●いい距離感があるからこそ作品で強固な関係に
この8月27日に82歳を迎える名優・藤竜也。先ごろ主演映画『それいけ!ゲートボールさくら組』が公開されたばかりだが、早くも今年2作目となる主演映画『高野豆腐店の春』が公開になった。
スクリーンデビューから60周年、来年にはトロント国際映画祭コンペティション部門選出の『大いなる不在』も控える藤に話を聞いた。

『高野豆腐店の春』は、広島・尾道を舞台に、豆腐店を営む職人かたぎの店主・高野辰雄(藤)と、一人娘の春(麻生久美子)の日常を軸に、彼らを取り巻く人々の人生や土地そのものを温かに見つめるヒューマンドラマ。監督・脚本は、藤とは『村の写真集』『しあわせのかおり』に続く3度目のタッグとなった三原光尋氏が務めた。

三原監督からのオファーに、「ぜひ撮ってください! 待ちますから」と“速達”で返事を送ったという藤は、「お礼にも賞味期限がありますから」と口にする。また20年の付き合いとなる三原監督とも「距離感は1作目と同じ」だと言い、どの現場でも「慣れ合いは嫌い」と言い切る。そんな藤が、エポックメイキングと口にする2つの作品とは。


○■三原光尋監督からのオファーに“速達”で返事をした理由

――三原監督とは『高野豆腐店の春』で3作目です。脚本が送られてきた際に、速達で「やります」とお返事されたと聞きました。

三原監督とは、写真館の主人を演じた『村の写真集』(04)で20年前にご一緒しました。その作品で、私も上海国際映画祭の最優秀男優賞をいただきました。そして『しあわせのかおり』(08)という作品でもまた呼んでくださった。コックの役で、そのためのトレーニングを撮影前に5カ月間させていただいたんです。
シェフとマンツーマンで、すごく丁寧に5カ月間です。そんなこともしてくれた監督から3作目のオファーをいただいた。光栄じゃないですか。それはもうね、実現できるかどうか分からなくても、「ぜひ撮ってください! 待ちますから」と、とにかく嬉しかったので、お礼の気持ちを込めてお返事しました。お礼というのはね、嬉しかったら早く伝えないとダメなんです。お礼にも賞味期限がありますから。
それで速達で出しました。

――前2作、そして本作と拝見しましたが、今作も土地そのものの物語や、そこで生きる人々それぞれが背負っているドラマを描きつつ、本作には軽やかさをとても感じました。藤さんが演じた主人公の辰雄も、一見強面でありながらとてもチャーミングです。

前の2作は、シチュエーション的にも超然としたキャラクターでしたね。今回はそうしたものは取っ払って、みんなでワイワイ、ガチャガチャしている男にしたいと、監督にも言われました。

○■年齢関係なく敬語で話すこだわり

――藤さんご自身が人生経験を重ねられたことで、逆に超然とした様もさらに超えて、軽やかさが出てきたといった面はありますか? 辰雄のチャーミングさは、今の藤さんだからこそ出せる魅力があるのかなとも思いました。


それは確かにあるかもね。若い時というのは、突っ張ってるからこそ若いとも言えるんですよね。根拠のない自信がある。だんだんそういうのは取れてきて、何気ないことをみんなでワイワイして盛り上がれるようになる。そのほうが楽だし、正しいと思います。私もそうした心境になってきていますし、これは三原さんが書かれた脚本ですから、三原監督自身が年を重ねてきて、こうした心境になってきているのかもしれません。


――三原監督とは、20年のお付き合いがあるからこそ作品に滲み出る空気感もあると思いますが、プロとして“慣れ”というのはないものでしょうか。

一切ないです。もちろん相性はあるでしょうが、距離感は1本目と何も変わらないです。私は基本的にどの現場でも年齢関係なく、敬語でしか話しません。だからプライベートの話も一切しない。慣れ合いは嫌いですね。


――それは意識してそうされているのですか? 若いときから?

感覚的にですね。意識的にそうする前から、本能的にそうしてきた感じです。いい距離感があるからこそ、作品で強固に繋がれると思っています。

ターニングポイントは“スリの名人”と“何もしゃべらない男”


○■役に入る感覚を得た「徹底的なプロファイリング」

――実に数多くの作品に出演されてきた藤さんですが、ターニングポイントになった作品について伺わせてください。

僕は日活映画出身で、現場で仕事を覚えてきました。劇団なんかで芝居の勉強をしてきたわけではなく、舞台に立ったことは一度もありません。映画という現場で、周りの人を見たり、ほかの人の作品を見たりして覚えてきた職人みたいなものです。それでもどうやったらいいか、メソッドというのがなかなか分からないし、周りからも認められない。それでも少しずつ、人に何か伝えられるような表現ができるんじゃないかと手探りが始まって、「こういうことか」とやり口を覚える作品に出会えることがある。それが、ひとつ自分にとってのエポック作品ですよね。

――藤さんにとっての、そうしたエポック作品がありましたら教えてください。

石原裕次郎さん主演の『昭和のいのち』(1968)という映画です。決して大きな役ではなく、小さな役で、スリをやったんですが、その時に初めてプロファイリングをしたんです。物語当時のスリの文献を漁ったり、スリの名人と言われた人たちを調べたりした。それを徹底的にやって、演じるスリの中に入ることができたんです。

――おお! 実際に撮影現場でも違いがありましたか?

みんな、笑っちゃってました。なぜかって、あまりにリアルすぎたから。今までの藤と全然違うって。歩く姿、いや空気から藤がいなくなって、完全にスリの男になっちゃってるって。

――藤さん自身も感覚として、これまでと全く違ったのですか?

体が自由に動くようになりました。全てがリラックスして。それまでの作品とは違いましたね。それから、もうひとつはっきりとエポックメイキング的な作品があります。

――ぜひ教えてください。

これは私の俳優としての知名度が絶対的に変わった作品で、TBSの『時間ですよ』(73)というドラマです。そこで、カウンターでじっとうつむいている、ほとんど何もしゃべらない不思議な男として出演しました。出始めて2カ月くらい経つと、街で人が振り向くようになったんです。映画を10年やっていて、そんな経験はなかったのに、本屋で立ち読みしてると、コソコソ人が話をしていたりして、「どうも自分のことらしい」と。視聴率30%以上のテレビドラマの影響力を体感しました。

――しかも主人公として出ずっぱりの役だったわけではないのに、大評判になった。

私もどうしてか分かりません。何もしゃべらず、お酒を飲んでいればいいと言われて、本物のお酒を飲んでいたんです(笑)。(演出の)久世光彦さんが道を開いてくれたんですね。
○■野望は抱かず、作品という名の「旅に出よう」

――役者さんは、本当にいろんな役柄と出会ってその人生を生きるわけですが、なかには三原監督との3部作のように、人生とイコールになっているお仕事にチャレンジすることもあります。そうしたチャレンジは楽しいものなのでしょうか。

楽しいという言葉は似合わないかもしれないね。でもこの仕事は生き甲斐だから。仕事をしていないときって、本当に一日が早いんです。あっという間に翌日がくる。仕事をしていると、一日がギューっと延びる。夕方って来るの? という感覚。役を生きていると、そのことばかりずっと考え続けているからか、時間が延びる感覚がするんです。不思議ですね。

――さて、80代に入られて2作目の主演作公開です。今後の野望を教えてください。

野望なんかないですよ。ただ、「また旅に出よう」って、そんな感じですかね。作品という名の「旅に出よう」ってね。

――ああ、ステキですね。これからも、藤さんとたくさん旅をご一緒できることを楽しみにしています。

■藤竜也
1941年生まれ。中国・北京で生まれ、神奈川県横浜市で育つ。日本大学芸術学部在学中にスカウトされて、日活に入社。『望郷の海』(1962)でスクリーンデビューを果たす。大島渚監督『愛のコリーダ』(76)、『愛の亡霊』(78)で海外でも高い評価を得た。主な出演映画に『龍三と七人の子分たち』(2015)、『初恋 お父さん、チビがいなくなりました』(19)、『それいけ!ゲートボールさくら組』(23)。ドラマに『時間ですよ』(TBS/1973)、NHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』(2021)など。三原光尋監督作品『村の写真集』(05)では第8回上海国際映画祭・最優秀主演男優賞受賞。その後『しあわせのかおり』(08)に出演し、『高野豆腐店の春』(23)は三原監督と3本目のタッグとなる。

望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら