山崎ナオコーラ原作の『手』。主演の福永朱梨はオーディションで選ばれた

 「ロマンポルノ」といえば、映画会社の日活が1971年から始めた当時の映倫規定による成人映画の伝統あるレーベルだ。

1988年までの18年間に約1100本もの作品が公開された。白川和子、谷ナオミ、宮下順子、美保純といったスター女優が活躍し、神代辰巳、藤田敏八、小沼勝、田中登、石井隆ら作家性の強い監督たちが数々の名作を残している。

 そんな「ロマンポルノ」が令和時代に復活を遂げた。「ロマンポルノ50周年記念プロジェクト」として企画された「ロマンポルノ・ナウ」では、松居大悟監督の『手』、白石晃士監督の『愛してる!』、金子修介監督の『百合の雨音』の新作3本を製作。9月16日(金)より劇場公開が順次スタートする。

 令和に甦った「ロマンポルノ」とは、一体どんな内容なのだろうか。

かつてのロマンポルノ とは、どう違うのか。3作品をそれぞれ担当した日活のプロデューサーたちに語ってもらった。

松居大悟監督が撮り上げた、繊細な官能シーン

 松居監督にとって初のR18作品となる『手』が、新しいロマンポルノの口火を切ることになる。本作を企画したのは、日活に入社して8年目となる結城未来プロデューサー。映画のプロデュースを務めるのは、本作が初。山崎ナオコーラの短編小説を原作に、女性視点の親近感のあるドラマとなっている。

おじさん好きなヒロイン・さわ子(福永朱梨)のたゆたうような男性遍歴が描かれていく。

結城プロデューサー「ロマンポルノをまだ観たことがない若い世代や女性向けに企画した作品です。私が日活に入社して担当したのが2016年の『ロマンポルノ・リブートプロジェクト』の宣伝でした。私自身、それまでロマンポルノに触れる機会がなかったのですが、かつてのロマンポルノを観て、衝撃を受けたんです。予算も撮影日数も掛けてない作品がほとんどですが、作り手たちの熱い情熱がほとばしっていることが感じられたんです。そのロマンポルノの50周年ということで、過去の名作に興味を持ってもらう入り口になるような新作はできないかと考え、原作を探していて出会ったのが山崎ナオコーラさんの『手』でした」

 松居監督は『バイプレイヤーズ ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら』(21)や『ちょっと思い出しただけ』(22)など新作を次々と発表している売れっ子だが、昭和期の「ロマンポルノ」が縁で新作を撮ることになった。

結城「相米慎二監督の特集上映が2021年に渋谷ユーロスペースで行なわれ、相米監督が唯一撮ったロマンポルノ『ラブホテル』(85)も上映されたんです。松居監督の敬愛する相米監督がロマンポルノの名作を撮っていたことから、松居監督はオファーを快諾してくれました。女性視点も大切にしたドラマにしたいと伝えると、『私たちのハァハァ』(15)の脚本家・舘そらみさんがいいのでは、となり声を掛けさせていただきました。松居監督と舘さんは大学時代の同窓生だそうです。松居監督にとって初めての本格的なラブシーンですが、脚本段階から女性が見ても違和感のないものか確認して進めました。撮影に入る前にも、リハーサルをしっかりと重ね、ひとつひとつの動作に問題はないか、キャストにもその都度、細かく確かめています。

撮影日数は8日間という限られた日数でしたが、松居監督を中心に和やかなムードで撮り終えました」

 深田晃司監督の『本気のしるし 劇場版』(20)では助演ながら強い印象を残した福永朱梨が、オーディションで本作の主役に抜擢され、官能シーンを繊細に演じてみせている。社会や恋愛に真っ直ぐに向き合えなかったさわ子の、ふんわりとした心情の変化が綴られていく。思い切った配役や新しいテーマに挑戦できるのも、ロマンポルノの良き伝統ではないかと結城プロデューサーは語る。

 ちなみに結城プロデューサーのお勧めのロマンポルノは、「リブートプロジェクト」で関わった塩田明彦監督の『風に濡れた女』(16)。令和の「ロマンポルノ・ナウ」は平成の「リブートプロジェクト」から、より女性視点を強めたものだと言えそうだ。(1/3 P2はこちら

松居大悟、白石晃士、金子修介監督が新感覚ポルノに挑む「ロマンポルノ・ナウ」
SM好きを公言する高嶋政宏が出演・企画監修した『愛してる!』

 新作3本の中で、最高にぶっ飛んでいるのは、白石晃士監督作『愛してる!』で間違いないだろう。

『オカルト』(09)や『貞子vs伽椰子』(16)などのホラー映画で熱烈なファンを持つ白石晃士監督が、SMの世界をフェイクドキュメンタリーとして撮り上げた異色作となっている。

 本作を手掛けたのは、白石監督が韓国でオールロケした意欲作『ある優しき殺人者の記録』(14)でもタッグを組んだ紀嘉久プロデューサー。元女子プロレスラーという異色の肩書きを持つ地下アイドルのミサ(川瀬知佐子)が、SMラウンジのオーナーにスカウトされ、SMデビューを果たす物語だ。人気の女王さま・カノン役の鳥之海凪紗が、妖しい雰囲気を醸し出している。俳優の髙嶋政宏が企画監修だけでなく、本人役で出演しているのも話題だ。

紀プロデューサー「ロマンポルノにはSMというジャンルがあるので、ホラー映画で人気の白石監督が、SMという日常とは異なる異世界を、得意のフェイクドキュメンタリーで撮ると面白い作品になるんじゃないかと企画しました。

今の時代に撮るロマンポルノは、まずストーリーが面白くあるべきだと考え、ミサとカノンがどんな関係になっていくのか、プロット構成には時間をかけ、試行錯誤を重ねました。『変態紳士』(ぶんか社)を執筆され、SM好きを公言されている髙嶋政宏さんには、緊縛師の蒼月流氏を紹介してもらうなど、いろんな面で協力してもらっています」

 女王さま・カノンの奴隷として、ミサはSMマニアたちと刺激的な日々を過ごす。新しい世界を知ったミサは、自己を解放することで内面的にも外面的にも変化を遂げていく。生まれ変わったミサがステージに立つクライマックスは、観客たちがスマホで撮った動画も交えた非常に斬新なシーンとなっている。

紀「ラストのライブの撮影はロケ場所の時間的制約もあって大変でしたが、何とか撮り切ることができました。白石監督は自主映画時代の『暴力人間』(97)を超える映画をまだ撮ることができていないと感じているそうですが、『愛してる!』は白石監督の新しい代表作と呼べる作品になったと私は思っています。SMがテーマなので痛い描写はありますが、白石作品では珍しく誰も死にません(笑)。とてもエモーショナルなドラマに仕上がっており、白石監督の作風を広げることにもなったと思います」

 紀プロデューサーのお気に入りのロマンポルノは、神代辰巳監督の『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81)。内田裕也が主演したパンクロックムービーとして知られている。(2/3 P3はこちら

松居大悟、白石晃士、金子修介監督が新感覚ポルノに挑む「ロマンポルノ・ナウ」
インティマシーコーディネーターを導入した『百合の雨音』

 新時代ロマンポルノのフィナーレを飾るのは、金子修介監督の『百合の雨音』。ベテランの金子監督は『ガメラ 大怪獣空中決戦』(95)や『デスノート』(06)など数々のヒット作を放ってきたが、監督デビューは日活時代のロマンポルノ『宇能鴻一郎の濡れて打つ』(84)だ。少女漫画『エースをねらえ!』などのスポ根ものをパロディにした官能コメディで、いま観ても魅力的に感じられる。

 金子監督のロマンポルノへの復帰は、昭和ロマンポルノの最後を飾った『ラスト・キャバレー』(88)以来、33年ぶり。金山功一郎プロデューサーが、金子監督作品の魅力を語ってくれた。

金山プロデューサー「金子監督はデビュー作『宇能鴻一郎の濡れて打つ』で終焉期ロマンポルノに彗星のように現れた監督です。手垢にまみれた定番の『宇能鴻一郎』シリーズを、『エースをねらえ!』のパロディにするという斬新さは類を見ないものです。金子監督は日活を出てから、多彩な分野の作品を撮り、大活躍するようになりました。ジャンル映画を“いま現在の映画”として、新しい面白さを生むことができる稀有な監督です。『1999年の夏休み』(88)は直接の露出ではなく、ジェンダーを超えた官能的な魅力を秘めた作品に感じられました。

 女性同士のラブシーンを描いた〈百合もの〉はロマンポルノの人気ジャンルですが、昭和期に撮られた作品は男性視点で描かれたものばかりでした。現在のコミックやライトノベルにおいては女性が支持する〈百合もの〉がメインであるように、金子監督なら新しい百合ものを撮り、女性を魅了するような新しいものにできるのではないかと思い、再びロマンポルノに戻ってきてもらいました。女性にロマンポルノを開放する『シン・ロマンポルノ 』、もしくは『シン・百合族』と言っていいんじゃないでしょうか」

 出版社に勤める葉月(小宮一葉)と、既婚者である上司・栞(花澄)との禁断の職場恋愛が、とても美しい官能シーンとして描かれている。ロマンポルノ初となる「インティマシーコーディネーター」を導入したことも注目ポイントだ。

金山「インティマシーコーディネーターの西山ももこさんに参加してもらったことは、本作にとって大きなプラスになったと思います。インティマシーコーディネーターというと、性愛シーンに関して、女優に代わって監督に伝えて交渉するというイメージがあるかもしれませんが、もっと幅広い重要な役割があることが今回わかりました。脚本を読み込んだ上で、キャストと監督との間に入り、『こんなシーンもできますよ』と作品内容に合った形で前向きな考えを、キャストや監督のそれぞれの立場を尊重しながら提案してくれるんです。アクション映画における殺陣師のような存在です。西山さんが参加してくれたことで、ベッドシーンはバリエーションのある、より官能的なものに仕上がったと思います」

 昭和期のロマンポルノの現場を知る金山プロデューサーが挙げる一本は、今年5月に亡くなった石井隆監督の『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)。

金山「脚本家・監督として特異な作家性を持ちながら、石井隆監督は普遍的な男と女のメロドラマを性愛の世界に刻み続けた。そしてロマンポルノに誰よりも強い愛情を持ち続けてらっしゃいました。50周年を機にぜひ触れていただきたいです」

 ロマンポルノには、予算面などの制約はあるものの、人々の多様な愛の形をディープに描き、社会の常識を打ち破ってきたという歴史がある。令和に甦った新感覚のロマンポルノは、映画界にどんな新しい価値観をもたらすだろうか。

 

『手』
原作/山崎ナオコーラ 脚本/舘そらみ 監督/松居大悟
出演/福永朱梨、金子大地、津田寛治、大渕夏子、田村健太郎、岩本晟夢、宮田早苗、金田明夫
企画製作・配給/日活 R18+ 9月16日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、9月23日(金)よりシネ・リーブル梅田ほか全国順次公開

『愛してる!』
監督・脚本/白石晃士 脚本/谷口恒平
出演/川瀬知佐子、鳥之海凪紗、乙葉あい、ryuchell、髙嶋政宏
企画製作・配給/日活 R18+ 9月30日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、10月7日(金)よりシネ・リーブル梅田ほか全国順次公開

『百合の雨音』
監督/金子修介 脚本/高橋美幸
出演/小宮一葉、花澄、百合沙、行平あい佳、大宮二郎、宮崎吐夢
企画製作・配給/日活 R18+ 10月14日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、10月21日(金)よりシネ・リーブル梅田ほか全国順次公開

nikkatsu-romanporno.com/rpnow
※9月15日(木)までヒューマントラストシネマ渋谷にて、「監督セレクト クラシック作品特集上映」を開催中

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