楢崎智亜 狙うは日本新、ワクワク感が楽しい

数々の大会で日本記録更新

「大きい大会ほど力が出る」



楢崎選手がスピードに本格的に取り組み始めてから3、4年が経ったと思いますが、あらためてこの種目に対する印象を教えてください。


「純粋なフィジカル勝負の世界で、やはりボルダリングやリードとはまったく違う競技だと感じています。練習はほとんどが反復練習、ウォーミングアップも瞬発力を意識した内容がメインですし」



自分の状態が「タイムでわかる」というのはボルダリング、リードにはない要素ですが、そこに面白さはありますか?


「ありますね。

努力した結果が数字に出るので、練習で自信がつきやすいです。ボルダリングは練習して強くなっても、練習した課題が実際に大会で出るかは大会が始まらないとわかりません。見た目のわかりやすさで言えば、スピードは陸上や水泳といったスポーツに近い。でも、ここまでタイムが伸びるのに意外と時間がかかりました」



もう少し早く5秒台に到達したかった?


「はい。理由としては、日本に5秒台の選手がいなかったことが大きいと思っています。(国内では)ムーブやトレーニング方法もまだ確立されていなかったので、それを見つけるのに時間がかかったという感じです」



楢崎智亜 狙うは日本新、ワクワク感が楽しい
楢崎選手(写真内右)が編み出した「トモアスキップ」。スタート後すぐのホールド(楢崎選手の頭の左側)を経由せずに“スキップ”することでタイム短縮が可能となった。



これまでどのようなトレーニングを取り入れてきましたか?


「いろいろとやりましたが、一番は反復トレーニングで、スピード壁をだいたい3つか4つに区切って、各パートを数分間のインターバルを挟みながら何本も連続で登る、というのを1日に数セットやることが多かったです。あとは50mダッシュだったり、スピード壁に持ちやすいガバを一定間隔で並べてハシゴみたいな感じで駆け上がる『ラダートレーニング』だったり。最近ではウエイトトレーニングも少し取り入れています」



スピードのトレーニングがボルダリング、リードに生きる部分はありますか?


「瞬発力が上がったことはボルダリングでとてもプラスに働いています。また、ウエイトトレーニングによって腹圧が上がりボディがすごく安定したので、ボルダリングで苦手にしていた“ジワジワ”と行く動きや、リードでの“我慢”することだったりにいい影響が出ています」



楢崎選手はこれまで何度も日本記録を塗り替えてきましたが、コンバインドジャパンカップや世界選手権など、重要な大会での記録更新が多いですよね。大舞台で力が出るタイプですか?


「そうですね。

大会はすごくワクワクしますし、大きい大会ほど力が出る感じはします」



新ムーブ導入で5秒台到達

「マルチンスキップ」と「サブリ・サブリ」



2020年10月の「SPORT CLIMBING JAPAN TOUR」で日本人初の公式戦5秒台となる5.90秒をマークしました。その理由は何だと考えていますか?


「2020年の初めに(スピードの強豪国である)インドネシアのコーチが日本に来て、1週間ほどトレーニングを教えてもらいました。そこからだいぶ伸びましたね。インドネシアのトレーニングはかなり量を意識する内容で、ムーブの精度が上がったことが大きかったと思います」



その2カ月前の2020年8月には、ご自身のSNSで動画配信した池田雄大選手との対決で非公式ですが、5.87秒を記録されましたよね。約1年前に行われた2019年5月の第2回コンバインドジャパンカップや同年8月の世界選手権の時と見比べると、後半のムーブが2カ所変わっていました。新ムーブ導入も5秒台到達の要因でしょうか?


「それも大きいです。『マルチンスキップ』(ポーランドの元世界選手権王者、マルチン・ジンスキに由来)と『サブリ・サブリ』(インドネシアの選手名に由来)というムーブですね」



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「マルチンスキップ」(右)は、コース中盤でランジした直後の11番ホールドを両手で持ち、12番を取りに行かずに飛ばして、13番に右手を出すムーブ(右は楢崎選手のInstagramより抜粋)。



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「サブリ・サブリ」(右)は、14番を取りに行かずに飛ばし、15番を取りに行くムーブ(右は楢崎選手のInstagramより抜粋)。



「それぞれ単発で使う選手はいましたが、この2つのムーブを繋げてやった選手はあまりいませんでした。今では僕もSNSに動画をアップしているので、取り組んでいる選手はいるはずです。以前から『マルチンスキップ』と『サブリ・サブリ』は自分の中にはあったんですけど、まだ練習でミスが目立っていたため、2019年の世界選手権では使いませんでした」



序盤のホールドを飛ばす「トモアスキップ」はご自身で考案されましたが、他選手のムーブはどこで情報を得るのでしょうか?


「『マルチンスキップ』はW杯でマルチンが急にやり出したのを見て、覚えました。彼自身はそのムーブがうまくいかなかったらしくて、やめてしまったんですけど」



自分のものにするのは簡単ではないのですね。


「今まで左(にある12番ホールド)に飛んでいたところを、左に飛ばず上に力を使わないといけないので、少しでも重心が左側に行くと体が回ってしまいます。

でも、トモアスキップほど難しくはありません」



「サブリ・サブリ」はどのように取り入れたのですか?


「これはけっこう前からあって、サブリ・サブリがずっとやっているムーブです。彼は身長が高いからできているのかなと思っていたら、意外と難なくできました」



「トモアスキップ」「マルチンスキップ」「サブリ・サブリ」。新ムーブのポイントはいずれも、もともと経由していたホールドを飛ばす“ショートカット”ですね。


「はい。それと僕の場合は、最後の粒(下の写真で丸で囲んだホールド)を左足で蹴るのが苦手だったんですけど、『サブリ・サブリ』にすると真下から粒に入れるので、左に体が流れず、横ブレなく粒を蹴りやすい。踏み外しにくくなることもあって、『サブリ・サブリ』を取り入れました」



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14番を経由せず体の動きが真上に進むように変わったことで、粒ホールド(丸で囲んだ部分)を踏み外しにくくなった(右は楢崎選手のInstagramより抜粋)。



スリップやフライングをする回数も減ってきましたか?


「スリップはもうほぼないと思います。以前は10回中4回ほど滑っていたのが、今は1回くらい。うまくホールドに力が伝わっていないと感じることのほうが多いです。フライングもほとんどしないですね」



パリ五輪でもスピードを。

「ワクワク感が楽しい」



8月の東京五輪までにどれほどのタイムを出せる手ごたえがありますか?


「5.5秒くらいは出せるのではないかと」



世界記録(5.48秒)目前ですね。


「でもスピード専門選手のタイムも上がってきているんですよね。

非公式の記録ですけど、中国やロシアの選手は5.3秒を出しているようですし、あとこの前びっくりしたのがインドネシアの選手で、これも非公式ですが5.1秒を出したみたいです(笑)」



4秒台に迫ってきていますね。


「いけるような気がしますね。(映像を見ると)一連のムーブはほぼ自分と一緒で、『トモアスキップ』、『マルチンスキップ』、『サブリ・サブリ』の流れでしたが、単純に僕より出力が高そうでした」



出場選手が限られている東京五輪では、5秒台を出すことができればスピードで上位は確実ですよね。


「五輪ではスピードを得意とする選手にも勝てるような状態に持っていきたいですね。今現在の普段で6.0秒台という感覚で、5秒台を出せるようになれたらと思います」



3月6日に開催される、第3回スピードジャパンカップ(京都府亀岡市)での目標はありますか?


「今まで練習してきたものをしっかり出して、自分の持つ日本記録を塗り替えることが一番の目標です。5.7秒くらいはいきたいですね」



京都で初開催となる今大会の会場は、これまでと違い屋内になります。


「この時期はまだ少し寒いと思うので、屋内だと体の温まり方も違いますし、壁やホールドの劣化も少なくて、状態はいいのではと期待しています」



JMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)では現在、岩手、鳥取、愛媛の3県と連携し、スポーツクライミング未経験の中学生からスピードの有望選手を発掘・育成するプロジェクトを進めています。また、今回はSJCと「第1回スピ―ドユース日本選手権亀岡大会」が同時開催され、スピードに取り組むユース選手たちが多く出場しますが、こうしたスピードクライミングを取り巻く状況をどう見ていますか?


「もうそういう時代になったのかとびっくりしていますし、(2020年度のスピード日本代表である)竹田(創)君や大政(涼)君が本当に速くなってきて、自分のモチベーションになっています。スピードは、今までボルダリングやリードをやってきた選手からすると『クライミングじゃない』と感じる部分があって、真剣に取り組む選手は少なかったように思いますが、スピードからクライミングを始める子が出てきて、純粋にタイムを見て喜んでいる姿を見ると嬉しいですね。まだまだ日本のスピード界には可能性があるし、運動神経の良い子がやり始めるとかなり伸びるはずです」



楢崎智亜 狙うは日本新、ワクワク感が楽しい


楢崎選手は以前、スポーツクライミングが2024年のパリ五輪で継続採用されると決定した際には、ボルダリング・リードのコンバインド種目とスピード単種目、その両方で代表を目指すとコメントされていましたね。


「もうここまで来たら、どこまで行けるかやってみたいです」



それはスピードという競技に面白さを感じているし、自分の成長も感じているから?


「そうですね。以前からスピードW杯の決勝を見ていると、ワクワク、ドキドキして『かっこいいな』『自分もあの舞台で戦いたいな』と感じていたんです。

最初は自分がトップ選手のように動くことがまったくできなかったので、『どうやったらそんなに動けるんだろう?』という興味もありました。本当にわかりやすくて、純粋にスポーツとして面白いと思います」



前述のようにパリ五輪では、東京五輪で実施される3種目複合のコンバインドからスピードが独立することによって、もともとボルダリングやリードに取り組んできた選手がスピードをやめるケースも出てくるかもしれません。


「どの選手も、スピードは他2種目に対して負担がすごく大きいと口にしています。ボルダリングとリードの練習時間を削って、なおかつまったく違う感覚のものを取り入れないといけないので。スピードをやめて、楽になる選手も多いと思います」



でも楢崎選手にとっては、スピードをやめるよりも、続けるメリットのほうを強く感じていると。


「メリットはありますし、『チャレンジしている』というワクワク感が楽しいんです」



「第3回スピードジャパンカップ」大会特設サイト
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