イラスト/渡辺裕子

 大学に戻った万太郎(神木隆之介)に大窪助教授(今野浩喜)からぶつけられた「地べた這いずる植物学なんぞ終わったんだ」の言葉。「徳永教授の下でならきっと楽しく研究もできるだろう、お給料も出るし、よかったー」と思っていた私の頭も、一緒にポカンと一撃されました。

7年ぶりの植物学教室には顕微鏡がずらりと並び、野に出て植物の標本を作る万太郎は時代遅れ扱い。教授に「標本作りだけやればいい」と言われたのは、みんながやりたがらない地味なことを安い給金でやれという意味だったとは。「お前、なんで戻ってきたんだ?」ってひどい塩対応だと思ったら、心配してくれてたんですね、ごめんなさい大窪さん。どうしていつも大窪さんは、素直じゃないんでしょう。大学を辞めさせられることになり、植物学に関わった時間を「何年無駄にしちまったんだ」とぼやいても、ヤマトグサへの「あんな、かわいいだけの」という言葉に、植物愛があふれちゃってるのに。植物学に恩返ししたいと願い続けた「傲慢」な日々、本当におつかれさまでした。

 そして何よりもこの7年で変わったのは徳永教授(田中哲司)ですよね。「グーテンモルゲン!」とドイツ語で挨拶し、「勝ち負けなんだ、槙野」と言い切る教授、源氏物語や万葉集を愛していた人と同一人物と思えない。あのかわいい徳永教授はどこへ。野宮(亀田佳明)と波多野(前原滉)は変わらず優しく接してくれているのが救い……。こんな感じで、今週は、徳永教授の変わりようにショックを受けすぎて、ずっと「いいこと探し」みたいになってました。「虎鉄くん来た、よかったー」「寿恵ちゃん、堂々と八犬伝を語っていてかっこいいー。

渋谷に家を買えるくらいお金もたまったのかー」とか。しかし料亭が賑わって、軍人さんが寿恵ちゃん(浜辺美波)にチップ弾んでくれるのも、戦争で景気がよくなっているからなんですよね。万太郎に、台湾での植物調査の話が来るのも、日本が台湾を併合したから。そういう状況で、これらを「いいこと探し」のひとつに数えてしまって、いいのか。誰かのいいことは、他の人の犠牲の上にあるのだとしたら。

 そんな中、波多野・野宮コンビはとうとうイチョウの精虫を発見。

野宮はもう画工ではなく植物学者だと言い切る波多野、ふたりの友情がまぶしい。これは確実に彼ら自身の「いいこと」なのに、研究成果は「日本人の偉業」と言われる。それってどうなの、と思ったけれど、声をあげて泣く徳永教授を見て、何も言えなくなってしまった。日本の研究が世界の頂点に立てたうれしさで泣くくらいに、ドイツで彼が受けた屈辱は大変なものだったんだろうな。

 昔、田邊教授(要潤)も英語でしていたように、徳永教授も学生たちにドイツ語で「始めよう」と宣言する。徳永教授の涙を見て、彼らは留学先でみじめだった自分を隠して守るために、外国語を「盾」として使っているのかもしれないと思いました。

そして台湾の人に日本語を強要する日本は、日本語を、相手を抑えつける「武器」にしている。でも台湾を訪れた万太郎は、禁じられている台湾語で、現地の人たちに話しかける。彼にとって外国の言葉は盾でも武器でもなく、「橋」かもしれない。遠い国の人たちおよびその国の植物とつながりを持つための橋。万太郎は盾も武器もいらないから、軍に命じられたピストルを持たずに図鑑を持参し、見つけた植物には、現地で呼ばれている台湾語を使った学名をつける。「世界を見返せる強い日本になる」という思惑から距離を取り、「地べたを這いずりまわる植物学は古い」と言われても「でも、それをやるのだ」と心に決めた万太郎。
地べたにいるのは草花だけではなく、人々も同じ。 違う名や言語を押し付けず、彼らの本当の名前を守り、図鑑に刻むと誓った万太郎。周りがどんなに変化しても変わらない、彼のぶれない強さが、今週いちばんの「いいこと」だったかもしれません。

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日刊サイゾー2023.08.07

■番組情報
NHK連続テレビ小説『らんまん
[NHK総合] 月~金 8:00-8:15 / 月~金 12:45-13:00(再放送)
[BSプレミアム・BS4K] 月~金 7:30-7:45 / 土 9:45-11:00(再放送)
[見逃し配信] NHKプラス

出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳佐久間由衣、笠松将、中村里帆、島崎和歌子寺脇康文広末涼子松坂慶子牧瀬里穂宮澤エマ、池内万作、大東駿介成海璃子、池田鉄洋、安藤玉恵、山谷花純中村蒼田辺誠一いとうせいこうほか
作:長田育恵
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん「愛の花」
語り:宮﨑あおい
制作統括:松川博敬
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
植物監修:田中伸幸
制作:NHK
公式サイト:nhk.jp/ranman