“世界のキタノ”こと北野武監督が衝撃デビューを果たした『その男、凶暴につき』(89)から、常に北野映画を支えてきたのが森昌行プロデューサーだ。またオフィス北野の社長として、テレビの第一線で活躍を続ける人気タレント・ビートたけしのマネジメントも手掛けている。

多彩なキャストを配し、経済至上主義となった現代社会の風刺にもとれるバイオレンスエンターテイメント『アウトレイジ』シリーズは、どのようにして生まれたのか。そして、トリロジー完結編『アウトレイジ 最終章』を完成させ、北野映画はこれからどこへと向かうのか。北野監督の才能を誰よりも愛するがゆえに、時にシビアな判断も迫られる森プロデューサーが北野映画の裏側を語った。

──2010年に公開された第1作『アウトレイジ』は独創的なバイオレンスシーンが話題となり、スマッシュヒットを記録しました。もともとは前作『アキレスと亀』(08)の主人公・真知寿がいろんな自殺方法を試すシーンで危なすぎて使えなかったネタから生まれたそうですね。

森昌行 我々はデスノートと呼んでいるんですが、死に方帳みたいなものをたけしさんは持っているんです(笑)。
お笑いのネタ帳と同じように、面白い死に方や殺し方を思いついたら、たけしさんは『アキレスと亀』以前からメモしていました。子どもが自由に落書きするみたいな感覚なんですが、その手帳を持ち歩いているときに警察に尋問されたら、きっとテロリストとして逮捕されるでしょうね(笑)。

■笑いほど残酷なものはない

──北野監督にとっては、笑いも死も同価値のものなんですね。

森 北野さんは昔から言っているんですが、「笑いとは残酷なものだ」と。また、「笑いは悪魔のように忍び寄る」とも言っています。お笑いって、シリアスな状況であればあるほど、そこで起きる笑いも大きくなるわけです。
お葬式みたいに絶対笑ってはいけない場で、誰かがおならをするとおかしくて仕方ない。それがたけしさんの言う「笑いが悪魔のように忍び寄る」ということなんです。これは突発的に起きる暴力と同じようなもの。だから、笑いってすごく暴力的なものなんだ、というのがたけしさんの持論です。チャップリンが言っていたそうですが、「ホームレスがバナナの皮で転ぶより、大統領がバナナの皮で転んだほうが面白い」と。権力を持っている人間が転んだほうがおかしいわけです。
だから、たけしさんも「お笑いをやっているからには俺は文化勲章をもらうんだ」と言っています。文化勲章をもらった翌日、立ちションで逮捕されたら、そのギャップが笑いを生むわけです。たけしさんはいつも笑いをベースに考えていて、その延長線に暴力も並んでいるようですね。

──北野映画は“死生観”“破滅衝動”がテーマだとも言われています。

森 確かに「北野監督の作品は死がテーマになっている」と言われていたことが初期の頃はありました。でも、たけしさんに言わせれば「いや、そうじゃないんだ。
今の時代は生に光を当て過ぎているんだ」ということなんです。たけし流に言えば、なぜ死を忌み嫌うのか、生きることにしか光を当てないほうがおかしいよ、ということ。人間の死を描くことは生を描くということでもあるんです。北野監督にとっては、死に方=生き方なんです。

■内面三部作は監督にとって必要な作品だった

──北野作品は、笑いと暴力、生と死が隣り合わせになっているわけですね。『アウトレイジ ビヨンド』(12)は北野監督にとっては初の続編。
第1作のラスト、刑務所で刺殺されたはずの大友組の組長・大友(ビートたけし)が実は生きていたという『ビヨンド』のアイデアは、森プロデューサーの発案だったと聞いています。

森 ハハハ、それは事実です(笑)。確かに北野監督はそれまでシリーズものを作ることはせず、『アウトレイジ』も1作で完結させたつもりだったはずです。北野監督と揉めたわけではないんですが、これはプロデューサー個人の話として聞いてください。プロデューサーという仕事は、クリエイティブサイドとビジネスサイドとのブリッジ役だと認識しています。クリエイティブサイドに関しては、北野監督の意思を最大限に尊重したい。
でも一方のビジネスサイドに立てば、プロデューサーは出資者たちへの責任があるわけです。作品を完成させるだけでなく、興行的にも成功を収めなくてはいけません。『アウトレイジ』の前に撮った、『TAKESHIS’』(05)、『監督・ばんざい!』(07)、『アキレスと亀』の3作品は正直なところ、ビジネス面で成功したとは言えませんでした。

──北野監督の内面を描いた三部作、どれも興味深い作品でした。

森 もちろん、3作品とも内容は評価はされており、それぞれ海外の映画祭にも呼ばれています。北野監督の作家性には悪影響は何らもたらしていません。また、『座頭市』(03)の後、自分が撮りたいのはこれだという明確なものが見つからない混迷期に入り、北野監督にとっては新しい出口を探り出すために必要な3作だったと思います。決して開き直って、弁明しているわけではありません(笑)。そこで3作を撮り終えた北野監督に提案したのが、「十八番中の十八番であるバイオレンスエンターテイメントをやりましょう」ということでした。実験的な作品は避けて、北野監督が最も得意とするバイオレンスアクションに戻ろうと。でも、それは『その男、凶暴につき』や『3-4x 10月』(90)や『ソナチネ』(93)をもう一度撮るということではないし、そうならないと確信していました。北野監督はそれまでにいろんな作品を撮ってきたので、バイオレンスアクションを撮っても初期作品とは同じものにはならないはずだという期待もありました。

■『アウトレイジ』に科せられた高いハードル

──北野映画初出演組を中心にした多彩なキャスティングも、『アウトレイジ』シリーズならでは。

森 それまでの北野監督は、色のついた俳優を起用することをあまり好みませんでした。自分の言うとおりに役者は動いてほしいと考えていたようです。それもあって、寺島進大杉漣さんといった北野組と呼ばれる常連俳優たちをいつも起用していたんです。ですが、いろんな作品を撮ってきたことで北野監督はどんな俳優が来ても充分にやれるはずだという読みがこちらにはあり、『アウトレイジ』は北野組ではない俳優を使いましょうと提案しました。ビジネス的に前3作が成功しなかったということも、プロデューサーとして大きくありました。『アウトレイジ』がもし失敗したら、監督生命が危ぶまれる……くらいの危機感がありました。4作連続でリクープできなければ、メディアが“世界のキタノ”と持ち上げても、ビジネスパートナーたちはパートナーシップを解消してしまう。そうなれば、北野監督は好きなように映画を撮ることもできなくなる。『アウトレイジ』に関しては、私は観客動員100万人をボーダーラインとして考えていました。そのくらいの大ヒットじゃないと、過去3作のマイナスイメージを払拭できないと、スタッフ全員にハッパを掛けていたんです。いざ、劇場公開してみると観客動員は80万人程度でした。ヒットはヒットなんですが、私の設定していた目標値には達していなかった。そこで、たけしさんには「大友は生きているというアイデアはどうですか? 大友の死体は映していませんし」と私から持ち掛けて、『アウトレイジ』のDVDがリリースされるタイミングで、続編製作を正式発表することでヒット感を打ち出しました。その甲斐あって、『アウトレイジ』のDVDセールスは伸び、その勢いが第2作『アウトレイジ ビヨンド』へと続いたんです。

──北野監督と森プロデューサーには長年の信頼関係があるわけですが、それでも「大友は生きている」というアイデアを切り出すタイミングは気を使ったんじゃないですか?

森 もちろん、そうです。下手なタイミングで切り出せば、一蹴されてしまう可能性もありました。でも、たけしさんにも思うところがあったんだと思います。「大友が生きているなら、こういうストーリーになるな」とアイデアを膨らせてくれました。その結果、『ビヨンド』は第1作を越える興収結果を残し、『ビヨンド』で終わってもよかったんですが、今度は北野監督が乗って、「次は大友が韓国へ逃げて……」と3作目まで作ることになったんです。まぁ、すぐに『アウトレイジ 最終章』を作るのではなく、一度違うベクトルに振ったほうがいいだろうと思い、たけしさんがネットで発表した短編小説『ヤクザ名球会』を『龍三と七人の子分たち』(15)として映画化することにしました。幸い、こちらもうまくヒットすることができました。

──北野監督ほどの才能と実績とネームバリューがあっても、常に数字を残さなくてはいけない時代ですね。

森 やはり、シネコンというシステムの中では、興行成績というものが中心になっています。『HANA-BI』(98)の頃はアートハウス系でロングラン公開され、口コミで動員することができました。『HANA-BI』を1年間にわたって上映し続けた映画館もあったほどです。海外の映画祭で受賞したことで宣伝費も使わずに済みました。でも、そういったアートハウス系の映画館はほとんど消えてしまい、今はシネコンで上映するしかありません。ある意味、シネコンは残酷な世界です。公開初週の土日にどれだけ観客動員できたかで、公開期間も決められてしまう。宣伝費も『HANA-BI』の頃に比べて、10倍必要になっています。そんな中で、ただ作家性を重視した作品を撮っても、自己満足で終わってしまうことになってしまう。シネコンに作品を掛けるということは、メジャー指向で大量動員することが前提となっています。『HANA-BI』や『座頭市』くらいまでは海外マーケットもそれなりの市場だったんですが、今はアジア映画が海外で占める市場はとても縮小されています。嫌だと思っていても、日本の大量動員システムの中で勝負し、勝ち残っていくしかないんです。エンターテイメントに徹しないと、この国では映画を撮ることはできません。海外でインタビューを受けると「なぜ、北野監督は今もテレビ出演を続けているのか?」と質問されることがありますが、今の日本では映画を撮っているだけでは食べてはいけないからなんです。よっぽど慎ましい生活にすれば別でしょうけど。そういったことも含め、マネジメントも考えざるをえない。当然、たけしさんも年齢を重ね、テレビの世界では新しい人間も出てくる。今後、映画監督としてタレントとして、どう続けていくかは大きなテーマですね。
(取材・文=長野辰次/後編につづく)

●森昌行(もり・まさゆき)
1953年鳥取県生まれ。テレビ番組製作会社でADとして過ごし、最初にチーフディレクターを務めたバラエティー番組『アイドルパンチ』(テレビ朝日)をきっかけに、司会のビートたけしと親交を深める。88年の「オフィス北野」の設立に参加し、92年から代表取締役社長に就任。89年の北野監督の監督デビュー作『その男、凶暴につき』から全ての北野作品をプロデュースしている。また、例年11月下旬に開催されるアジアを中心にしたインディペンデント系の映画祭「東京フィルメックス」の運営も手掛け、手映像作家の育成にも取り組んでいる。

『アウトレイジ最終章』
監督・脚本・編集/北野武 音楽/鈴木慶一 撮影/柳島克己 照明/高屋齋
出演/ビートたけし、西田敏行大森南朋ピエール瀧松重豊、大杉漣、塩見三省白竜、名高達男、光石研原田泰造池内博之津田寛治、金田時男、中村育二、岸部一徳
配給/ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野 R15+ 10月7日(土)より全国ロードショー
(c)2017『アウトレイジ最終章』製作委員会
http://outrage-movie.jp