは、どんな人物なのか。仲間内では「ケンカまさ」と呼ばれており、MUFGのトップ候補と目されていながら、退任したのは「人望のなさが災いした」(MUFGの関係者)といわれた。

 その田中氏が、日本ペイントHDの会長に就いた。オーナーであるウットラムのハップジン氏と波長は合うのか。
「ケンカまさ」の本領発揮を期待する向きもある。
(文=編集部)

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