ペトロールズはロンドンを踊らせるか。日本の音楽をUKの現場に...の画像はこちら >>



Text by 三宅正一
Text by 山元翔一
Text by 坂本麻里子



小袋成彬によるレーベル「TOKA」からリリースされたペトロールズの新作『乱反射』。ロンドンでレコードもリリースされた本作は、D'Angelo『VooDoo』(2000年)にも携わった名匠ラッセル・エレバドがミックスを手がけた特別な作品として世に送り出された。



そのサウンドをキャッチしたのが、ロンドンのDJでネットラジオ「NTS Radio」で番組も持つAnuだ。Yellow Magic Orchestraや日本のヒップホップ黎明期の重要レーベル「MAJOR FORCE」といったエレクトロニックミュージックや、下北沢のバンドシーンなどに深い関心を寄せ、さまざまな現場で日本産の楽曲をプレイする彼女は、いわばロンドンのオーディエンスに日本の音楽を届けるキーパーソンのひとり。そんなAnuとペトロールズを引き合わせたのが、小袋成彬だった。



Anuはペトロールズや日本の音楽をどのような眼差しで見つめているか。小袋成彬によるペトロールズのプロデュースには、どんなビジョンがあったのか。ペトロールズの3人を交えて話を訊いた。



ペトロールズはロンドンを踊らせるか。日本の音楽をUKの現場に届けるDJと、小袋成彬を交えて語りあう

ペトロールズ(左から:長岡亮介、三浦淳悟、河村俊秀)
クルマ好きの長岡が英国でガソリンを意味するペトロールという言葉をグループ名に冠して2005年に結成。一つひとつの音が消える瞬間までを意識下に置いたその演奏は人々の集中力を引きつける。一捻りされた催しなどでリスナーとの信頼関係を築き続け、愛好家は着実に増え続けている。



ペトロールズはロンドンを踊らせるか。日本の音楽をUKの現場に届けるDJと、小袋成彬を交えて語りあう

Anu(アヌ)
ロンドン生まれのアーティスト、DJ、および放送作家(本名はアヌ・アンバスナ)。2016年から英国のインターネットラジオ局「NTS Radio」で毎週火曜日に放送される人気番組『Soup to Nuts』でラジオDJを務め、2022年に『DJ Mag』の「Best of British Award」最優秀ラジオ番組に選出された。アヌは日本の音楽とグラフィックデザインにも深い興味を抱き、イラストやコミックだけでなく、ラジオ番組やDJセットを通じて日本の文化を探求している。

DJとしてはベルギーの『Horst Festival』やニューヨーク、インド、ウガンダ、ニュージーランドなど国際的な舞台でも活躍している。



Anu:まず、みなさんはどんなふうに知り合い、ペトロールズを結成することになったのでしょう?



長岡(Gt,Vo):僕と彼(河村)は、同じ高校に通っていた同級生です。高校のときから遊びでバンドをやったり、ジャンボ(三浦)とは、あるシンガーのバックバンドのメンバーとして一緒に演奏をしたのが出会いでした。それで僕が自分のバンドを結成しようと思って、この2人に声をかけたんです。



Anu:新作『乱反射』は新旧の音源や新録バージョンなどを集めたコンピレーションですが、古い音源にも立ち返って1枚の新しいアルバムにまとめることにしたインスピレーションはどんなものでしたか?



長岡:最初は過去音源を再編集するだけの作品でもいいと思っていたんです。でも、せっかくロンドンでレコードをリリースできるという機会を得たので、「それならもっとその機会を楽しみたいね」となりまして。

それでただ過去曲を再編集するだけではなく、そこに新しいおもしろさを付加してみたいと思いました。



あとはもう小袋さんはじめとしたイギリスのチームに一任しました。選曲もイギリスでも聴かれてグッとくるものになればいいなと。小袋さんはそれを肌感覚で知っているだろうし、そこは信頼してお任せしました。



─小袋さんが選曲で重視したポイントは?



小袋:基本的には僕が大好きなペトロールズの楽曲で、イギリス人好みのビートの利いたノリのいい曲という視点も踏まえて選びました。UKの人たちがナイトクラブで踊るのが想像できる楽曲(※)。

そういったシチュエーションを思い浮かべて選びましたね。



あとは選曲する前に、自分の友人たちにもペトロールズの楽曲を聴いてもらって、「この曲、いいね」とか「この曲はJ-POPっぽい感じがする」などフィードバックをもらいました。そうやってある種の実地調査をして友人たちからもらった意見と、自分から湧いたインスピレーションや頭に抱いたイメージが混ざり合ったもの。そんなふうに選曲していきました。



Anu:なるほど。いわば「UKの聴き手を念頭に置いてのセレクト」だったんですね。



小袋:そうそう。僕が思い描いていたのは、たとえばハックニー・セントラルにある「Oslo」や東ロンドンの「EartH」や「Jazz Café」みたいな、普段も自分がお客としてよく行き、楽しむタイプのライブ会場やクラブのバイブスでした。自分にとってのインスピレーションは、そんなところです。



─小袋さんによる今回の選曲をメンバーはどう受け止めましたか?



河村(Dr,Cho):ちょっと意外な選曲だったかもしれない。たとえば日本でライブのセットリストを組むとき、こちらで勝手に感じているだけなんだけど「何となく喜ばれる曲」があるんです。そういった曲も入っているけど、意外に俺たちがあまりライブでやってない曲も入ってて、それがおもしろかったですね。



三浦(Ba,Cho):小袋くんはいつごろから俺たちのことを知っててくれたんですか?



小袋:おそらく6年前ぐらいですかね。Yogee New Wavesやnever young beachが僕と同世代で、当時どこかで「みんなでペトロールズを追い越せ」みたいな、若いパワーがありまして(笑)。それで僕も聴くようになりました。



ペトロールズはロンドンを踊らせるか。日本の音楽をUKの現場に届けるDJと、小袋成彬を交えて語りあう

小袋成彬(おぶくろ なりあき)
日本・埼玉県出身、イギリス・ロンドン在住のアーティスト。株式会社TOKA創業者。



三浦:選曲基準も先にラッセルさんにお願いするというイメージがあった?



小袋:選曲はラッセルさんにオファーする前にしました。僕がロンドンで遊んだ感覚、絶対にロンドンの人に響くと思うものを選んだというか。具体的にいうとリズムとベースがダンサブルなものですかね。ビートがあって踊れるというのが第一条件。



―ビート感や「踊れる」ということが一番のポイントだったんですね。



小袋:そうそう。だから歌詞や歌メロより、ダンスができるものという基準が大きかったです。



長岡:いいぞ、いいぞ(笑)。



─ちなみに、Anuさんはどのようにしてペトロールズのことを知ったのでしょうか?



Anu:最初にペトロールズのことを知ったのは、「TOKA」経由でした。ですが、いわゆる「お仕事で聴かなくちゃいけない音源」という感じではなく、純粋にすごく楽しく聴きました。私はギターが主役の音楽がとにかく好きなので、まずそこで引き込まれましたし、シティポップの要素にも惹かれました。だからもう「めちゃリラックスできる音楽だな」と聴いて一発で気に入ったんです。



それにバンドのこれまでの歩みもとても興味深かったです。一般的なかたちで作品をリリースしてこなかった時期が長くあったわけですし、そういうバンドの背景にとにかくワクワクさせられました。日本の音楽と日本各地に存在するさまざまな音楽シーンに興味がある人間としては、ペトロールズ自体にものすごく興味をそそられたのは当然のことだった、というわけです。



でもペトロールズの音楽は、たぶん15歳くらいの自分が聴いたとしてもずっと聴き続けている、そういうタイプのものじゃないかと思います。それくらい、とてもタイムレスな音楽だというフィーリングがあります。



─ペトロールズ自身、海外のリスナーに楽曲を届けたい、海外でのライブも積極的にやりたいという思いは早い段階からきっとあったと思います。そのタイミングを探ってきたとも想像しますが、今回はやはり小袋さんとのプロジェクトだからこそ実現に至った部分が大きいですか?



長岡:それは間違いないですね。ありがとうございます。



小袋:いや、こちらこそ。僕を信じていただきありがとうございます。僕は『乱反射』のステムデータを聴いてあらためて感動しました。



─小袋さんが今回のプロジェクトを実現するうえでどんなことが原動力になったのでしょうか? ロンドンのリスナーにペトロールズの音楽を紹介したいという気持ちもあったと思いますが。



小袋:じつは「紹介したい」というモチベーションはあまり大きくはなくて。まず僕には「一生をかけて素晴らしいアートをつくりたい」という気持ちがあるんです。自分の音楽は当然として、人がつくった素晴らしい音源やアート作品を、僕の力を使ったり、僕のフィルターを通して一生残る作品にするというのが僕のモチベーション。そういう意味で、ペトロールズの音楽は後世に残るべきものだと思いました。



今回のリリースに関して言うと、ペトロールズのこれまでのラフなスタイルも尊重しつつ、新たなミキシングを施せば、さらにいい音楽になるんじゃないか、というインスピレーションが僕にはあったんです。ラッセル・エレバドというエンジニアとペトロールズの音楽をかけ合わせたら絶対に「1+1が3になる」という感覚があった。それを信じて突っ走ってみたんですが、今回ばっちりはまったのですごくうれしいです。あとはシンプルに僕はレコードが好きなので、一生残るレコードをつくりたかったんです。



─ペトロールズの楽曲とラッセル・エレバドのつくる音像はポジティブな化学反応が起こる確信があった。



小袋:そう。ラッセルも僕は知り合いではなかったんですが、1週間ぐらい考えてラブレターを書きました(笑)。ラッセルに「俺もこの音楽はいいと思うよ」って響いたときはうれしかったですよ。グラミーレベルのエンジニアでもバイブするんだから、俺の感覚は間違ってはいないと確認できたので。



─ペトロールズの3人も、ラッセルが手がけたD'Angeloの『VooDoo』(2000年)を筆頭にSoulquariansの諸作はリスナーとして触れてきたと思いますが(※)、彼による『乱反射』のミキシングにはどのような印象を覚えましたか?



河村:また違った作品になった感覚がちょっとあって。前のバージョンもすごく好きなんだけど、ラッセルさんがやってくれると、こんなに違う音になるんだと新鮮でした。本当にここまで変化するのは楽しかったし、うれしかったです。



長岡:ラッセルは基本的には日本語がわからないわけじゃないですか。その感じが、気持ちがいいというかね。たぶん日本人が日本語の曲のミックスをすると、こうはならないんだなって思います。



三浦:歌も楽器のひとつとしてとらえている、というかね。



長岡:そうそうそう。俺はそこがすごく気持ちがいいし、かっこいいと思いました。



Anu:ペトロールズのみなさんとUKとのつながりについて教えてほしいです。インスピレーション源になったUKのサウンド、あるいはロンドン発の音楽で興味を持っているものもあったりするでしょうか?



小袋:長岡さんは15年くらい前にロンドンで暮らしていたことがあって。(長岡に対して)ですよね?



長岡:そうです。20年くらい前になるかな。



小袋:あのエピソード、好きなので話してくれませんか?



長岡:同じ語学学校に通っていた子の従兄弟が、Oasisの事務所の人とか有名な音楽関係者も来るカムデンのパブでバイトしてて。で、当時の僕は自分でつくったデモテープも持って行って、いろんな人に聴いてもらってたんです。



それで、そのバイトしていた子が「日本人の知り合いがこういう音楽をつくってるんだよねって曲を聴いてもらったら、すごく興味を示してたよ」と言ったんです。僕はロンドンに憧れを持って行ったけど、その話を聞いて「俺も日本で堂々と自分の音楽を表現すればいいんだ」と思った。それが自分のバンドを組んだ理由でもあります。



Anu:すごくクールな話ですね。みなさんがどんな音楽を聴いて育ったのか、とても興味があります。3人それぞれ教えてくれますか。



三浦:小学生くらいのころは歌番組が大好きで、日本のポップスをよく聴いていました。中学でギターをはじめてからはロックばかり聴くようになり、高校卒業後にボストンに音楽留学したんですが、そこ(バークリー音楽院)では勉強でいろいろな音楽を聴きすぎてしまって。ブルースにはじまり、ジャズも聴くようになって、一番好きになったのは70年代のソウルミュージックですね。それはいまも変わってないかもしれないです。最近の音楽はあまり聴いてないですね。



長岡:僕も同じような感じで、子どものころは日本の歌番組をよく見ていましたけど、うちは父親がブルーグラスをやっていたんですね。僕もその影響でブルーグラスに触れるようになって。その一方で、中学生くらいのころは普通に日本のロックも聴いていましたし、The Beatlesなども好きで聴いていました。



高校生くらいから父親と一緒に演奏するようになった流れでカントリーミュージックも聴くようになり、同時にファンクやソウルなどのブラックミュージックも好きで、大学生ころはブラックミュージックばかり聴いていましたね。僕もやっぱり古い音楽が好きなのかもしれない。



河村:僕も子どものころは日本のポップスやロックをよく聴いてました。高校で会った亮介をはじめ、いろんな友人から洋楽を教えてもらって聴くようになりましたね。そのあとは、ドラマーとして活動するうえでいろんなタイプの曲を叩けるようになりたいと思って、さまざまなジャンルの音楽をたくさん聴くようになりました。



Anu:なるほど。現在進行形でも過去のものでもいいのですが、興味がある海外の音楽シーンはありますか?



長岡:個人的には……ヨーロッパの人たちがアメリカに渡ってきた時代に、焚き火をしてフィドルの演奏でみんなで踊っていた、という話を聞いたことがあって。そういう光景はちょっと憧れるし、見てみたかったというのがひとつあります。



あとは全体的な話として、海外のほうが幅広くいろんなタイプの音楽をやっている人が多い気がしていて。ヨーロッパやアメリカのほうが自由に好きな音楽をやって、それぞれのミュージシャンがいい感じに存在している印象があって、それはうらやましいなと思います。



Anu:これまでペトロールズは散発的なCDリリースを中心として、あまり音源を発表してこなかったのですよね。小袋さんのライナーノーツにもありますが、それにもかかわらず、長岡さんは「以前より受け入れられているような気がしている」と感じているそうですが、その理由について教えてください。



三浦:やっぱりお客さんに歩み寄るような活動をしてこなかったから、いまそう感じているんじゃないかな(笑)。好き勝手やってきたから。



Anu:リスナーがペトロールズを以前よりも理解するようになった、ということですか?



三浦:やっている音楽はそんなに変わってないから、そのやり方自体を気に入ってくれているんじゃないですかね。そこにシンパシーを感じてくれた人たちが残ってくれているというか。



Anu:妥協しなかった、と。すごくかっこいいです。



長岡:やっぱり誰もやってない音楽をやりたいので、そうなると受け入れられるのは時間がかかるのかなとは思います。僕たちは結成10年で1stアルバム(『Renaissance』)をリリースしたんです。配信もずっとやってこなかったんですけど、ロンドンでレコードをリリースするタイミングで配信をするという。そんなひねくれた自分たちがいいなと思います(笑)。



─個人的にはペトロールズはライブを重ねることで、自分たちの音楽像を絶え間なくブラッシュアップしてきたという印象があります。バンドが10周年のタイミング1stアルバムをリリースしたことも顕著ですが、作品をリリースしてツアーをやり、また作品をつくり……というような活動ルーティンに甘んじることなく、あくまで自分たちのペースで、自分たちが表現したい音楽だけを提示し続けてきましたよね。



─そして、ライブでは過去曲のアレンジもどんどん変えてオーディエンスを楽しませ、フレッシュな息吹を楽曲に注いできた。あるいは、そもそもこのバンドが創造する楽曲は、最初から変化していくことを望んでいる性格と普遍性を宿しているともいえるかもしれない。その独立したアプローチの連続のなかでここまで支持を得てきたバンドは、少なくとも日本国内ではかなり稀有だと思います。



長岡:そうですね。楽曲のアレンジを変えることは全然厭わないバンドですよね。完成形がないともいえる。



河村:たしかに『乱反射』に入ってる昔の曲を自分たちでいま聴いても古く感じないし、ライブではまた違う演奏になるだろうと自分たちでも思ってるというか。過去のもののように感じないのは、そういう部分もあるのかなと思いますね。



音源が「過去のもの」というより、「まだずっとつくり続けているもの」というような感覚というか。



三浦:逆にいえば、ブラッシュアップする前に披露しちゃってる曲もあるしね(笑)。



長岡:リリース前のプロトタイプの曲をね(笑)。つくりこむ前にまずライブでやってみるという。同じ曲をやり続けるし、試作の段階からアレンジを探しているということですよね。だから長く演奏できるのかなと。お客さんも細部の変化にグッときてくれているなら僕らもうれしいし、ありがたいですよね。



─そういうマインドはバンドの結成当初からあったものですか?



長岡:僕はあった気がします。というか、たぶん自分はそのやり方しかできないんです。曲をつくってライブでも演奏しているんだけど、もっといいアプローチはないか、ずっと探しているというか。最初からそうだった気がするし、でも次第に顕著になってきたのかもしれないですね。



三浦:ありがたいことにこんなに長くバンドが続くと思ってなかったから、結成当初のころのことはわからないけど、何より自分たちが一番飽きてないんですよね。それに続くというのは、「お客さんが来てくれてるから」ということでもあるし。



河村:シンプルに、同じ曲をずっとライブでやっていると、ちょっとした部分でも変えてしまいたくなるんですよね。それは自己満かもしれないし、お客さんも気づいてないかもしれないけど、小さいことでもいいからブラッシュアップしようと思うのは、ライブでやり続けていることで生まれる効果なのかもしれない。



─そもそもなのですが、Anuさんはどんなきっかけで日本の音楽に関心を持ったのでしょうか?



Anu:日本のカルチャーに最初に触れたのは10歳か11歳のころでした。両親がアート好きで、たくさん連れていってくれた展覧会のなかでも、村上隆展に行った際にそのアートのスタイルと色彩に惚れこんでしまったんです。以降、自分でもイラストやアート作品をつくるようになり、ビジュアルアートに対する意識が強まるにつれて、村上隆作品がひとつの指針になりました。



Anu:あと、私の兄弟はロンドンの大美術館であるテート・モダンで以前働いていて。彼は館内書店勤務だったので、古くなって販売しにくくなった日本の雑誌を私のために家に持ち帰ってくれていたんです。



─ちなみに、その日本の雑誌というのは?



Anu:『FRUiTS』です。若いころはファッションにのめり込んでいて、ファッションイラストレーターを目指していたくらいなんです。だから兄弟が『FRUiTS』を持って来てくれて、あと、『FRUiTS』に掲載された写真を一冊にまとめた本なんかもあって。ほんと、はじまりはそこからでした。私、昔はゴス少女だったんです(笑)。



そんなふうに自分は若いころからジャパニーズアートに熱中していったんですが、私はリサーチするのが昔からずっと好きだったんです。インターネットで調べるなかで奈良美智の展覧会に行き着いて、そこで販売されていた関連書籍の一冊にYMOのアートワークが載っていたのを覚えています。



あのときのYMOとの出会いが、私にとっての日本の音楽への入り口のようなものでしたね。その流れで坂本龍一を知り、細野晴臣を知り……という感じで、そうやって日本のエレクトロニックミュージックをどんどん発見していき、そこからシティポップに行き着いたんです。



─Anuさんにとって、「シティポップ」(※)と呼ばれている音楽のどういう点におもしろさを感じますか?



Anu:他国の音楽を聴く場合、歌詞を理解しないまま聴ける利点もあると思うんです。純粋にサウンドそのものから自分なりにその歌の意味を形づくっていくことができるし、それは英語の歌詞の音楽を聴いているときにはないもので。



その側面がまずひとつありますし、もうひとつは私からすると、シティポップはものすごくポジティブで、ハッピーで、あたたかいイメージ。聴いているととてもあたたかい気分になるので、山下達郎をループで何日も聴いていても絶対に飽きないと思う。



Anu:私には日本発のアートのファンである以外に日本とのつながりはないのですが、そんなほかの国で生まれた音楽を聴くのには好奇心がそそられます。私があるアーティストの音源を聴くときには、そのアルバムやアーティストについてリサーチするんですけど、そうやって調べるうちに、そのアーティストと共演してるアーティストについて知ったりして「ああ、この人はこのバンドにいて、あの人はこのバンドにいたんだ」といった具合に相関図をイメージできるようになるわけです。



日本の音楽シーンはすごく広範にわたるもので、そのこと自体がとても興味深いんです。たとえばヒップホップは、日本とその歴史についてもたくさんのことを教えてくれたジャンルですし、だからほんとに……日本の音楽は自分のなかのめちゃナードな面に触れさせてくれるんです(笑)。



─「シティポップの要素にも惹かれました」とおっしゃっていましたが、ペトロールズの音楽のどのようなところにシティポップの要素を感じましたか?



Anu:ペトロールズとシティポップについては、確実に一種のつながりを感じます。といっても、いまこの場で「これ」と具体的には思い浮かばないんですが……シティポップの「キラキラ輝いてる」感じがペトロールズの音楽にもたくさん含まれている、というか。



あと私からすると、さっきも話した「落ち着かせてくれる」フィーリングが共通しています。これはいわゆる「イージーリスニング」っていう意味ではなく、とにかく聴いていて本当にリラックスできるし、私は海外の音楽を聴きながら、自分なりにその音楽の周りに世界を築いていける感覚が好きなんですよね。言葉がわからないからこそ、むしろそうやって音楽とのパーソナルなつながりが持てるという。



─おそらくペトロールズ自身にはシティポップを鳴らしてる自覚はないと思うんです。そのあたりはどうでしょうか?



長岡:コード感とかなのかな?



河村:リラックスして気持ちよく聴ける感覚が似てる、っていうニュアンスなんですよね。



長岡:だから、気持ちいいかどうかということだよね。



河村:気持ちよく聴けるという部分でAnuさんに訴えかけるものがあるのならすごくいいなと思いますね。



長岡:そもそもシティポップという言葉は、日本語由来なんですよね?



小袋:言葉としてもこの10年ぐらいでイギリスでも広まったジャンルですよね。「ゆっくりレイドバックして、でも都会的」というポップミュージックは、なかなか世界的にもないというか。都会で高層ビルの光景も浮かぶんだけど、音楽の質感として柔らかいというのは、不思議な組み合わせなんですよね。



三浦:俺は都会に住んだことないけどね(笑)。



長岡:自分たちとしては都会的というよりも、もっと土臭い音楽をやってるつもりではあるんです。でも、Anuさんに都会的な気持ちよさを感じてもらえるのはすごくおもしろい。



小袋:俺は音楽でも何でも重要なのはフィーリングだと思うんです。ペトロールズの音楽には、絶対に東京でないと奏で得ないフィーリングがあると思う。Anuさんはそこにシティポップを感じたのかもしれないけど、ただそのフィーリングを上手く届けたいなと思いました。



小袋:『乱反射』というタイトルも、雨が降る東京のネオン街、その地面の水たまりに無数の銀河のように光が反射している様子——そういうフィーリングでつけました。そのイメージや感覚自体はユニバーサルなものだと思ったんですよね。まあ、「乱反射」って言葉が外国の人でも発音しやすいっていうのもありますけど。



Anu:そもそもUKには、日本の音楽に対する強い評価があると思いますし、音楽に関していえばロンドンと東京のあいだには本当にたくさんの結びつきがあります。



たとえば私も知っているところではヒップホップ関連で、「MAJOR FORCE」(※)というレーベル経由で日本のヒップホップがジェームス・ラヴェルのようなアーティストとつながっていたり。UK、特にロンドンでは日本の音楽の根っこが存在してきたと思います。



Anu:そういったUKにおける文脈もありますが、インターネットのおかげで日本の音楽が世界中に届いたのが何より大きいと思います。ネットを通じて、私たちもシティポップを以前よりもっと多く耳にするようになっているし、サンプリングのソースとして知らず知らずのうちに聴いていたりする。



とにかくいろんなかたちで、日本の音楽は世界的にアクセスしやすくなってきていると思います。それにいまはちょうど、世界中で80年代~90年代のサウンドのリバイバル期を迎えている感じですよね。これまで身近なものでなかったからこそ、私たちからするとシティポップはとても新しく、かつエキサイティングなものに思える。しかもその手の音楽をレコードとして所有することができるって、それだけでももう本当にドキドキさせられます。



─やはりレコードはキーワードなんですね。



Anu:いま、日本の音楽のレコードを扱うレコードショップが増えてきていますね。たしかVDS(Vinyl Delivery Service)という名称だと思いますが、日本のレコード専門店もロンドンにはあるんですよ(※)。



Anu:日本の音楽は私のDJ仲間のあいだでも需要がありますし、たとえば、ここ最近日本から登場してきたエレクトロニックミュージックを私たちみんながエンジョイしていたり。



これは決して自分が番組を担当しているから、という理由で言うわけじゃないんですが(笑)、NTSのような世界中の音楽のさまざまなアーティストを取り上げるプラットフォームでも、日本のエレクトロニックミュージックは特に注目されています。それにYouTubeやSpotifyなどを経由して日本の音楽をたくさん聴けるようになっているし、以前よりはるかにアクセスしやすくなりましたよね。多くの人がわざわざ苦労して音楽を見つけ出す必要がなくなっているんじゃないかと思います。



人々が日本のサウンドをTikTokで耳にして音楽を発見していく例もあるし、そうやってジャンルのバリアが取り払われているというか。UKでも日本の音楽が流れて踊りに行ける空間がもっと生まれたらいいなと思います。



―リサーチやDJ活動をされてきたなかで、Anuさんはどんなところに日本の音楽やサウンドの特徴を感じましたか?



Anu:日本の音楽全般に関して素晴らしいなと思うのは、音楽を創作するうえであらゆる要素が考え抜かれていて、何もかもが最上のクオリティを目指してつくられていると感じさせる点です。それは音楽に付随する世界にも当てはまります。ビジュアルやアートワーク、ミュージックビデオなど作品に関連して生まれる周辺プロダクトも含めて、細部へのこだわりは最高だなと。



あと私が日本のエレクトロニックミュージックに強い興味を持った理由のひとつとして――これは、私自身はもちろんですが、たぶん世界的にもそうでしょうが――多くの人が、日本をテクノロジー分野におけるパイオニア的存在、と見ていると思います。だからこそ、YMOのテクノポップサウンドにテクノのはじまりを感じとったりするのだと思うのですが、そういったことが自分にはものすごく興味深いんです(※)。



―ちなみに90年代以降はいかがですか?



Anu:90年代の日本の音楽には実験的な作品が多い印象があります。Cibo Mattoもよく聴くんですが、彼女たちも実験的ですよね。Cibo Mattoのサウンドにはトリップホップも感じますけど、そのサウンドの融合/ブレンドの仕方は当時の私にとってはそれまで耳にしたことのなかったものでした。



90年代はほとんどもうジャンルレスというか、誰もが実験しているマジカルな時期だったというか。自分からすれば、90年代に日本からでてきた音楽の多くは、すごくいい意味で「ヘン」というか(笑)。



─その流れでお聞きしたいんですけど、たとえばサウス・ロンドンではさまざまなジャンルがクロスオーバーし、新しい才能がどんどん出てきていることは日本のリスナーにも伝わっています(※)。現行のロンドンのシーンでペトロールズと親和性の高いと思われるアーティストをAnuさんから挙げることはできますか?



Anu:南ロンドンからは過去数年、素晴らしいジャズやブレイクビーツ勢が登場していますよね。そうした動きは一種ジャズ志向で、ライブミュージックやDJ、クラブナイトといったさまざまなチャンネルを通じて起きています。



私が本当に大好きなアーティストで、さまざまなジャンルを一緒に溶け合わせている感じがある人といえばWu-Luがいますね。南ロンドン出身のアーティストで、音楽的にはちょっとパンク寄りかもしれませんが、多種多様なジャンルを用いて、それらをひとつにフュージョンさせるという意味ではペトロールズとも類似性があると思います。それに、オスカー・ジェロームもかなり近いニュアンスがあるアーティストだと思います。



Anu:ペトロールズにも共通する、スタジオでのインプロで曲をつくっていく気風という意味では、南ロンドン界隈にも同じようなコレクティブがたくさんあります。いまぱっと思い浮かんだものだと、Orii Communityというコレクティブがいますが、彼らは毎週ジャムセッションを開催していて、そこでは誰でも飛び入り参加できます。



「Church of Sound」(※)のようなイベントも含めて、ロンドンのあちこちでそういった実験が盛んにおこなわれているんです。そんなふうに実験性を前面に押し出す気風を共有するバンドやアーティストがロンドンにはたくさんいますし、やはりそこではジャンルや境界線が存在しないんです。



─最後にAnuさんにペトロールズから何かお伝えしたいことがあればお願いします。



河村:ぜひ、ライブを見ていただきたい。なんか僕たちけっこうライブが楽しいらしいです(笑)。



Anu:私も、すごく観てみたいです!



─Anuさんがオーガナイズするイベントにペトロールズが出演して、Anuさんが彼らに紹介したいロンドンのアーティスト、バンドと共演できたらとてもハッピーでエキサイティングな空間になるのではないかと思います。



Anu:私も同感です。そうなったらいいですね。それが実現したら最高だと思います!



長岡:ぜひ呼んでください。楽しみにしてます。