──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬...の画像はこちら >>
ドラマ公式Instagramより

『光る君へ』第7回はタイトルこそ「おかしきことこそ」でしたが、藤原忯子(よしこ、井上咲楽さん)の死を聞いた花山天皇(本郷奏多さん)が取り乱し、彼女のなきがらに一目会おうと、止める臣下たち相手に暴れる冒頭から不吉な空気が漂っていました。

 ドラマ後半では打毬競技が華やかに執り行われ、源倫子(黒木華さん)たちと一緒に見学することとなったまひろ(吉高由里子さん)も道長(柄本佑さん)や公任(町田啓太さん)たちの晴れ姿を見ることができましたが、突然の雨に見舞われてしまいます。

雷に怯えた倫子の愛猫・小麻呂が逃げ出したのを探していたまひろは、着替え中の公任と斉信(金田哲さん)のボーイズトークを偶然に聞いてしまい、愛の歌を詠んではいても、女のことなど出世の足がかりか、慰み者としか捉えていない彼らの本音を知ってショックを受けました。

 どしゃぶりの雨の中、走り去っていくまひろの姿を、打毬競技の助っ人要員として連れてこられていた直秀(毎熊克哉さん)だけが見つけ、苦い表情でしたね。一方、道長は、直秀の腕の傷痕を見て、彼の正体が大内裏に侵入した盗賊だったことに気づいて言葉を失っていました。

 平安時代の貴族たちがもっとも嫌ったのが雨天で、少女マンガのヒロインのように泣きながら雨の中を走り去るムーブなどはもってのほか、御法度でした。これはエチケットの問題というより、彼らの装束が水に弱い素材だからです。

 現代でも、某D.C.ブランドのスーツやドレスはクリーニングして何度も着ることを想定した作りではないという話を小耳に挟むことがありますが、それと同様に、平安時代の装束は高価なのに洗濯が難しいため、汚れたら廃棄するしかなかったんですね。

貴族たちは雨だけでなく、雪も大変に嫌がりました。しかし、あえてそんな日に濡れることも厭わず、女性のところに通えば、本気度を示すこともできたわけですが……。

 さて、話をドラマに戻すと、まひろは着替え中の道長の声は聞いていないはずなのに落ち込み、彼から好意をほのめかされた歌が書かれた手紙を燃やす姿で前回は終わってしまいました。次回は、道長の父・兼家(段田安則さん)が急病で倒れるようです。

 前回・第7回も藤原道綱母――ドラマでは財前直見さん演じる寧子(やすこ)の隣で悪夢にうなされた時、兼家が烏帽子を被ったままで寝床にいたので「あれっ」と思った方もおられるでしょう。

 冒頭の花山天皇は「無帽」でしたが、当時の上流階級の男性は寝ている時でさえ、素顔ならぬ「素頭」でいることは厳禁で、生活のすべてに高い格式が求められる天皇には就寝時用の冠までありました。

 当時の帝は比較的短期間(平均12年ほど)で譲位していくのですが、それはドラマで描かれたように政治闘争の結果である一方、有職故実(ゆうそくこじつ)のしきたりで縛られた生活を強いられるのが、それくらいの期間でも十分すぎるくらいに窮屈で大変だったからかもしれません。

『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀の画像2
藤原忯子(井上咲楽)ドラマ公式サイトより

 宮中のしきたりに縛られ、花山天皇は愛する忯子の死に顔を拝むこともできないままでした。当時の上流社会で「死のケガレ」はもっとも忌むべきものだったからです。特に天皇という、身分社会のピラミッドの頂点の存在が、自分の女御(妻)とはいえ下位者の死のケガレを受けることなどもってのほかでした。

 逆に天皇が亡くなると、最高位の貴族たちの手で、天皇のご遺体の沐浴(いわゆる逝去時ケア)、納棺などが行われました。前回のドラマでは、まひろの父・藤原為時(岸谷五朗さん)が、花山天皇から「足がだるい。

さすってくれ」といわれたのを、帝のお身体には触れられないと固辞していましたが、あれは天皇の身体に直接触れられるのは最高位の貴族や天皇の“お相手”となった高位の女性だけというしきたりを思わせるシーンでした。

 そして天皇が亡くなった際、宮中を出た天皇のお棺はごく少数の者たちに付き従われ、行障(ぎょうしょう)と呼ばれる幕で通行人の視線から隠されながら、郊外を目指しました。

 当時の天皇を含む上流階級の葬儀は、ほとんどのケースで土葬ではなく、鳥辺野(とりべの)、蓮台野(れんだいの)、化野(あだしの)など平安京郊外の野辺において火葬にされました。

 天皇の陵墓の側に寺院が建立される習慣が定着していた時期で、そこで天皇の遺骨も管理され、天皇の冥福が祈られるようになります。要するに天皇のお墓=寺院という考え方ですね。

 ドラマの時代より、少し後の話ですが、後一条天皇の葬儀について詳しく記した『類従雑例』という書物によると、天皇の遺体を火葬にした場所に陀羅尼経を収めた石卒塔婆(石製の供養塔)などを建て、遺骨は浄土寺に運んで安置したとあります(長元9年=1036年、「五月十九日条」)。

 しかし、天皇の女御の葬儀としては、平安京の郊外で火葬した後、その土地に散骨しておしまいというケースが多かったようです。天皇の葬儀同様、貴族の葬儀においても、現代のように葬儀会社などのスタッフに任せられるわけではありません。あくまで貴族の身内が逝去時ケアから納棺、さらには郊外までお棺を運んで火葬し、その時の火の番などまですべてを行う必要がありました。貴族たちはそういう作法について日記に書いて、子孫たちに伝えようとしたものです。葬儀にまつわる作業を特別な僧が一括で請け負うようになったのは、平安時代末以降の話ですが、これが日本における葬儀会社の誕生といえるかもしれません。

 藤原公任の姉・遵子(のぶこ、ドラマでは中村静香さん)は、円融天皇の中宮(正室)という高い地位にあった女性でした。

史実では彼女に先立たれた公任は、遺体を火葬にした後に散骨しようと思っているがよいだろうか、と藤原実資(ドラマでは秋山竜次さん)に相談しました。

 実資の日記『小右記』によると、公任には木幡の墓地(現在の京都府宇治市)を散骨の地として勧めています(寛仁2年=1018年、「六月十六日条」)。実資、公任、そして道長なども藤原氏の中で「北家」といわれる血統の出身者なのですが、その中でもとくに高い社会的地位を得た男性や、天皇の女御などになった高位の女性の遺骨だけは、木幡の墓地に埋葬、もしくは散骨したほうがいいと考えられていたからです。

 しかし、墓地とはいっても、この当時の感覚では、誰それのお墓という印を長年わかるように建てる発想はありません。その一方で、木幡に一族の墓地を定めたことが藤原北家に栄光をもたらしたと実資は考えていたので、こういうところには現代に続く「お墓は大事」という価値観の原点があるような気もします。

 道長も木幡の墓地に葬られましたが、彼の墓の場所は今でも特定はできていません。

一応、現在では過去よりも高い精度の推測ができるという程度でしょうか。

 当時の仏教は、人間死んだら「無」になると考える宗教だったのですが、死のケガレに敏感すぎるわりには、あまりに簡素なお葬式と埋葬が行われていた平安時代の貴族の常識には驚いてしまいますね。

<過去記事はコチラ>
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...

『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
cyzo
日刊サイゾー2024.02.18 『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
cyzo
日刊サイゾー2024.02.11 『光る君へ』まひろと道長の“格差恋愛”の行方と平安時代の“格差婚”──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
cyzo
日刊サイゾー2024.02.04 『光る君へ』最新話、宮廷で披露する“まひろの舞”真の目的──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ...
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
『光る君へ』最新話で「平安のF4」が活躍するポロ球技は史実か
『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
cyzo
日刊サイゾー2024.01.28