「4月から6月は残業しない方がいい」という話を聞いたことはありませんか? これは社会保険料が上がることで手取りが減ってしまうことがあるため、そのように言われています。そうなると、ことさらその時期は残業しないと言い出す人も出てくるかもしれません。
しかし、社会保険料について知ると、そんな単純な話ではないことがわかります。社会保険料はなんのために払うのか、なぜその時期が影響するのか、社会保険料が決まる仕組みを解説します。

給料から引かれる社会保険料

まずは、会社員の給料から引かれる社会保険料について、おさらいしておきましょう。
*健康保険料

健康保険は、会社員や公務員が加入する公的医療保険です。本人とその家族がケガや病気をしたときに、保険給付が行われます。健康保険料は、標準報酬月額(月給)および標準賞与額(賞与)に保険料率をかけて計算します。ここで重要となるのが「標準報酬月額」です。後ほど詳しく解説します。

保険料率は加入している健康保険組合によって異なります。
全国健康保険協会(協会けんぽ)の令和6年度の東京都の保険料率は9.98%です。保険料は会社と折半して負担するため、従業員の負担は4.99%となります。
*介護保険料

介護保険は、老化が原因で介護が必要になったときに、給付や支援が受けられる制度です。

40歳以上になると、健康保険料に介護保険料が上乗せされます。

全国健康保険協会(協会けんぽ)の令和6年度の東京都の介護保険料率は1.6%となっており、健康保険と合わせて11.58%となります。保険料は会社と折半して負担するため、健康保険と介護保険を合わせた従業員の負担は5.79%となります。
厚生年金保険料

厚生年金は、会社員や公務員が加入する公的年金制度です。厚生年金に加入することで、国民年金にも加入していることになり、国民年金(基礎年金)とその上乗せである報酬比例部分の年金を受け取ることができます。厚生年金保険料は、標準報酬月額(月給)および標準賞与額(賞与)に保険料率をかけて算出します。

保険料率は現在18.3%で固定されています。保険料は会社と折半して負担するため、従業員の負担は9.15%となります。
雇用保険

雇用保険は、失業時に受け取れる失業保険の給付や職業訓練のための給付などを行う制度です。令和6年度の労働者負担の雇用保険料率(一般事業)は0.6%です。

雇用保険以外は標準報酬月額にそれぞれの保険料率をかけて保険料を出しますが、雇用保険は給与の支給額に雇用保険率をかけて保険料を出します。
標準報酬月額とは

健康保険、介護保険、厚生年金の保険料を求めるときに使われるのが「標準報酬月額」です。
毎月の給料を一定の幅で区分した報酬月額に当てはめることで「標準報酬月額」が決まります。つまり、社会保険料の計算を簡便化するためのものです。「標準報酬月額」は保険料や年金額の計算に用います。

たとえば、給料が25万5,000円だとすると、報酬月額25万円以上~27万円未満に当てはまるので、標準報酬月額は26万円になります。標準報酬月額26万円は健康保険の20等級、厚生年金の17等級(カッコ内)になります。健康保険は1等級から50等級まで、厚生年金は1等級から32等級までに分けられています。
標準報酬月額が決まる仕組み

ここでいう給料は、基本給のほか、残業手当や通勤手当などを含めた税引き前の給与を指します。そのため、残業をたくさんすれば、給料の額が上がるため、標準報酬月額も上がる可能性があります。標準報酬月額が上がれば、それに保険料率をかけた保険料も上がるため、結果、手取りが減るというわけです。

標準報酬月額は、毎月の給料をその都度当てはめて決めるわけではありません。標準報酬月額の決め方には3つのルールがあります。入社した時の「資格取得時の決定」、年1回の「定時決定」、昇給など大幅な変更があった場合の「随時改定」の3つです。
基本は年1回標準報酬月額を見直す「定時決定」となります。
4月~6月の給料で1年間の保険料が決まる「定時決定」

定時決定は7月1日に社会保険に加入している人が対象となり、4月から6月の給料(総支給額)の月平均額から、標準報酬月額を決定します。決定した標準報酬月額はその年の9月から翌年の8月の1年間、保険料の計算に使われます。

そのため、4月から6月の3か月間にたくさん残業をして、それ以外の月は通常どおりの勤務だった場合、通常の給料に対し、残業代で増えた給料を基準にした高い保険料が徴収されるので、手取りが減ることになります。なお、残業した月の翌月に給料が支払われるケースでは、3月から5月に多く残業をすると標準報酬月額が上がります。
どのくらい保険料が変わる?

標準報酬月額が変わることで、社会保険料がどのくらい変わるのか、シミュレーションしてみたいと思います。

会社員Aさん(35歳)
協会けんぽ「令和6年度 保険料額表(東京都)」を使って試算
<4月~6月の給料の平均が24万円の場合>

標準報酬月額は24万円となります。

*健康保険料・・・1万1,976円
*厚生年金保険料・・・2万1,960円

社会保険料の合計は3万3,936円となりました。

次に4月~6月に残業が多くなり、Aさんの給料が27万円になった場合をみてみましょう。
<4月~6月の給料の平均が27万円の場合>

標準報酬月額は28万円となります。

*健康保険料・・・1万3,972円
*厚生年金保険料・・・2万5,620円

社会保険料の合計は3万9,592円となりました。
その差は5,656円です。
Aさんの給料が再び24万円に戻った場合、増えた社会保険料5,656円分手取りが減ることになります。1年間にすると6万7,872円の減少です。
シミュレーションのケースは特殊?

前出のシミュレーションのように、1年間で約6万8,000円手取りが減るケースは、標準報酬月額の算定に使われる4月~6月だけ3万円給料が増えて、他の月は通常の24万円であった場合です。残業手当だけが給料の増減に起因する場合、4月~6月だけ繁忙期といった限られたケース以外は、それほど気にする必要はないでしょう。たとえば25万円の月だったら、手取りは4,344円増えます。月5,000円以上残業手当がつけば、手取りはほとんど減りません。月ごとの残業時間を自分で調整できる場合以外は、気にしても仕方がない面があります。
標準報酬月額が増えることのメリット

標準報酬月額が増えると社会保険料が上がるため、マイナスに考えがちですが、標準報酬月額が増えることでのメリットもあります。
*傷病手当金や出産手当金が増える

傷病手当金は病気やケガで会社を休んだときに、給料の3分の2程度の給付を受けることができます。仕事を休んだ日から起算して4日目以降の働くことができない期間(最長1年6ヶ月)支給されます。出産手当金は、出産で仕事を休んだ場合に、産前42日・産後56日までの間支給されます。

支給額は、傷病手当金・出産手当金ともに、欠勤1日につき、直前12か月間の各月の標準報酬月額の平均額の30分の1相当額×3分の2です。

*年金額が増える

厚生年金から支給される老齢厚生年金、障害厚生年金、遺族厚生年金は、標準報酬月額をもとに年金額が計算されます。そのため、標準報酬月額が高くなれば、受け取れることができる年金額も増えます。
まとめ

標準報酬月額の算定期間である4月から6月の3か月間に残業を多くすると、給与の支給額が増えて、それに応じた標準報酬月額の等級が上がり、保険料が増えることがあります。保険料が増えれば手取りが減るので、マイナスに捉えられますが、標準報酬月額が増えると給付金や年金額が増えるというプラスの面もあります。特に年金は将来に及ぼす影響が大きいので、少しでも増やしていくといいでしょう。

石倉博子 いしくらひろこ ファイナンシャルプランナー(1級ファイナンシャルプランニング技能士、CFP認定者)。“お金について無知であることはリスクとなる”という私自身の経験と信念から、子育て期間中にFP資格を取得。実生活における“お金の教養”の重要性を感じ、生活者目線で、分かりやすく伝えることを目的として記事を執筆中。ブログ「ファイナンシャルプランナーみかりこのお金の勉強をするブログ」も運営中! この著者の記事一覧はこちら
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