FODとNetflixにて全話配信されているドラマ『夫のちんぽが入らない』(以下『おとちん』)が素晴らしかった。

 原作は2017年に扶桑社から発売された、こだま(参照記事)による同名の小説。

タイトルの通り、夫の性器を挿入することができないという困難を抱えた女性・久美子石橋菜津美)を主人公としたドラマだが、ショッキングかつキャッチーなタイトルとは裏腹に、物語はとても地味で、じめじめとした湿気が感じられる、リアルでいじらしい作品だ。

 久美子は田舎から上京し、大学入学のために入居したアパートで、夫となる青年・渡辺研一(中村蒼)と知り合う。2人は恋人となり、数年後に結婚。教師となった久美子は仕事も結婚も一見順調に見えたが、夫の性器を挿入できないという性生活の困難は、やがて2人の日常を蝕んでいく。ある日、夫が風俗に通っていることを知った久美子は、出会い系サイトで知り合った男と性交渉を重ねていく……。

 監督は『百万円と苦虫女』等の映画で知られるタナダユキ。
人間の心情を丁寧に拾い上げるタナダの作風と原作の相性はばっちりで、男女の機微が淡々と描かれている。

 何より素晴らしいのは主演の石橋だろう。本作の湿った世界観は彼女によるところが大きい。

 久美子はいつも、ぼそぼそとしゃべる。社会人になると少しは垢抜けていくが、大学時代は化粧っ気もなく、まるで小学生のよう。かわいくてスタイルもいいのに華がなくて地味だが、妙な色気があるという、不思議な存在感を漂わせている。


 本作には男女の濡れ場が多数登場するが、石橋はちゃんとヌードを披露している。男女の悲しいすれ違いを描く上でテーマと密着した重要なシーンだが、こういう場面で裸体をさらけ出せるのはクローズドな配信ドラマならではだろう。

「脱げば偉い」と言うわけではないが、本作の物哀しいセックスは、時に痛々しく見える華奢な裸体をさらけ出すことなしには成立しないものである。

 石橋は現在26歳。2008年にテレビ東京のオーディション番組『イツザイ』で選ばれ、映画『天国はまだ遠く』のスピンオフドラマ『わたしが死んでも世界は動く』(auケータイドラマ)で女優デビューを果たす。その後は『メイちゃんの執事』(フジテレビ系)や『Q10』(日本テレビ系)といったドラマに出演。
主演級の役はほとんどなく、女優としての活動は地味だったが、18年に吉岡里帆と共演した資生堂「エリクシール ルフレ」のCM以降、注目されるようになる。

 そして、今年NHKで新設された、よるドラ枠のドラマ『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(以下『ゾンみつ』)で主演を務めた。



『ゾンみつ』はタイトルの通り、とある地方都市でゾンビが大発生した姿を描いたパニックホラーで、NHKの深夜ドラマでゾンビドラマが作られるという意外な組み合わせが反響を呼んだ。内容も斬新で、ゾンビが発生したことでコンビニに閉じ込められた地方在住の女性たちの鬱屈した感情に焦点が当てられている。

 石橋が演じたのはタウン誌のライター・小池みずほ。親友と不倫している夫から離婚を迫られているという、しょっぱい役だ。
『おとちん』の久美子同様、地方在住の生真面目すぎてパッとしない女という、石橋にしか演じられない、いじらしい存在だった。

 それにしても、『ゾンみつ』と『おとちん』を見た後で彼女の経歴を振り返ると、あの作品にもこの作品にも出ていたのか! と驚かされる。

 中でも驚いたのは、月9で放送されていた『大切なことはすべて君が教えてくれた』(フジテレビ系)に出演していたことだ。

 本作は三浦春馬が演じる結婚間近の男性教師を主人公とした学園ドラマなのだが、いま見ると生徒役が実に豪華である。

 ヒロインを演じた武井咲はもちろんのこと、ショートカットで颯爽と登場した剛力彩芽が注目されるきっかけとなった作品として有名だが、菅田将暉石橋杏奈広瀬アリス中島健人能年玲奈(現・のん)、伊藤沙莉岡山天音など、後にブレークした俳優が生徒役に多数存在する。

 石橋は(現時点における)最後発の『大切』組ブレーク女優だが、あらためて思うのは、人気が爆発するタイミングは誰にもわからないということだ。


 生徒役ではその他大勢の中に埋もれていた女優が、社会人役を演じられる年齢になると急に魅力を開花させるということも多い。これはルックスや演技力といった個人の問題ではなく、ハマり役といつ出会えるか? というタイミングの問題で、あきらめずに続けることがいかに大事かということがよくわかる。

 ちなみにこの時、石橋が演じたのは、クラスメイトの恋人と家でセックスしていたことが問題になる真面目な女子生徒役。この頃から、性の問題で思い悩む役を演じていたようだ。

 いつも自信なさげで華やかさに欠けるが、暗い色気の見え隠れする地方在住の真面目な女性を演じさせたら、今の石橋は最強である。26歳にしてつかんだ当たり役だといえよう。


●なりま・れいいち
1976年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

◆「女優の花道」過去記事はこちらから◆