居酒屋チェーン大手のワタミは、創業者で自民党参院議員の渡邉美樹氏を取締役候補者として6月24日の定時株主総会に提案する。参議院議員の任期満了後、経営の第一線に復帰することになる。



 渡邉氏は2月3日、国会内で記者会見し、夏の参院選に立候補しない意向を表明。「財政再建と原発ゼロが私の公約だったが、何ひとつ力を発揮できなかった」と説明した。

 渡邉氏は2011年、東京都知事選に出馬したが落選した。その際にワタミの代表取締役を辞めた。代表権のない会長を13年6月まで務め、参院選への出馬前に会長を辞任した。参院選には自民党から出馬し比例区で当選。今年、改選期を迎えていた。

●「ブラック企業」の代名詞

 ワタミといえば「ブラック企業」の代名詞だった時期がある。ワタミがそうなったのには理由がある。

 08年6月、持ち株会社ワタミ傘下の外食事業会社ワタミフードサービスが運営する居酒屋「和民」で働いていた女性従業員(当時26歳)が入社2カ月後に自殺。この従業員に対し、7日間連続の深夜勤務を含む長時間労働をさせ、月140時間に及ぶ時間外労働を強いていた。遺族の労災申請を不支給とした横須賀労働基準監督署の決定を取り消し、神奈川労災補償保険審査官は12年2月、労災の適用を認定した。


 その際、自殺した女性従業員の生々しい日記が公開された。

「体が痛いです 体が辛いです 気持ちが沈みます 速く動けません どうか助けてください 誰か助けてください」

 これを受けてワタミへの批判が殺到した。ワタミ会長だった渡邉氏が一連の報道に言及したツイートが、非難の火に油を注いだ。

「労災認定の件、大変残念です。四年前のこと昨日のことのように覚えています。彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識はありません。ただ、彼女の死に対しては、限りなく残念に思います。会社の存在目的の第一は、社員の幸せだからです」

 さらに翌日、バングラデシュで学校をつくる事業と、労災認定された女性従業員を結びつけるツイートをした。

「バングラデシュ朝、五時半に、イスラムの祈りが、響き渡っています。たくさんのご指摘に、感謝します。どこまでも、誠実に、大切な社員が亡くなった事実と向きあっていきます。
バングラデシュで学校をつくります。そのことは、亡くなった彼女も期待してくれていると信じています」

 亡くなった女性に対して一言の謝罪もなかったことから、ネット上で大炎上した。

 ワタミフードサービスは12年にブラック企業大賞の「市民賞」、翌13年には「大賞」を受賞した。「自分の正義のみを重視し、被害女性に一切考慮しない思慮に欠けた発言」というのがブラック企業大賞の受賞理由である。

 ワタミは遺族との面談や謝罪を拒否。そのため女性の遺族は、ワタミや代表取締役だった渡邉氏に損害賠償を求める民事訴訟を起こした。15年12月、東京地裁で日本では、それまで前例のなかった「懲罰的慰謝料」(計1億3365万円)を認める内容で“和解”が成立した。

「道義的責任はあるが、法的責任はない」と争う姿勢を示していた渡邉氏は、頑な態度を突然翻し、和解交渉の場に現われ、自殺した女性従業員の両親に謝罪した。

「自殺した彼女への墓参りに行きたい」との意思表示をしたが、遺族は墓参を拒否した。

●事業は縮小に次ぐ縮小

 ワタミは1986年、渡邉美樹氏が創業。居酒屋「和民」で居酒屋ブームの先駆けとなった。宅食、農業、介護に進出するなど一気に業容を拡大した。
しかし、「ブラック企業」批判による企業イメージ悪化で、主力のチェーン店「和民」や「わたみん家」の客離れにつながった。

 不採算店舗の閉鎖に伴う減損損失が発生し、14年3月期には上場以来初の49億円の最終赤字に転落。翌15年3月期も128億円の赤字と2期連続の赤字に沈んだ。

 渡邉氏の後を継いだ2代目社長の桑原豊氏、3代目社長の清水邦晃氏は、介護、太陽光発電を手がける孫会社や弁当や総菜の自社工場などを次々と売却し、不稼働資産の整理を進めてきた。しかし、売上高の5割を占める国内の外食事業が業績の足を引っ張った。

 19年3月期の連結決算の売上高は前年同期比1.8%減の947億円、営業利益は同61.8%増の10億円、純利益は同9.1倍の13億円だった。売上高は最盛期(14年3月期の1631億円)の6割程度。減少に歯止めがかかっていないが、外食事業の採算が改善したことで回復基調にある。「ワタミ」や「わたみん家」の一部の店舗を鳥料理の「ミライザカ」、焼き鳥の「鳥メロ」に転換。ワタミにつきまとうブラックのイメージを消すことに成功し、新規顧客の来店につながったという。

 外食の売上高は前期比1.2%減の477億円だったが、セグメント営業利益は同2.1倍の11億円と好転。稼ぎ頭は宅食事業で売上高は3.3%減の361億円、セグメント営業利益は8.1%増の21億円。
外食の収益改善と宅食の増益が寄与した。

 渡邉氏の復帰は、縮小均衡経営に対する危機感の裏返しである。渡邉氏は「売上高5000億円を目指す」と大風呂敷を広げた。

「たとえ無理なことだろうと、鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理矢理にでも1週間やらせれば、それは無理じゃなくなる」

 06年、『日経スペシャル カンブリア宮殿』(テレビ東京)に出演した際の渡邉氏の過激な発言だ。ワタミに復帰する渡邉氏は“ブラック企業”と批判されることを厭わず、「鼻血を出すまで働け」とハッパをかけるのだろうか。
(文=編集部)

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