こんにちは!学生ライターの井上です。
9月15日に公開される実話を基にした映画『グランツーリスモ』にちなんで、2016年のPlayStation4用ソフト『グランツーリスモSPORT』国際大会での優勝(※)をきっかけに、2018年から実写レースへ本格参戦し、日本初のeモータースポーツレーサー兼リアルレーサーとして活躍する冨林勇佑さんにインタビューさせていただきました。

※『グランツーリスモSPORT』アンヴェイルイベント「FIA グランツ―リスモ チャンピオンシップ」プレシーズンテスト優勝
○――リアルレースに進出した際に、eモータースポーツとは違うと感じた感覚はありましたか?

リアルレースを始めた最初の頃はありませんでした。
最初はリアルレースでも「負けるわけない」と思っていましたね。

実際、5月上旬のレースでは優勝したことがあったのですが、次のレースは5月下旬に開催されて夏のような暑さになってしまいました。そこで違いを感じましたね。

そのレースでは車のセッティングが分からず、タイヤがぐにゃぐにゃになって負けてしまい、その後練習の回数を重ねるごとに仕組みが分かってきました。

現在はセッティングの知識も増やしているところで、ゲームとリアルレース共通の知識もあるためゲームで遊びながら学んでいきました。
気になったところはリアルレースでメカを担当しているチームメイトにも聞いています。
○――リアルレースではスピン・横転など危機と隣り合わせで、ヒヤッとされた経験もあると思います。そんな中でも走ろうと思えるモチベーションを教えてください。

まずは「好きというところ」ですね。走っている時でも怪我をする時はありますし、車に限らず生きている上ではリスクしかないためあまり気にしたことはですね。
「好きだからやっている」というところに尽きますね。


もちろんヒヤッとしたことはありましたが、子どもの頃から無茶をしていたので、慣れているところもありますね。例えば小学校の時に誰が自転車で速く階段を下りられるか、という遊びをしたり、キックボードで誰が一番速く走れるかを競って雨の日に60キロくらいを出してしまい止まれず大けがをしたこともあります(笑)

レースであれば「怖い」という気持ちより負けたくないという感覚の方が近いですね。「好き」と「負けたくない」の気持ちが相まって、恐怖心を気にしたことがないですね。
○――グランツーリスモ・実車の中で一番好きなコースはどこですか?

ゲーム・リアルレースの両方でいうと、鈴鹿サーキット(三重)と九州のオートポリス(大分)が好きです。

リアルレースのみだと、スポーツランドSUGO(宮城)が好きですね。上り下りするサーキットが好きで、だだっ広くなく、飛んだらすぐにクラッシュしてしまうところを人よりいかに上手く走れるかが重要になってきます。
スリルのあるコースの方が周りと差がつくため楽しいです。
○――eモータースポーツとリアルレースでは車の挙動などが少しずつ違う中で、どのように両方の対策をされていますか?

今ではゲームよりもリアルレースに割く時間の方が多くなっています。最新の『グランツーリスモ7』はリアルですがゲームっぽさもあり、「リアルなら」という知識があると先入観で上手く走れないことがあります。ゲームをプレイしても9割9分速く走ることはできますが、トッププレイヤーの残り1割になると難しさは出てくると思います。

以前の『グランツーリスモ6』は先入観通りに走れていたのですが、最新では色々な情報が入った結果、通じないものも出てきてしまいました。ゲームも同じくらいの時間プレイしないと、極める前に終わってしまう印象はありますね。
ゲームへの全振りか、リアル・ゲームの半々の規模で行わないと厳しいですね。
○――元からリアルレーサーの方とeモータースポーツからリアルレーサーに上がった方の間で確執などはありましたか?

そこまで露骨ではないですがありましたね。「ゲームの世界チャンピオンといってもゲームでしょ」と言われたことはあります。所属しているチームの監督にも最初は名前も呼ばれず「ゲーマー」と呼ばれてしまうことはありました。
これは「自分が速ければスカッとする展開になる」ためおいしいな、と思っていました。

今はプロだからある程度期待されていますが、メンタルにとって最も負担が無い時は周囲から期待されていない時です。
その状況は結果がダメでも仕方がなくなるし、成功したらバカにしていた分が覆せるから。そういった意味ではバカにされている方がよかったですね。趣味がプロとして仕事になった時には結果を出さなきゃいけないから、好きという気持ちがなくなる場合もありますから。

スーパー耐久(競技)のテストの際も乗ってすぐにトップタイムを出して、謝られたことがあります。相手の考え方もその時に180度変わったし悪意はみんなないですね。ゲーマーがリアルレースを上手く走れないと思ってしまうのはあくまで自然なことで、自分は「見とけ見とけ」と思っていましたね。

○――競技を行うにおいて、身体作りや動体視力等のトレーニングはされていますか?

パーソナルトレーナーの方に見てもらって2年前からトレーニングを始めました。
動体視力はゲームをする中で鍛えられていくので、普段プレイすることで衰えないようには心掛けています。

トレーニング自体はスーパーGT(レース)に出場するタイミングで、友人もジムに通う影響で紹介されたため始めました。当時は必要性を感じていませんでしたが、車に乗った時に筋肉があると楽に感じることが多かったですね。

競技で車に乗っていて疲れる感覚があればトレーニングを始めても良いかもしれません。車だけに関わらず、夏に海に行きたくて身体を締めよう、など自分の納得する意識作りをすることが重要だと思います。

○――映画『グランツーリスモ』を視聴して、私たちのような大学生が車に興味をもったあとは、次に何をするのがオススメですか?

一番は試遊台で実際にゲームをプレイしてみたり、余裕があればゲーム機(プレーステーション)を買ってプレイするのが良いと思います。
レンタカーなどを借りてリアルで事故を起こすことはやめてほしくて、ゲームから車を少しずつかじっていくことが入口として有効かなと思います。
○――冨林選手のようなレーサーになりたい場合、リアルとeモータースポーツのどちらから練習をアプローチさせますか?

これは免許を持っているかいないかによって分かれますね。

若ければ若いほどレーサーになれる確率は高いため、免許を持っていなければ教習所に通って最優先で取りに行った方が良いと思います。
免許を持っている場合は、ゲームを今日からでも買ってやってみましょう。またサーキットに行かなくてもいいので、車を借りて街中でも良いから運転に慣れることが重要ですね。

大学生はどちらも並行して練習して、一般道からサーキットに移る段階でゲームを行う方がオススメです。そこで技量や考えを身に着けることで、事故等のリスクを減らせるからです。

小学生・中学生はゲームから始めて、余裕があればカートも並行して行うと良いでしょう。
幼い頃に身に着けたものは年齢を重ねても思い出すからです。カートとゲームを並行する方が手っ取り速いですし、考える力が幼いころからあれば、考えた上で走行にも応用しやすいです。プロになる確率を上げたい時はカートがオススメです。
○――一番アドレナリンが出る嬉しい瞬間は?

やっぱり勝った時が一番嬉しいですね。
○――映画のシーンのように、事故の瞬間スローモーションに見えることはありますか?

レース中に車が目の前で3台クラッシュしたことがありました。この時は集中していて、周りのものがスローに感じて全部避けることができました。

マンガでも事故の時に避けれる主人公もいますが、そんな感じですね。ゾーンに入っている時は、乗っている車やタイヤの調子などもフィルターなく頭に入っていき、対処することができます。限界100%のタイムを刻める瞬間はすごく走行がゆっくりに感じ、再現性も生まれて最後まで走ることができます。

高校生の頃にサッカーをプレイしていた時も一度だけありました。練習の時に使ってしまったので、本番には発揮できませんでしたが(笑)
○――モータースポーツを知らない人には魅力をどうやって伝えますか?

それは今のレーシング業界の課題でもあって難しいですよね。
「こんなにしんどいんだよ」を伝えるとアスリートであることが一番伝わるかもしれません。車が好きではない人に「レース楽しいよ」と言っても相手は「ふーん」となってしまいます。

この映画『グランツーリスモ』でも人間ドラマや恋愛要素が入っていることで、レース好きでない人でも楽しめる方向性にしているかもしれません。いかに一般の人が身近に感じられるようにするかが大事だと思います

自分自身も「車だからきつくないんでしょ」と言われることもありますが、車内は60度の温度になるし、横Gは首に自分の体重の3倍の負荷がかかります。それはサウナのジェットコースターの中で2時間回され続けるくらい大変で、この比喩で興味を持ってもらえるかは分からないですが、大変な世界が少しは伝わるかな。

車の良さは車好きにしか伝わらないから、分かりやすく伝えるのが良いのかもしれません。
○――冨林選手が幼かった頃と今では、モータースポーツのファン層に変化はありましたか?

確かに若い人が増えたのかもしれないですかね。お客さんがピットに入れる時間があって子ども用の時間も設けられることもあるのですが、昔より今の方がお子さまの来場者も増えていると思います。

車好きの層は50歳前後のバブル時期のF1を生きていた方たちが多いですね。今はそれ以外の若者も増えており、eモータースポーツやゲームきっかけの方もいるかもしれません。
○――レース前の直前や一週間前のルーティンを教えてください!

ルーティンを作ることが大事だよと言われたことがあり、手袋を左から付けることは意識しています。緊張しているときはいつもと違うことをしがちで、そこからかみ合わずに本番でうまく行かない時があります。一個だけ同じ習慣を持っておくと、例えば右から手袋をしていた時に、我に返ることができます。

2022年に行われた予選日では、レース1日前に飲みまくったら勝てたので、レース前はゲン担ぎとして飲みにいくときもありました。他にもこの行動をした時は成績がよかったから、次もそうしようということも時々あります。

勝負服だと忘れてしまったら元も子もありません。あまりルーティンやゲン担ぎは気にせず、お酒も飲みたいから飲んでいる気持ちだったりします(笑)
○――選手としてキャリアを通じて大事にしている信念・言葉はありますか?

言葉は「ありがとう」ですね。
ゲームは友達がいなかったとしても自分1人の世界だから、自分が凄ければ結果が出るかもしれません。ですが、リアルレースでは自分は乗るだけであって、セッティングを準備してくださる方や援助してくださるスポンサーさんがいます。車を動かすことにおいては、1人ではなく、自分はあくまで乗せてもらっている立場です。
この1台を走るために何日も前から仕事として準備している方や支援している方など、色々な思いが詰まって走っていることに感謝を忘れずにいないと、付いて行ってくれる人は出てこなくなります。些細なことでも感謝できる「ありがとう」が大事です。
○――最後に大学生たちにメッセージをお願いします!

勉強も大事だし就活も大変だと思うけどしっかり社会経験もしつつ、バイトや友達と遊ぶことなど何でも良いので、伸び伸び生活して、夢を追いかけて親孝行してもらえればと思います。

大学生は大人だから自分の責任で頑張っても良いし、夢を追いかけるにも遅すぎることはないので、自分の中でくすぶっている夢や挑戦したい目標があれば挑戦してください!

20歳前後は一番体力が余っていて、比較的縛りがない自由な時期だと思うので、悔いのないように楽しんでください!
○――まとめ

情熱と感謝の気持ちを常に忘れずにレースに励む冨林さんの姿勢は、私たちも見習うべき点がたくさんありました! 緊張した時の行動やメンタルの保ち方など、就職活動や部活動での大会前に「やってみよう」と思わせてくれますよね。

今回の映画『グランツーリスモ』も、世界発のeモータースポーツ兼リアルレーサーを主題とした物語になっており、青春や努力や葛藤など、モータースポーツを知らなくても様々な共感を得られる作品だと思います。

ぜひ何かに挑戦してみたい、と思っている方は映画館にも足を運んでみてください。

映画『グランツーリスモ』2023年9月15日(金)全国公開

・タイトル:『グランツーリスモ』 、原題:『GRAN TURISMO』
・日本公開表記:9月15日(金)全国の映画館で公開
・US公開日:8月11日予定
・監督:ニール・ブロムカンプ(『第9地区』『チャッピー』)
・脚本:ジェイソン・ホール(『アメリカン・スナイパー』)、ザック・ベイリン(『クリード 過去の逆襲』)
・出演:デヴィッド・ハーバー(『ブラック・ウィドウ』「ストレンジャー・シングス」シリーズ)、オーランド・ブルーム、アーチー・マデクウィ(『ミッドサマー』)、
ジャイモン・フンスー(『キャプテン・マーベル』)
・日本語吹替版テーマ曲:T-SQUARE「CLIMAX」
・字幕版/日本語吹替版上映

※「PlayStation」、「プレイステーション」、「PS5」、「PS4」および「グランツーリスモ」は、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの登録商標または商標です。