──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か...の画像はこちら >>
ドラマ公式Instagramより

 前回の『光る君へ』では、花山天皇(本郷奏多さん)の政治がさまざまな波乱を宮中にもたらしている様子が見られました。花山天皇が抜擢したことで急速に勢力が拡大した藤原義懐(高橋光臣さん)たちの一派に、藤原公任(町田啓太さん)ら「平安のF4」のメンバーまでもが接近していることを道長(柄本佑さん)から伝えられた右大臣家の藤原道隆(井浦新さん)は、公任らを自邸に招き、「漢詩の会」こと作文会(さくもんえ)を開催しました。

 泥酔した義懐が、公任たちを取り込もうと酒で接待する姿は下品でしたが、やはりそういう義懐たちと、宮中でも屈指の名門出身の公任たちが本当に馴染めるわけがないことを道隆は見抜いていたのでしょう。自邸で「漢詩の会」という優雅なイベントを開催し、漢詩を通じて彼らから政などの不満をそれとなく吐き出させた上で、さらにお土産に高価な装束を持たせるなどして懐柔したようです。

 会では「酒」というお題が出されました。道隆としては、公任が義懐の酒宴に出席したことを私は知っているぞと、やんわり知らせたかったのでしょうか。公任が詠んだ漢詩には政権批判も込められていましたが、道隆は怒ることもなく、「この国をやがて背負うて立つべき若き者たち」が何を願い、何を憂えているかを自分の心にも刻んだと受け止め、「そなたらと共に帝を支えたてまつろう」と場をまとめていました。

 ドラマでは父親の兼家から、何事に対しても踏み込みが足りないと注意されていた印象が強い道隆ですが、逆にそうであるがゆえに人を取り込んでしまう力は父親以上のようです。

そんな通隆に一目置かれた藤原公任は、史実でも歌や漢詩の名手として有名な人物でした。

 また、この作文会のシーンでは、注目のファーストサマーウイカさん演じる「ききょう」こと清少納言が初登場しましたね。史実の清少納言と紫式部には、宮中に上がっていた時期が微妙にずれていることから、会ったことはなかったという説もあるのですが、ドラマではかなり早い時期に対面を果たしました。

 ウイカさんは、セリフなどを「もっと優しめに!」と監督から演技指導されたとインタビューで明かしていましたが、映像で見る限り、かなりクセ強めのお嬢さまキャラとして描かれていた気がします。一部では「KY」とも称されていましたが、顔にかかる左右の髪の毛先がピンとハネ上がっていて、彼女の上昇志向を表現しているようで面白かったですね。

 まひろと、ききょうの二人はともに「漢詩の会」の講師に呼ばれた知識人の父親を持つ娘として、高貴な方々の社交の場にお相伴したという、まるでヨーロッパの貴族の姫たちが社交界デビューするような描かれ方でしたが、史料的に裏付けがあるわけではありません。

しかし、当時の日本ではすでに「女性は家にいるべき」という儒教的道徳観が根付きつつあり、そうした事情を反映して正式な記録としては残されていないだけで、実はそういうこともあり得たのかもしれないです。この問題については今回のコラムの後半部で考察してみます。

『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実かの画像2
清少納言(ファーストサマーウイカ)ドラマ公式サイトより

 さて、次回は作文会に続き、打毬(だきゅう)の場面が出てくるようですね。

 打毬競技は、日本では「まりうち」とも呼ばれ、平安時代の貴族たちが楽しんだスポーツです。当初は宮中で、華やかな国家行事として開催されていました。毬場と呼ばれる競技フィールドに、馬に乗った唐装束(=中国風の装束)の舎人(=とねり、天皇や貴人の側に仕える年若い貴族の子どもたちの呼び名)たちが二手に分かれて布陣し、毬場に投げ込まれた毬を、それぞれが手にした曲杖を使いながら、毬門というゴールに多く放り込んだほうが勝ちという競技です。

 もともと打毬はペルシャ発祥の競技で、それがシルクロードを通って唐代中国に伝わり、さらに中国から奈良時代の日本にも伝わったとされています。ペルシャからヨーロッパ方面に伝わった競技の後の姿が、イギリスなどで有名な現代のポロですね。

 騎馬打毬には高い運動神経と馬を操る技術が必要なので、日本では徒歩で行われる機会が増えました。同時に中国風から日本風の装束で行われるようになり、宮中の国家行事から、貴族の私邸でも行われる人気競技として、鎌倉時代になるまで競技人口を増やしていったのです。

 次回のドラマに打毬のシーンが登場するのは、寛和2年(986年)の5月30日と、6月6日に花山天皇が騎馬打毬を御覧になったという記述が『本朝世紀』などの史料に見られるからでしょう。

 同書によると、雅楽の楽隊が「打毬楽」を演奏する中、騎馬姿の舎人たちが打毬競技に興じたのは当時でもたいへん珍しい機会だったそうです。

藤原義懐など身分が低い者たちの抜擢で宮中に波紋を呼んだ花山天皇は、自身の権威付けのため、盛大かつ正統的なルールにのっとった打毬の会を復活開催させたのだと思われます。

『本朝世紀』には、「右大臣(=藤原兼家)、玉打出於庭中之間」――右大臣が毬を毬場に投げ込んだとか、「兵衛官(=武官たち)」などが競技に参加したという記述が見られます。誰がどういうふうに活躍したという具体的な記述はないのですが、ドラマでは道長や公任といった視聴者に大人気の「平安のF4」のメンバーも活躍したのでは……という見立てなのでしょう。

 ちなみに唐代の中国では、高貴な男性だけでなく、女性たちも騎馬打毬を楽しんだという記述があり、彼女たちの競技中の姿を表現した美術品も多く製作されました。貴婦人が自分に仕える女官たちに、騎馬打毬を教えることもあったようです。意外かもしれませんが、中国本国では隋代、唐代と儒教の影響力が控えめでした。

 一方、日本の貴族の女性たちは……というと、さすがに当時の史料には打毬に興じる女性たちの姿は登場しませんが、それでも現代人が彼女たちに抱きがちなインドアなイメージとは異なり、実際はもう少しアクティブだったのではないかと思える記述が『枕草子』にはあります。

『枕草子』「故殿の御服の頃」には、清少納言が仕える中宮定子が、6月末の御払(おんはらい)という儀式のため、内裏の建物を出て、その南方に位置する太政官の朝所(あしたどころ)に宿泊したときの思い出として、早朝から女房たちが庭に出て遊んだという記述が出てきます。また、彼女たちの姿を見つけた若い貴公子たちが、よりよく見ようと高いところに登ったという記述もありますね。女房たちも特に恥ずかしがる様子もなく、清少納言は「公達たちには、庭に天女が下りたように見えたのではないか」などと書いているくらいです。

 それにしても、装束姿の女性が、広い庭にせよ、野外など歩き回れたのでしょうか?

『枕草子』の該当箇所にも「薄鈍色(うすにびいろ)の裳(も)や唐衣」、「紅の袴」などとあるのですが、当時の女房たちは、ドラマで見るような装束の着こなしを常にしているわけではなく、時と場合によって、歩きやすいように袴なども(それこそドラマで市場を歩くときのまひろのように)端折って着ていたのかもしれません。この連載でも何回か言及しましたが、実は紫式部や清少納言の時代の装束や、その着こなしについては不明な部分が多いのです。

 一般的には、御簾の内に籠もり、男女ともにインドアで文系というイメージが強い平安貴族たちですが、必ずしもそうではなかったという史実を『光る君へ』では巧みに表現しようとしているようですね。

<過去記事はコチラ>
『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...

『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
cyzo
日刊サイゾー2024.02.11 『光る君へ』まひろと道長の“格差恋愛”の行方と平安時代の“格差婚”──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
cyzo
日刊サイゾー2024.02.04 『光る君へ』最新話、宮廷で披露する“まひろの舞”真の目的──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
cyzo
日刊サイゾー2024.01.28 『光る君へ』東三条に出戻る詮子と彼女を厭う円融天皇の本当の関係──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
cyzo
日刊サイゾー2024.01.21