現在、インド政府公認のヨガ検定に合格した片岡鶴太郎がブレーク中だ。コラムニストの故・ナンシー関は、お笑い芸人から俳優に転向した鶴太郎について、以下のような文章を綴っている。



「鶴太郎は、昔のVTRで自分の姿を見せられることを、ものすごく嫌がる。その嫌がり方は他のタレントなどが見せる『一種、甘酸っぱいこっぱずかしさに居心地の悪さを感じる』というのとはちょっと違う。本当に心底嫌そうなのだ。VTRの中の自分を憎悪しているようにさえ、私には見える。ここでナルシズムという言葉を持ち出すのは、ちょっと安直な感じがして気が引けるが、やっぱり大きな要因かもしれない」

■パーティグッズのパンツを頭から被ったからこそ生活できた有吉

 12月3日放送『ボクらの時代』(フジテレビ系)にて、アンジャッシュ渡部建、有吉弘行、カンニング竹山という座組が実現した。

 3人は、自分たちの世代のことを「仕事を心から楽しめない世代」だと定義している。


有吉 僕らの世代って、あんまり「楽しい」と思って働いてる人いないでしょう? どっか諦めもありつつ、でも「生きていくためには」って思ってる。

渡部 自分たちの好きなことを好き勝手にやってる人たちを見て、俺らはこの世界入ってきて「時代は違うよ」っていう状況にいるから。確かに、この世代で「あの仕事、すげえ楽しくてさあ!」って、まったく出ない。

 これほどに売れっ子の3人でも、そんな現状なのだ。では、売れる前はどうだったのか? 竹山は、不遇時代の有吉のエピソードを明かす。

「面白かったもんなあ。
有吉が結構キツい時にさあ、『この仕事取りました!』ってパーティグッズのモデルやって」

 当時の有吉は、パーティグッズのパンツを頭から被り、ポーズを決めて写真に収まるような広告モデルの仕事にも手を伸ばしていた。

 続けて、渡部が口を開く。

「それで有吉がバーン! って売れた後に、ある番組で“過去の恥ずかしかった仕事”として、その写真が打ち合わせで出てきたわけ。『パーティグッズの写真を出しますから』って。そしたら有吉が『いや、これ、俺は全然恥ずかしくないです』と。『これがあったから今の僕があるから“恥ずかし写真”で出したくない』って言うの。
カッコ良かったねえ、あれ」

 有吉にとってみると「あの仕事で生活が助かった」という思いがあり、決して恥ずべき仕事に区分されたくないプライドがあったようだ。

■パチンコ番組を嫌がるアイドルの鼻を折る

 ここで、話を数年遡らせたい。2013年2月5日に放送された『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の番組恒例企画「有吉先生の進路相談」に出演したのは、野呂佳代。この時の彼女は、在籍していたSDN48が解散したばかりで、芸能界の行く末に迷っていた。加えて、実家から出て家賃10万円のマンションへ引っ越したばかり。しかも、ラジオのレギュラー1本しか抱えておらず、切り詰めて生活するような毎日であった。


 そこで、彼女の身を案じたマネジャーは、パチンコ番組のレギュラーを入れてくれたのだ。

 この仕事について、有吉は「今やっている仕事に全力を尽くさないと、次へつながっていかない」「ちょっと嫌だなと思ってやってたら、スタッフに失礼」と、芸能界の先輩という立場から野呂にアドバイスを与えている。

 もちろん、ここはバラエティという場だ。毒舌まじりのイジりも有吉は放っていく。ちなみに、当時の彼女が目標にしていたのは、小池栄子深津絵里だったとのこと。そんな野呂に、有吉は悪意まじりで「深津絵里さんを目標にするなんて、絶対に言っちゃダメ。
島崎和歌子さんでしょ?」と追い詰めていった。

 この展開に、ついには仏頂面になってしまった野呂。彼女は「島崎和歌子さんになるまでに、どうしたらいいかを説明してほしかった!」と主張するのだが、そこで有吉は声を荒げた。

「さっきから言ってっけど、パチンコ番組全力でやれや、バカ!」

「『パチンコ番組の営業やってまーす』っていう発言で、みんなが笑うと思ったんじゃねえのか?」

「ちょっと嫌な仕事だなと思ってるのが、どうしても腑に落ちない」

 後年、野呂はあるインタビューで語っている。

「SDN48を卒業して最初のレギュラーがパチンコ番組だったんです。全力で頑張っていたんですけど、実は私、パチンコがあまり好きではなくて……。
それを言ったら、有吉さんに『全力でやれ、バカ!』って言われたんです。そう言われて、今ある仕事を全力でやろうって思えました。そうしたら、パチンコの仕事が増えたんですよ(笑)」

 有吉は何もいい格好をしたくて、パーティグッズモデルの仕事を“誇り”として語ったのではなかった。昔から姿勢はずっと一貫している。広告モデルでもパチンコ番組でも、いただいた仕事には全力で取り組む。

 自身の不遇時代について「地獄を見た」と表現する有吉だからこその、これはプロの矜持だ。
(文=寺西ジャジューカ)