華麗なカードさばきを見せるオスカー・アイザック

 腐敗した社会を正すヒーローになる。そんな狂気に取り憑かれた男を若き日のロバート・デニーロが演じた『タクシードライバー』(76)は、映画史に残る大傑作だ。

ポール・シュレイダー(脚本)&マーティン・スコセッシ(監督)のコンビは、その後も実在のプロボクサーの半生を描いた『レイジング・ブル』(80)や悩めるイエス・キリストを主人公にした『最後の誘惑』(88)などの名作、問題作を放ってきた。

 ハリウッドの“生きた伝説”コンビが『救命士』(99)以来となるタッグを組んだのが、ギャンブルの世界を舞台にした『カード・カウンター』。オスカー・アイザックを主演に迎え、ポール・シュレイダーのオリジナル脚本をシュレイダー自身が監督、スコセッシは製作総指揮として支えている。

 ポール・シュレイダー作品らしく、本作の主人公であるウィリアム・テル(オスカー・アイザック)は強い強迫観念に囚われている。イラク戦争に従軍し、悪名高き「アブグレイブ刑務所」で捕虜兵の拷問に関わった。上官の命令に従っただけだが、米国に帰還したウィルはその罪を問われ、軍刑務所に8年間収容された。

 誰にも会わず、規則正しい軍刑務所での生活は、ウィルにとってはむしろ快適だった。余りある時間を使い、カードテクニックをウィルは覚えた。釈放後のウィルはギャンブラーとして生きることに。目立たず、小さくコツコツと勝ち続けるのが、ウィルのモットーだった。

 ホテルを渡り歩き、全米各地のカジノを転々とするウィルの前に、ひとりの若者・カーク(タイ・シェリダン)が現れる。カークの父もウィルと同じ部隊に所属し、自殺を遂げていた。

父を死に追いやった上官ジョン・ゴード(ウィレム・デフォー)に復讐しよう、そう持ち掛けるカークだった。

 復讐は無益で、身の破滅を招くだけ。大人のウィルは、凶行に走ろうとするカークを思いとどまらせるために、彼をギャンブル旅行に同行させる。ギャンブルブローカーのラ・リンダ(ティファニー・ハディッシュ)の誘いに応じ、ポーカーの全国大会にも出場する。ウィル、カーク、ラ・リンダ、それぞれの人生を変える大勝負が始まる。

伝説のタッグが再結成された裏事情

ポール・シュレイダー監督『カード・カウンター』 スコセッシとの関係、三島由紀夫について語る
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ラ・リンダ(ティファニー・ハディッシュ)はポーカー全国大会出場を促す

 高倉健のハリウッドデビュー作『ザ・ヤクザ』(74)をはじめ、多くの映画の脚本を手掛けてきたポール・シュレイダー監督。ポルノ映画業界を描いた『ハードコアの夜』(79)や緒形拳が三島由紀夫を演じた『MISHIMA A Life in Four Chapters』(85)などの監督作も見逃せない。

イーサン・ホーク主演作『魂のゆくえ』(17)はスマッシュヒットし、アカデミー賞脚本賞に初ノミネートされるなど、近年は円熟味を増している。

 ニューヨーク在住のポール・シュレイダー監督が、ZOOM取材に応えてくれた。まずマーティン・スコセッシとの関係について語ってくれた。

シュレイダー「マーティンとはある時期まで一緒に映画をつくってきたわけだけど、やがてマーティンはマーティンならではの映画を、僕は僕なりの映画を考えるようになり、進む道が異なってきたので、別々の道を歩もうということになったんだ。でも、決して音信を絶っていたわけではなく、メールでのやりとりはずっとしていたし、年に数回はランチやディナーも一緒にしているよ。今回、『カード・カウンター』を製作する際にお金を集めなくちゃいけなかったんだけど、『スコセッシの名前があると助けになるんじゃないか』という声があって、それで僕からマーティンに『名前を貸してほしい』と頼んだんだ。

彼は喜んでOKしてくれた。製作総指揮のクレジットを引き受けてくれたのは、マーティンの好意なんだ。マーティンと僕は、友人として今も付き合いが続いているんだ」

 捕虜兵に対する拷問シーンをはじめ、陰惨なバイオレンス描写がウィルの回想として盛り込まれている。暴力、贖罪、強迫観念……。『タクシードライバー』の主人公・トラヴィスのように、ウィルが鏡に映った自分を見つめるシーンもある。ポール・シュレイダー作品の集大成的な作品ではないだろうか。

シュレイダー「この20年間で映画業界はテクノロジーが大きく変わった。デジタル化されたことで、予算をかなり抑えて映画を撮ることができるようになったんだ。今までだったら、諦めなくちゃいけないようなシーンも撮ることが可能になったんだ。今回は『魂のゆくえ』『カード・カウンター』『Master Gardener』(22)と3本の映画を同時に制作したんだ。3本同時進行なんて、昔なら考えられなかった。それとファイナルカット(編集権)が自分のものになったことも大きかった。

自分が撮りたいと思っていたことを、思うように撮ることができるようになったんだ」

 ポール・シュレイダー監督は現在76歳。実は1週間前に取材の予定だったが、直前でキャンセルとなり、この夜は2度目のトライだった。シュレイダー監督はかなりお疲れの様子だったが、映画づくりを楽しんでいることが言葉からは感じられた。

ポール・シュレイダー監督『カード・カウンター』 スコセッシとの関係、三島由紀夫について語る
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ホテルの部屋の家具を白い布で覆ったウィル(オスカー・アイザック)

 オスカー・アイザック演じるウィルは、独特の美学の持ち主だ。ホテルの部屋にある家具や照明類はすべて白い布で覆い、ひとつひとつ丁寧に紐で縛り付けている。異様な強迫観念めいたものを感じさせるシーンだ。このアイデアはどのようにして生まれたのだろうか?

シュレイダー「あのアイデアは、僕が監督した『キャット・ピープル』(82)のプロダクションデザイナーをヒントにしたんだ。彼はすごく美意識の強いデザイナーで、彼が泊まっているホテルの部屋を訪ねると、部屋中の家具という家具をすべてシーツで覆っていたんだ。『なんでこんなことをするんだ?』と尋ねたところ、彼は『部屋のインテリアがきれいじゃなかったから。僕はしばらくここで暮らさなくちゃいけない。だから美しくないものは見たくないんだ』と明かしてくれた。そのことを思い出して、ウィルなら同じようなことをやるだろうなと考えたんだ。ただし、そのデザイナーは気に入らないホテルのときだけシーツで覆い、気に入ったホテルのときは普通にしていたけどね」

 ギャンブルの世界でウィルは大儲けは考えず、大負けしないスタイルを当初は貫こうとしていた。ハリウッドではシナリオライターとして超ビッグネームだが、近年のシュレイダー監督は予算規模の大きくないインディペンデント映画で成功を収めている。映画の主人公とシュレイダー監督自身が重なるものを感じさせる。

シュレイダー「もちろん、そのとおりだ。僕の場合は脚本も書き、監督もするわけだから、映画の中の登場キャラクターに否応なく自分が重なってくるんだ。自分が『これは奇妙だな』と感じるような逸話や、自分自身にとって特別なものを物語として書き上げ、お金を集め、映画にしているんだ。主人公はどうしても自分自身と重なると言っていいだろうね」

ひどい考えに取り憑かれた男たちの旅

ポール・シュレイダー監督『カード・カウンター』 スコセッシとの関係、三島由紀夫について語る
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息子のような年齢のカーク(タイ・シェリダン)との交流が描かれる

 ギャンブラーのウィルは、若いカークを伴って、旅を続ける。カークは父親を失い、家庭は崩壊。大学には奨学金申請しながら通っていたが、リタイアしたために借金だけが残ってしまった。「生きづらさ」を抱える若い世代への、主人公・ウィルなりの温かい視線を感じる。

シュレイダー「若いカークが悩んでいるのは、決して経済的な問題からではないんだ。ウィルもカークと同じように、以前は上官への復讐を考えていた。だが、ギャンブラーとして忙しく毎日を過ごすことで、その恐ろしい考えを紛らわせることができるんだ。ウィルは忙しく働くことで、待つこと、耐えることを学んだんだよ。カークにもそのことを教えようと、旅に誘ったわけだ。違った人生を歩むことで、君の知らない世界が見つかるかもしれないよ、とね」

 迷える一匹の子羊を救うことで、ウィル自身も救われることになるようだ。

シュレイダー「そのとおり。ウィルは自分の人生に何かが起きることを待っている。何かが起きれば、自分の頭の中を占めているひどい考えから抜け出すことができるかもしれない、と考えているんだ。ウィルはそのきっかけ、口実を求めて、旅を続けている男でもあるんだ。若いカークを救うことで、自分自身も救われるはずだとウィルは考えているんだ」

ポール・シュレイダー監督『カード・カウンター』 スコセッシとの関係、三島由紀夫について語る
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ポール・シュレイダー監督(Photo by Franck Ferville)

 ポール・シュレイダー監督は、大の日本文化通としても知られている。映画批評家時代には小津安二郎作品についての評論も残している。三島由紀夫と彼の代表作を映画化した『MISHIMA A Life in Four Chapters』はカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞した力作だが、残念なことに日本では劇場公開されていない。前作『魂のゆくえ』の主人公は世の中の不正を憂い、自害しようとする。衝撃的な最期を遂げた三島由紀夫を彷彿させるものがある。

 また本作の主人公・ウィルも、どこか任侠映画の高倉健を思わせるストイックなキャラクターとなっている。ポール・シュレイダー作品は、日本文化からの影響を受けているのだろうか?

シュレイダー「僕が三島由紀夫に惹かれたのは、『タクシードライバー』の主人公とは真逆の存在のように感じたからなんだ。デニーロが演じたトラヴィスは、ひどく自虐的なキャラクターだった。そんなトラヴィスとは対照的な存在を、太平洋の向こう側、日本にいた三島由紀夫の中に僕は見たんだ。三島は作家であり、インテリであり、そして右翼でもあった。トラヴィスとはまったく真逆の存在だった。でも、2人ともそんな自分を変容させ、最終的には死に至ろうとする。その点では、三島もトラヴィスも同じかもしれない。日本文化からの影響についてだけど、そうした人間の本質的なことは、日本とか米国とかの国籍とは関係ないものじゃないかなと僕は思うよ」

 どうしようもなくバイオレントな一面を捨てることができない人間の暗部を描き続けるポール・シュレイダー監督。本作も悲壮感あふれるクライマックスが待っているが、ラストシーンは一抹の希望を感じさせるものとなっていることがうれしい。

シュレイダー「三部作として『魂のゆくえ』『カード・カウンター』を続けて撮ったわけだけど、最終作となる『Master Gardener』は、もっと希望が感じられるものになっているよ。今日はどうもありがとう」

 ハリウッドをサバイバルしてきたポール・シュレイダー監督が、長いキャリアの果てにどんな希望を見出したのか。『タクシードライバー』で映画が持つ狂気に魅了された世代は、確かめずにはいられないはずだ。

『カード・カウンター』
監督・脚本/ポール・シュレイダー 製作総指揮/マーティン・スコセッシほか
出演/オスカー・アイザック、ティファニー・ハディッシュ、タイ・シェリダン、ウィレム・デフォー
配給/トランスフォーマー 6月16日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほか全国順次公開
©2021 Focus Features. A Comcast Company.
transformer.co.jp/m/cardcounter

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