先日、2020年の日本映画産業統計が日本映画製作者連盟(映連)から発表されました。ご存じの通り、昨年は新型コロナウイルスの世界的流行の影響で、映画産業にとって大変苦しい一年となりましたが、改めて数字をもとに振り返り、今後の展望を思い描いてみましょう。

過去最高の前年から一転、谷底へ

2020年、全国の興行収入は1432億8500万円で、前年比の54.9%という成績に終わりました。当然のことながら大幅ダウンです。これは、2010年代最も映画興行が落ち込んだ2011年(東日本大震災の年)の1811億円を下回る額となっています。2011年も自粛ムードがありましたが、2020年はただの「ムード」ではなく、実際に全国の映画館が休館に追い込まれる事態になりました。

全体の成績ダウンの理由は、とにかくコロナの一言に尽きるわけですが、前年比ダウン率が大きいのは、2019年が過去最高の2611億円という記録を叩き出したからでもあります。過去最高から一転、谷底に落ち込んだわけです。

多くの映画が公開延期や中止、配信での提供に転換する動きが多かったですが、中でもハリウッド映画の相次ぐ公開延期・中止が目立ちました。そのせいで、邦画と洋画の興行収入の内訳は、邦画76.3%、洋画23.7%という極端に偏った数字となっています。近年、邦画が55%近くのシェアを取る「邦高洋低」の状況が続いていましたが、今年はそれが決定的になった格好です。



後で詳しく記述しますが、ハリウッドメジャー各社が積極的に配信シフトの道を模索したことも、映画産業を大きく騒がせました、今後ハリウッドメジャーの軸足が配信に移るのなら、コロナが収束した後も洋画のシェアは完全には戻らない可能性もあるかもしれません。

洋画の成績は大きく落ち込んだのですが、邦画だけで前年と比較すると、76.8%の減少にとどまっています。さきほど、全体の興行収入を2011年と比較しましたが、邦画だけで比較すると、2020年は2011年の995億円よりもマシで1092億円を稼ぎ出しています。そう考えると邦画はかなり頑張ったと言えるのではないでしょうか。



その邦画の成績を牽引したのは、もちろん『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』です。邦画全体の33%の興行収入がこの1本でもたらされたことを考えると、とんでもない奇跡だったことがよくわかると思います。

2020年は、世界中の映画産業が危機に瀕し、世界平均で71%減という恐ろしい事態になっていますが、もし『鬼滅の刃』がなければ、日本も過半数割れは確実で、まさに救世主と言っていいでしょう。

スクリーン数は、3616と前年から33スクリーン増加しています。こんな世の中でも新規に映画館がオープンしていますが、出店計画は何年も前から進めているものなので、コロナで突然取りやめになることはないからでしょう。スクリーン数にコロナの影響が表れ始めるのは数年後になると思います。

コロナの逆風に耐えた東宝

さて、全体の興行収入は54.9%の大幅ダウンでしたが、そんな状況でも東宝だけは好調をキープしています。今年の邦画の売上上位21本中、15本が東宝配給(うち一本はアニプレックスとの共同配給)と上位を独占。邦画全体の今年の映画産業は極端な「邦高洋低」と先に書きましたが、その実態は東宝の一人勝ち状態です。



驚くべきことですが、2020年東宝配給事業部の成績は前年比で93.3%をキープしており、ほとんど落ちてないんです。もちろん、これは『鬼滅の刃』のメガヒットが最も大きな要因ですが、そのほかにも東宝は『今日から俺は!!劇場版』や『コンフィデンスマンJP プリンセス編』などの話題作を、コロナ禍で座席販売数が制限されている中でも積極的に配給したことが功を奏したのでしょう。(参照

東宝など、日本映画各社がハリウッドメジャーに比べ積極的に作品を配給した理由は、いくつかあると思いますが、その一つに日本の映画会社は自社でたくさん映画館を運営していることが挙げられるでしょう。

映画館の運営が傾くと、それはグループ全体の業績の低下を意味します。反対にハリウッドメジャーは映画館を所有していないので、映画館の業績悪化は直接関係ないという立場です。これは各社のビジネスモデルや日米の法律の違いも絡んでくる問題ですが、制作・配給・興行を一社が全て束ねる日本式の運営方法は、コロナ禍で映画館を守るという点についてはプラスに働いたと言えるかもしれません。

同じことは松竹や東映にも言え、東宝ほどヒット作に恵まれていませんが、やはり2社ともそれなりに作品を配給し続けました。アメリカと日本では、コロナの蔓延状況も異なりますが、映画館の業績悪化は映画会本体の業績悪化につながる事業構造ゆえに、作品配給を止めない方が良いという判断もあったのだと思います。

配信を巡る2つの両極端な現象

2020年、映画産業の大きなトピックのひとつが「配信シフト」でしょう。この配信を巡って日本においては、両極端な2つの現象を私たちは目撃しました。

2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


一つは、先ほども少し触れましたが、ハリウッドメジャーが劇場公開を取りやめ、配信にかじを切ったことです。ディズニーは自社の配信プラットフォーム「ディズニープラス」を開始。劇場公開予定だった作品をディズニープラスでの配信に積極的に切り替えました。

ワーナーも追随するように、「HBO GO」のサービスを本格化させています。この動きは映画館の今後のあり方を揺るがす事態だったと言えるでしょう。とりわけ、ディズニーの配信への加速スピードは大きく、今後ディズニーの新作は劇場で見られるのかわからない事態になってきています。

2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


そして、もう一つは『鬼滅の刃』の歴史的大ヒットは配信が生んだということです。2019年に放送されたTVシリーズは、民法キー局でも、NHKでもなくローカル放送20局程度での深夜放送でしたが、あらゆる配信サイトに提供するマルチチャンネル戦略を展開し、話題沸騰後にも次々と配信サイトで見る人が増え続け、結果として大ヒットとなりました。

調査会社GEM Standardが作成した、『鬼滅の刃』のコンテンツ接触の重なりのグラフによると、「TVアニメを観た人」は88%、「映画を観た人」は33%。「映画を観た人」33%の内訳は、「映画とTV両方観た人」=10%、「漫画・TV・映画全部観た人」=19%、「映画だけ観た人」=1%。これを計算し直すと、映画を観た人の87.9%がTVを視聴済みだったということになります。深夜放送の視聴率はそれほど大きくありませんから、かなり多くの人が配信で『鬼滅の刃』TV版を観ていたことになるでしょう。

筆者の知り合いでも、映画が大ヒットして話題になっているので、配信サイトで全話観て映画館に行く人が何人かいました。映画公開が始まってから、各配信サイトでも『鬼滅の刃』は常にランキング上位にいる状態が続いていましたので、映画と配信が相乗効果を起こして、互いに観客動員数と再生数を伸ばす結果になったと思われます。

ハリウッドで進行しているのは配信化と島宇宙化の2つ

上記の配信を巡る2つの現象は対照的です。ハリウッドメジャーは、自社の配信サイトにだけ作品を囲い込む戦略で、『鬼滅の刃』はあらゆる配信サイトに作品を提供しました。実は、ハリウッドで今進行しているのは、配信シフトだけではなく、作品の囲い込み、あるいは島宇宙化という事態ではないでしょうか。

2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


『鬼滅の刃』現象に見られるように、配信そのものは映画館と決して相性が悪いわけではないと思いますが、この島宇宙化はもしかすると、映画館とは相性が良くないかもしれません。特定の配信サイトでしか見られないとなると、どれだけ優れた作品でも話題の広がりは限定的になり、仮に関連作品が映画館で上映しても映画館は恩恵を受けにくそうです。

なにより、囲い込みビジネスのキモは、「そこでしか見られない」という状態を作ることにあるので、そのビジネスモデルが成功すると、映画館に作品を出すより、自社配信サイトと契約してもらった方が儲かりやすいでしょう。

ハリウッドメジャーにもそれぞれの事情があるでしょうが、上手い具合に映画館と配信が共存可能な事業モデルを構築してほしいと思います。

2021年興行の鍵を握る3本

さて、2021年の映画興行はどうなるでしょうか。少し展望を考えてみたいと思います。

1月に緊急事態宣言が一部の都府県に出され、飲食店は20時以降の営業を止め、映画館も20時以降の営業を控えるよう「お願い」された結果、現在は短縮営業を余儀なくされています。単純な営業時間以上に、感染拡大による不安の増大が映画館へ向かう人の足を鈍らせており、興行の方は決して好調とは言えない状況となっています。

ハリウッド話題作の公開は目処が立っておらず、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』などいくつかの邦画の話題作も公開延期が発表されています。今年もコロナの感染状況に大きく左右されることになるでしょうが、ズルズルと長引くと昨年以上の大きなダメージを負うことも考えられます。

昨年は『鬼滅の刃』の大ヒットに救われましたが、あのようなヒットが二年続けて生まれることは考えにくいですから、今年は『鬼滅の刃』抜きで、そして、もしかしたらハリウッド映画も抜きで何とかしないといけない可能性もあるわけです。

そんな今年の映画産業の鍵を握るのはこの3本でしょう。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』



2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


1本目は、やはり『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でしょう。旧作のテレビシリーズから数えて25年にもわたった同シリーズの完結編は多くの人が待ち望んでいます。謎の多い作品なので多くの人が考察合戦を繰り広げることになるでしょうから、リピーターも多いかもしれません。本作も多くの配信サイトで旧作を展開していますので、大ヒットで話題になれば、『鬼滅の刃』のような劇場と配信の相乗効果を発揮するかもしれません。

『名探偵コナン 緋色の弾丸』


2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


2本目は、『名探偵コナン 緋色の弾丸』。本来は昨年4月の公開予定でしたが、緊急事態宣言で全国の劇場が休館となったため、1年延期となりました。近年、コナン映画は興行成績を上昇させ続けており、いよいよ大台の100億円突破が見えてきていた状況で、無念の1年延期となりました。1年待たされたファンの想いが爆発すれば、大きな成績を記録するのではと思っています。

『シン・ウルトラマン』


2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


3本目は、企画・脚本庵野秀明、監督樋口真嗣による『シン・ウルトラマン』です。『シン・ゴジラ』を大ヒットに導いた2人ですが、その再現なるか注目です。先日公開された予告編はファンの期待を高める素晴らしい出来でしたので、大ヒットを期待したいです。

新たな興行の柱を模索する必要

これらの作品が大ヒットしてくれれば、ある程度『鬼滅の刃』の穴を埋めることができるかもしれません。しかし、それでも洋画メジャーの抜けた穴が大きく、配信シフトが加速すればコロナ収束後も完全には元に戻らないかもしれません。日本の興行界はそうなった時のことを考え、これまで以上に知恵を絞り、扱う作品も多様なものにしていく必要があるでしょう。

具体的には、近年躍進著しい韓国映画や、『羅小黒戦記』が話題になった中国アニメーションなどは、ハリウッド映画に代わる興行の柱として期待できるかもしれません。

2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


昨年、カンヌと米国アカデミー賞を制した『パラサイト 半地下の家族』が47億円を超える大ヒットを記録。『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』も話題となり、Netflixでは韓国ドラマが大人気です。韓国映画の映画興行のポテンシャルは大きいのではないかと思います。

2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象


中国アニメ『羅小黒戦記』も日本国内で興行収入5億円を突破し、高い評価を獲得しています。その影響もあったのか、中国の3DCGアニメーション映画『ナタ転生』の公開が早くも決定しています。中国アニメーションの質の高さが認知されれば、これも新たな興行の柱となれるかもしれません。

2020年の苦しみは、2021年も続くと予想されます。この長いトンネルをいつ抜け出せるのか不透明ですが、映画館で映画を見る楽しさを忘れずに、しっかり感染対策して劇場に足を運びたいですね。時代は暗いですが、こんな時こそ映画は必要とされるはずです。

(文:杉本穂高)