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Text by 柴那典
Text by 山元翔一
Text by Nanako Koyama



「アンセムをつくろうと思っていた」。



中村佳穂はこのインタビューで、こう繰り返し語っている。

アンセムとは時代の流れのなかで生まれるもので、自分がそういうものを書くタイミングなんじゃないかと感じた、と。



前作から3年半ぶりとなるニューアルバム『NIA』を完成させた中村佳穂。注目と期待は大きく高まっていた。



昨年には細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』で主人公・すず / ベル役を演じ、millennium parade × Belleとして『第72回NHK紅白歌合戦』にも出場。華やかな場所で一躍その存在を世に知らしめたが、あくまでそれはほんの一面。『NIA』は自由闊達な発想でみずみずしい歌を生み出し、その自然体の才能を全方位に発揮した一枚になっている。



アルバムには、高揚感にあふれるチアフルなものから、疲弊し傷ついた人にやさしく寄り添うようなものまで、さまざまなムードの楽曲が並んでいる。



自身も周囲も大きく変わりゆく時代の流れのなかで、中村佳穂に見えたものとは何だったのか。届けようと思った言葉はどんなものだったのか。



変わりゆく時代が求める歌とは? 中村佳穂が激動の3年半で得たもの。『竜そば』、紅白を経て語る

中村佳穂
1992年生まれ、京都出身のミュージシャン。20歳から本格的に音楽活動をスタートし、音楽そのものの様な存在がウワサを呼ぶ。2022年3月23日、約3年半ぶりとなるニューアルバム『NIA』をリリースした。



―『NIA』は前作『AINOU』から3年半ぶりのアルバムになるわけですが、アルバムを意識して制作に入ったのはどれくらいのタイミングだったんでしょうか。



中村:それこそ『AINOU』をつくり終わった直後から、地続きに感じられる作品をつくりたいとずっと意識はしていました。タイトルも『AINOU』の文字列から組み立てられる言葉にするってことまでは決めていて。ただ、すぐにつくろうという感覚はなかったんですけど。



―とっかかりになったと感じた曲は?



中村:“アイミル”ができあがったときですね。あの曲は“LINDY”(2019年)とメロディーがシンクロしてしまっていて、“LINDY”で<♪だんだん崩れて だんだん穏やか>と歌っているところを、“アイミル”では<♪世界は見たもんで作られていくわ>と歌っていて。自分が想像していたように、そのときの視野ですべてのものは決まるんだなって腑に落ちたんです。



中村:そこから自分の可視領域について考えるようになったんです。そのときに見ているものや感じているもので、いろんな物事がつくられていくことが楽しく思えるようになっていった。



その頃から荒木さん(プロデューサーの荒木正比呂)や西田くん(ギタリストの西田修大)と濃密に制作していくようになっていったので、それが自分のなかのコンセプトになったというか、そこが歌詞や曲に落ちていって作品になっていったような感覚があります。



可視領域、つまり自分が見える領域というのはすべての可能性につながると思っているので。その可能性の距離感を推し量っているアルバムのような気がします。



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―“アイミル”をつくっていたときに見ていたもの、感じていたものは、どういうものだったんでしょうか?



中村:まず、コロナ禍に入ったときにライブが一気になくなって。そこに対して私はあまり落ち込みすぎたりはしていなくて、別の楽しみ方を探そうと思っていたんです。ただ自分は、Aを思っている人がいれば、BやCを思っている人がいるという可能性を考えがちな性格で。



コロナ禍においては自分では思いもよらないくらい、つらい人がいるという可能性が想像できてしまうし、SNSで発信するどんな表現にも傷つく人がいそうだと思って。



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中村:そう考えていたときに、撮りためていた動画に絵文字ひとつだけつけてアップロードすることをやってて、“アイミル”の動画が飛び抜けてバズったんです。



そのときに「あ、これなんだ」っていう感じがして。「好きなら好きって言ったらいいんじゃない」って気楽さだったり、明るさだったり、チアフルな感じに、いちばん波紋のような反応が返ってきた感覚があった。「これなのでは?」って予感が自分のなかで広がりましたね。



―“アイミル”がリリースされた2021年の後半以降は『竜とそばかすの姫』の話題もあって怒涛の日々だったと思うんですが、振り返ってどうでしたか?



中村:髪型がめちゃくちゃ変わりましたね(笑)。10回くらい変わったのかな? ギャグみたいな話なんですけど、2、3年で起きる変化が自分のなかで一気に起きた感じがしました。



―髪型を変えるというのは、状況の変化への自分なりの対処や対応の象徴だったりもしたんでしょうか。



中村:そうですね。

けれど一方で、すごく広がりを感じたし、より気楽になった感じがあるんです。



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中村:いつもは着ない服でもパーティーに行く予定があったら「あれを着ようかな」と思うみたいに、自分の想像力を広げてくれるお題が一気に来た感じがしていて。髪型とかビジュアルも、「これ以外に思いつかない」ってくらい自分のなかではいつもピンと来ていた。



会見のときにガラッと変えたり、紅白のときにガラッと変えたのも、いい意味で深くは考えていないんです。それまでの自分が絶対にやらなかったビジュアルを気楽に選べるようになったし、楽しめるようになった感覚があった。そういう部分で自分がすごく広がった感じがしました。



―記者会見のような華やかな場所には違和感を持ったりするのかなと思っていたりしたんですが、むしろ積極的に楽しんでいたんですね。



中村:そういう機会を通じて、我が道を行くタイプのトップスタイリストとたくさん出会ったんですよ。



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中村:それまで海外から服を買ったり、気になるものを買いだめしていたんですけれど、それを持っていったときにピッタリ合わせてもらえるようになった。私の持ちものに対して「めっちゃかわいい! どこで買ったの!? こうしたらもっとかわいいよ」みたいに言ってくれる人が急にたくさん現れて。



自分が発表したものが肯定される機会はもともとあったんですけど、自分がセレクトしたものをより気楽に見せられるようになったし、そのうえでレスポンスが返ってくるようになったんです。音楽以外でもセッションができるようになった感じがあって、楽しい日々を過ごしていました。



―そういった『竜とそばかすの姫』以降の体験は、『NIA』の制作にどんな影響を与えましたか?



中村:映画の影響としては、ストレートな歌詞を歌っても意外に大丈夫かもって、腑に落ちた感じがあります。



人から用意されたトラックを歌うのとはちょっと違う経験だったんですけれど、年を経たことによってストレートな言葉を歌えるようになっていた自分に気づけた。素直さを得たというのがまずあります。



中村:あとはさっき言ったように、ビジュアル面でも自分が持ってきたものを気楽に差し出せるようになった。そこにあまりフィルターがかからなくなった。



もうひとつは“アイミル”のような明るくてカラッとしたものに対する反応の大きさに気づいたこと。この3点は『NIA』の制作に影響していた気がします。ストレートなことも言うとか、気軽になるとか、明るくするとか、そういうことがすごく影響していた気がします。



―冒頭の3曲は、今おっしゃったムードがそのまま出てきている曲ですね。



中村:たしかに! “KAPO✌”も“さよならクレール”も“アイミル”もそうですね。



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―“さよならクレール”は、どういうきっかけから生まれた曲なんでしょうか?



中村:この曲の<♪さよならクレール 何気ないすれ違いの中を泳ぎ続けたね>というところのメロディーと歌詞は『AINOU』をつくっていた時期から浮かんでいて。3年くらい溜めていたフレーズから膨らませていったんです。



―この曲ではドラムの石若駿さんが活躍していて、非常に高揚感ある曲調になっていますが、このアイデアは?



中村:これは、もともとThundercatに弾いてもらえるかもしれないってテンションでつくっていた曲だったんです。



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中村佳穂とThundercatは、2020年4月放送のEテレ『シャキーン!』で共演している / CINRA「サンダーキャットがEテレ『シャキーン!』で中村佳穂と対決」より



中村:結局、コロナでお互いの予定がズレちゃってダメになったんですけど、Thundercatと仲よくなって「この曲、弾こうか」って言ってくれていた時期があって。だから信じられないくらいベースを難しくつくってます(笑)。結局西田くんが大変と言いながら、打ち込んでたフレーズをBass Ⅵ(ギターより1オクターブ低い音程で調弦された、フェンダー製の6弦のベース)で弾いてくれました。



Thundercatはアニメ好きだし、『竜とそばかすの姫』の影響で『マクロスF』の“星間飛行”(2008年)という曲をめちゃくちゃ聴いていたので、アニメのオープニングのようなストレートなポップさも出したいなと思って。



そういう感じの曲をつくりたいと思って、西田くんと荒木さんと3人でつくった曲です。だから「その勢いでいくなら、駿しかいないっしょ!」っていう。



―なるほど、そうなんですね。この曲は既存のジャンルやスタイルに当てはめることはできないけれど、聴くと確実に気分が高揚するタイプの曲だと思います。



中村:嬉しいです。今回の『NIA』は全部アンセムにしようと決めていて、特に“さよならクレール”は「アンセム、できた!」って思って喜んでいたのを覚えています。



―“KAPO✌”はどうでしょう? まさにオープニングナンバーらしい曲ですが、これはどうつくっていったんですか?



中村:これは荒木さんと西田くんと「なるべくお互いに気分がよくなることをしよう」って、近所でワインを買って、タクシーで山の裾野まで行って、マンドリンと太鼓を持ってピクニックして、その日につくりました。



中村:iPhoneで録音しながら作曲したんで、ピクニックの最中に録ったマンドリンの音も入ってるんです。後ろでガチャガチャ鳴ってるのは、制作のときに後ろで私が食器を洗っている音で。



歌詞でも「勘違いでもいいじゃん」とか「もしかして私は今、最強なんじゃない?」ってことを書いていて。実際に「最強!」って思っている日もあるから、そういう日をフィーチャーして、ピクニックのテンションも入れて、ポジティブなムードがごちゃ混ぜになってたらいいなと思ってつくりました。



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―冒頭の3曲はまさにそういうテンションが詰まった曲だと思いますが、アルバムは決してそれだけの作品ではないですよね。後半には自分自身の内側に向き合っていくようなタイプの曲も入っている。そのコントラストも魅力だと思います。



中村:ありがとうございます。



―そういった後半の曲でいうと、“MIU”はどうでしょうか? これもアルバムのなかでポイントになっている曲だと思うんですが。



中村:これはもともと「♪ターン! ターン! ターン!」ってサビの裏で鳴っている特徴的な音を聴いたときに、「これは絶対にかっこいいから、何かに使いたい」って荒木さんに言っていて、そこから生まれた曲ですね。



あの特徴的なサビの音とピアノがマッチしたアンセムをつくれないか、という話から“MIU”をつくった覚えがあります。



―“MIU”はどんな情景や心情を描いた曲でしょうか。



中村:自分としては、可視領域がいろんな未来をつくるという気持ちではいるけど、どうしても手繰り寄せられない部分がこの世にはたくさんあると思っていて。安易に「何でも手繰り寄せられるよ」とは言えない。



たとえば私が黒人男性の気持ちに100%なれるわけじゃない。けれど、なろうとしている。今、どこかで何かが起きているときの人の気持ちになろうとしている。



中村:このサビの爆発音のなかで私の日常も同時に含めたいと思って。



<どうにかよりよく、どうにか…>って、ひとりで喋り続けているよりは、誰かに一緒に歌ってほしいと思って。それで李泰成さんという関西のめちゃめちゃ好きなミュージシャンを自宅に呼んで、いい意味であまり意図を説明せずに一緒に歌ってもらったのを覚えています。



―今のお話、『NIA』っていうアルバムの非常に大事なキーだと思うんですね。“KAPO✌”のような無敵感と対称的に、わかり合えないことや思いが届かないことに対してどう向き合っていくかということを歌っている。ポジティブではあるけれど、決して能天気ではないスタンスが現れている。それがいろんな曲に共通していると思います。



中村:ありがとうございます。たぶん、もともとバランス取りたがりな性格なんでしょうね。



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中村:「なんでもイケちゃうかも!」ってテンションも自分のなかにはあるし、「なんでもできちゃうわけないじゃん」って自分もいる。なので、前半にまばゆい明るさがあるんだったら、後半は違う明るさがほしいというふうにバランスを取っていた気がします。



―“NIA”はどうでしょうか。この曲ができたきっかけは?



中村:コロナ禍において、もちろん悲しいことはいろいろあるけど、「アンセムは時代があるからこそ生まれる」と思っていたのが大きいと思います。



何かを背負ってというわけではないんですけど、自分が「今の時代だからこその歌」を書くタイミングなんじゃないかと思って。「自分のなかに感じるアンセムって何だろう?」って考えてつくったのが“NIA”でした。



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―アンセムは時代があるからこそ生まれるという、その時代についてはどう見ていたんでしょうか?



中村:そうですねえ、私がコネクトしていたのはやっぱりSNSと友人が多かったので。友人たちがすごく疲弊しているようにも感じていたし。



SNSでは、どこの角度から見ても、悪く捉えられないような、誰が見ても完璧に見える文章がみんなに称賛されやすいと思うんです。



いろんな角度で考える余白があるのがやさしさのひとつだと私は思っているんですけれど、そうやって「こういう可能性があるかも」って書き方をすることによって、曖昧なニュアンスになってしまう。



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―完璧で隙のないものが称賛されるSNSのような空間で、余白を大事にする感覚を持っている人たちが疲弊しているように見えた?



中村:やさしい人から弾かれてしまって、舞台から降りていってしまっていると感じたんです。



そういうやさしさを持っている人たちは「自分のことは誰も見ていない、ひとりなんだ」と思うかもしれないけれど、私はちゃんと見ているよって。そういうことを友人にストレートに伝えることはあまりしないようにしていたんですけど、それが“NIA”ではそのまま歌詞に反映されている感じがします。



―今おっしゃったのは、“アイミル”がSNSで反応がよかったということが手がかりになったというのとは、まったく別の話ですよね。



中村:そうですね。直接話さなくても実際に友人がやきもきしている姿を肌で感じることもあって。そのなかで自分がどう思っているかを手繰り寄せてつくった曲のような気がします。



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―その友人はどういうことに対して疲弊している、やきもきしているんでしょうね。



中村:何か行動するのに必ず理由がないといけない時代になっていることだと思いますね。



音楽をすることにも、聴きに行くにも、外に出るってことにも、本来、必ずしも理由が必要ではないですよね。だけど、みんな何かしら理由を携えていかなければならないことになっていて、そこに息苦しさを感じている人はきっと多い。



それは周りにいるミュージシャン、クリエイター、ライブハウスの人には特に感じますね。何をするにも「これこれこういう理由があって、今日はお休みします」とか「今日はやります」とか言わなきゃいけないし、その理由が完璧というか、みんなが納得しなきゃいけない感じがある。ユーモアがないとなかなか乗り越えられない感じもします。



―そうですよね。本来なら「やりたいからやる」でよかったものが、お題目を置かないと物事が動かないみたいな重さがある。



中村:音楽をやっている人って、器用な人が多い印象がそんなになくて。このお題目に対してうまく答えるのがあまり得意じゃないからこそ音楽をやっているような人たちが多い。



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中村:心のままに歌いたいからやっている人が多いなかで、そのお題目に囚われすぎている時期が長くなると、すごく閉鎖的になってしまう。そういうことを感じていました。



―そういった状況に対して、自分が歌をつくるということでひとつの役割を果たすという感覚はありましたか?



中村:自分の役割を意識したことはあまりないです。私は自分がいかに楽しいと思うかに集中して生きているんですけれど、そのなかでも何かの舞台があったり、誰か相手がいることありきの楽しさが好きで。



こういう状況で急に誰にも会わなくなったときに、「楽しさ」をどこで発電するのかというと、ピアノをよく弾いていたんですね。



中村:もともとそんな得意と思ってはいなかったんですけれど、誰も相手がいないから自家発電のように弾いていると、だんだんピアノが鏡のように感じてきて。自分で録音したコメントをあとで聴き返して「ああ、自分ってこう思ってるんだ」って思うみたいに、ピアノを弾いてて感じるようになった。



―ピアノを弾くことによって自分の心と向き合っていたと。



中村:だから“NIA”をつくっているときは自分が感動するまで待っていました。そうなるまで歌詞を何度も言い直して。いちばストレートに「これは素敵、好き」って思うところまで落とし込んでいくと、楽しくなってくる。



そういうことを繰り返しながらつくっていました。これがどういう役割になっていくかというよりも、時代に対して自分が思っていることをちゃんと立ててあげて、その自分と話し合ってつくった感じがします。



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―このインタビューのなかでも「可視領域」についての話がたびたび出てきましたが、視界が閉じてしまっているがゆえに、誰かを傷つけてしまう場面もあるようにも思います。SNSの話もありましたけど、コロナ禍によって一層、心も視野も閉鎖的になりやすい時代を生きているんじゃないかと。そういった状況と、今回、中村さんが可視領域を大事にしながら制作していたことには関わりはありますか?



中村:もともと中学生のころから「見方を変える」というのは好きな言葉で。



自分もたまに言っちゃうんですけれど、SNSとかでも「みんな言ってるよ」って、ついつい言っちゃいそうになりますよね。「みんなに人気だよ」とか。その「みんな」は、実際は自分が気になってフォローしている人だけであって、それが決して世の中の100%ではない。



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中村:「みんな」と言うときには、自分が知っている領域の「みんな」であることをなるべく意識したほうがいいとは思っています。たとえば「今の時代、みんな視野が狭くなりがち」と思うこともゼロではないんですけど、そうじゃない人もいる感覚を持ち続けたほうがいいと思っていて。



少しでも何かに囚われた気持ちになってしまっていると感じた場合は、見方を変えて、そうじゃない可能性から探っていくことを大事にしています。SNSでいえば、自分が狭くなりそうって思った瞬間にそこからパッと離れる機会を持つ。



たとえば政治についてのツイートをしなければいけないと感じるようなとき、みんなが何らかのポストをして「言ってないやつはどうなんだ」みたいな感じになっているときも、自分が何をしたいのかをしっかり考えなければというタームに入っていました。



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―何かに囚われたり、視野が狭くなりそうになったときこそ、自分自身に向き合うようにしていたと。



中村:勉強したいとはいつも思っているんですけれど、自分はどう思っているのかをまず自分に問う。そのうえで、誰かとシェアしたいか、それは誰なのかを俯瞰的に考えようとしていたし、そういう感覚がアルバムに出てる感じは自分でもします。



―アンセムをつくるということを意識したということもおっしゃっていましたが、中村さんが思うアンセムって、具体的に名を挙げるならば、たとえばどういうものですか?



中村:こないだラジオでも喋ったんですけど、そのときに挙げたのは“星間飛行”とビリー・ジョエルの“Honesty”(1978年)でした。あとはボビー・ヘブの“Sunny”(1966年)もアンセムだと思っています。



私のなかではアンセムというのは、サウンドプロダクションというよりも強烈な「歌の力」があるもの。あとは詞の力によることが多いですね。



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中村:何回読み返しても、感動するというよりは、ジーンとして、言いようがない気持ちになる。最初にその曲を聴いたときにはそこまで深く思わなくても、何回も詞を読み返して、繰り返し聴くうちに、少しずつ味が変わって、ずっと胸を打つものが自分のなかでのアンセムですね。



―たとえば、アンセムという言葉からサッカー場で何万人がその曲のメロディーを歌っているような光景を思い浮かべる人もいると思うんです。それって、何万人の視野をひとつにするものですよね。声を合わせて、たとえばサッカーだったら応援しているチームが勝つというひとつの可能性に数万人のピントを合わせる。



中村:そういう場合は校歌と近くて、「こうあってほしい」とか「我々はこうだ」みたいなものを集結させてエネルギーを生むものですよね。



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―そう。でも、中村佳穂さんの言うアンセムはそうじゃないものだと思うんです。ひとりでじっくりと聴いてもいいし、みんながそれぞれの解像度でその曲を味わっていい。そういうものをアンセムと捉えているのかなと思いました。



中村:たしかに。私が好きなアンセムは、すごく内面的なものを歌っているけれど、不特定の多くの人に届くものなんですよね。



みんなでシンガロングしてどこか一緒のところに向かっていこうというのは、私は選ばない。むしろそうじゃない歌に惹かれることが多いので。



―ひとつなろうとするものよりも、どこか余白があって、いろんな可能性を内包しているものに惹かれる?



中村:“Sunny”も亡くなった自分の兄のことを「ぼくの太陽のような人」と歌っている歌で、何も知らない人にとっては「いい曲だね」くらいに思うかもしれないけれど、生まれた経緯は暗かったりする。本人が書いたエネルギーとはまた別のエネルギーが生まれているんですよね。



そのバランスにすごく惹かれているし、そういうものを選んでいった結果が『NIA』というアルバムなんだと思います。



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中村佳穂『NIA』を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)

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