大舞台での出場や、周囲からの期待に応えるパフォーマンスの発揮など、アスリートが日々抱えるプレッシャーには、私たちには到底計り知れないものがある。

 どんなに活躍し、明るく輝いて見えるアスリートでも、その一方では決して表には表れない苦しみや弱さはあるもの。


 そこで、本メディアでは今回「心理カウンセラー×アスリート」の対談を企画。臨床心理士・公認心理師としてこれまで様々な悩みを抱える人をカウンセリングし、解決へ導いてきた心理カウンセラー・塚越友子氏が、アスリートの「心のマネジメント」について紐解き、私たちの日々の生活や仕事など、あらゆる面において役立つマインドセットについて紹介する。

 その第1弾として取り上げるのは、今夏の東京五輪で7人制ラグビー日本代表として出場し、現在は15人制ラグビーの埼玉パナソニックワイルドナイツに所属する、藤田慶和選手だ。直前で代表落選した2016年のリオ五輪時を経て、藤田選手が大切にしている「一日一生」という言葉をもとにしたマインドセットはどのようなルーツの元に生まれたのか、話を聞いた。

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先ばかりを見て、今は悪くても問題ないというメンタルだった

塚越友子氏(以下塚越) もともとはお父様の影響で競技を始められたとのこと。その中で、「心技体」について教えを受けたと聞きますが、藤田さん自身はこの「心技体」のバランスについて、どのように考えていますか?

藤田慶和選手(以下藤田) 自分の中では全て大事だと思っていますし、どれか一つでも欠けたらパフォーマンスが落ちると思っています。「心技体」全てが充実すると良いパフォーマンスが出せると自分の中で思っています。

小さい頃からその3つについては父親からしっかり教えてきてもらいましたし、色々な指導者の方を通して、「心技体」については学んできた気がします。

塚越 少し具体的にお聞きしたいのですが、お父様以外にも沢山の優れた指導者の方に出会ったと思います。その中で、心技体の「心」の面について、特に印象に残った言葉はありますか?

藤田 僕が1番影響を受けたと感じているのは、(東福岡)高校の時に指導していただいた谷崎監督と、僕らの時はコーチで今は監督をされている藤田監督の2人です。この2人から、メンタル面をかなり教わっていました。中でも谷崎監督はニュージーランドに行かれていた時に、現地の方々から「今を楽しむ」ことをすごく大切にしていると学んだそうです。先をみるのではなく、今を充実させていくことが自身の生活にとっても、ラグビーでパフォーマンスを発揮していくうえでも大切ということを谷崎監督から教えていただきました。

「今を楽しむ」「今に感謝」という言葉を教えていただき、そこからプレーがぐんと伸びたという印象がありますね。

塚越 藤田選手は、マインドセットの部分で、優れた指導者に恵まれたこと、それをご自身で素直に吸収できたことで、土台がしっかりされているなと感じました。また藤田さん、座右の銘として「一日一生」という言葉を口にされていますよね?その言葉はどういうきっかけで取り入れられたのでしょうか?

藤田 僕は2016年のリオ五輪の時に大会の直前に代表落選しているんです。その当時は、必ず自分はリオ五輪代表に選ばれるだろうという先のことばかりみていて、今の調子が悪くても、オリンピックで調整すれば大丈夫とか、オリンピックで活躍すれば、今は悪くても問題ないというメンタルで臨んでいました。そうすることで、自分的にもなかなかパフォーマンスが上がってこなくても安心している自分がいて。なんかよくわからない「いける」という自信があったんですよね。

結果として足元をすくわれて落選してしまったということがありました。

塚越 そんなことがあったんですね。

藤田 その苦い経験から先を見るのではなくて、1日1日を充実させて積み上げていく、一日を一生のように大事に過ごすという「一日一生」の言葉を大事にしてきました。そのイメージで今回も東京五輪に臨みました。

塚越 苦しい体験を経て学んだということですね。

藤田 その意味では今回の東京五輪も、いい結果は残せませんでしたが、前回のリオ五輪の落選から今回は絶対に代表に選ばれて出場するという目標は達成できました。

そこは「一日一生」の具体的な内容として自分自身も納得しています。

1番危ないのは「必ず自分はそこにいける」と、そこばかり見ている時

塚越 アスリートの方は結果を残すためにも、先を見通して自信を持つことでパフォーマンスにつなげるという方もいらっしゃるかと思います。だけど、一部分としては先を見すぎて、今をフォーカスしないと足元をすくわれるということがあるんですね。

藤田 なんか、先ばかり見てしまうと、今の自分を見失うというか、先の目標ばかりを見てしまって、今の自分を疎かにしてしまったというのが16年時の反省ですね。ただ、今思うとそれが幸運なのかなと思います。代表落選して、そのことに気づかせてもらったので。自分の中では人生最大の挫折と言っているんですが、そこから1日1日を積み重ねるというマインドセットもできるようになりました。

プレーもよくなりましたし、日に日に自分に身に付いていっているものが感じられました。逆に自信をつけて、試合やセレクションに臨めたことはありますね。

塚越 先ばかり見ていると今の調子というものを客観的に見えなくなってしまう。

藤田 過去を振り返ると「終わり良ければ全て良し」じゃないですけど、結果だけ良ければいいやみたいになっていて。そこまでのプロセスが全然充実できていなかったなというのが反省としてすごくありますね。

塚越 アスリートの方は日々自分の調子や結果を振り返る方法としてノートを書いたりなどの記録をつけたりすることもあるかと。

そんな中で先ばかり見て今の自分が見えなくなるというのは、どんな心理が働くのでしょうか?

藤田 やっぱりこう、目指すものが大きかったりとか、必ず自分がそこにいけると思っていて、そこばっかり見ている時が、自分の中では1番危ないと思っています。そういう時こそ足元をすくわれるんじゃないかなと自分の経験から言えるのかなと思います。例えば、家を建てる時も、土台から建てるじゃないですか。そういうイメージでスポーツも、準備をやっていかないといけないんじゃないかなと思いますね。

塚越 それは、先の目標が大きいと、そっちの方に目が向きやすいということなんですか?

藤田 そうなのかなって思っちゃいますね。人って、欲しいものがあるとそこを追ってしまうというか。心理的な面はよくわからないんですが、そういうことなのかなと思いますね。
 (続く第2回では結果を出すための「心の整え方」について、さらに深く掘り下げます)

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

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塚越友子(つかこし・ともこ)

過去に自身で仕事中にうつ病を発症した経緯から、働く人のカウンセリングに注目。2008年に東京中央カウンセリングを開業。社会学修士号(社会心理学)教育学修士号(臨床心理学)。公認心理師・臨床心理士・産業カウンセラー。

藤田慶和(ふじた・よしかず)

ラグビースクールの監督をしていた父の勧めで7歳から競技生活をスタート。名門・東福岡高校時代に頭角を現すと全国高校ラグビーで主力として3連覇を果たす。2015年ラグビーW杯ではチーム最年少出場、今夏の東京五輪では7人制ラグビー日本代表として戦った。埼玉パナソニックワイルドナイツ所属。