めまぐるしく愛おしい88年間の日々を支えてくれたのは、いつも“おいしいもの”だった――。『魔女の宅急便』の著者であり、「魔法の文学館」開館や「紫式部文学賞」受賞でも話題の作家・角野栄子さんのエッセイ集『おいしいふ~せん』(NHK出版)から、珠玉の5篇を試し読み。
文中に登場するカラフルで愉快なイラストも、角野さんご本人の手によるものです。
今回のお話は、「便利はおばけ」。

○便利はおばけ

女の人は器が好きだといわれている。
そういう私も大好き。
毎月1回、骨董市が開かれるお寺のそばに越してしまったのが、運の尽き。出かけて行っては、小皿1枚でも買わずにはいられなくなった。
かくして、徐々に、徐々に……、器の数は増えていった。

初めて買ったのは、白地に藍の模様の小鉢だった。ほかに赤や金色の模様のものもあったのに、この藍の色しか目に入らなかった。
私が相当うれしそうにしていたのだろう、店の主人が遠慮がちに言った。
「これはね、印判といってね、骨董でも若い口でね。江戸末期か明治の初めごろのものかな」
この〝印判〞というのは、着物の染めのように、型紙をあてて色を入れていく方法のようで、手描きよりも簡単で、そのころにしては大量生産ができたのだろう。
そのせいか、値段も手ごろだった。
これが意外とハンバーグ、スパゲッティーなど、いわゆる洋食によく合った。
サラダ用にと大きな印判の器などもそろえたりした。何年かすると、食器棚はこの藍色1色になっていった。毎日使っても飽きがこないのも素晴らしい。

ところが、わが家にも食洗機なるものが入ってきた。
なんと便利! 放りこめば、あとは知らんぷりして、遊べるぞ! すっかりとりこになって、ウキウキと使っていたら、ある日、目をむいた。心なしか、器の藍色が薄くなっている。洗剤と熱いお湯にもまれて、色落ちしているようなのだ。あーあ、昔が消えていく!
大切な器だから、手で洗うことにしよう。でも、1度覚えた怠け心はどうしようもない。私は食洗機に耐える白い食器を徐々に、徐々に買うようになってしまった。
印判の食器は棚の奥に追いやられ、骨董市にも行かなくなった。
暮らしがつまらなくなっている。便利って、おばけみたい。そっと私から、何かを消していく。

本連載は、 『おいしいふ~せん』より、一部を抜粋してご紹介しています。

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○『おいしいふ~せん』(NHK出版)
著者:角野 栄子

たんぽぽの汁を吸って亡き母を想った子ども時代、初めての味に驚きの連続だったブラジル生活、『魔女の宅急便』の読者から届いたゆすらんめのジュース……。
めまぐるしく愛おしい88年間の日々を支えてくれたのは、いつも“おいしいもの”だった。角野栄子さんならではのユーモアと温かみにあふれる文章と、カラフルで愉快なイラストを散りばめたショートエッセイ56篇を収録した本書は、かわいい装丁とサイズ感はプレゼントにもぴったり。何気ない毎日の愛おしさに気がつき、前向きになれる一冊は、Amazonで好評発売中です。

○PROFILE:角野 栄子(かどの・えいこ)

東京・深川生まれ。大学卒業後、紀伊國屋書店出版部勤務を経て24歳からブラジルに2年間滞在。その体験をもとに書いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で1970年作家デビュー。
1985年に代表作『魔女の宅急便』で野間児童文芸賞、小学館文学賞受賞。2000年に紫綬褒章、2014年に旭日小綬章を受章。2016年『トンネルの森 1945』で産経児童出版文化賞 ニッポン放送賞を受賞。2018年に児童文学のノーベル賞ともいわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞。2023年に『イコ トラベリング 1948ー』で紫式部文学賞受賞、11月に江戸川区角野栄子児童文学館が開館。