ドラマ公式Instagramより

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

『光る君へ』、前回(第10回)「月夜の陰謀」のメイン内容は花山天皇(本郷奏多さん)の出家だったはずなのですが、それ以上にまひろ(吉高由里子さん)と道長(柄本佑さん)のラブシーンが大きな話題となった気がします。筆者周辺でも、「ハーレクインみたい」「国民的番組にふさわしくないキスシーンにおののいた」などの声が上がっていました。

「大河」での濡れ場といえば、『平清盛』(2012)において伊東四朗さん演じる白河法皇と、檀れいさん演じる藤原璋子の「年の差カップル」が真昼間から絡み合うという衝撃映像が世に出たこともあるので、あれくらいで驚いていてはいけません……。

 余談ですが、平安時代の日本には、梅毒など恐ろしい性病がまだ入ってきていなかったと考えられるため、性愛天国という一面はあったと思います。紫式部が「理想の愛」を求め、さまざまな女性たちと関係する光源氏が主人公の『源氏物語』を書けたのも、そういう時代背景があってこそでしょう。

 さて、花山天皇の退位劇について、今回はお話しようと思います。ドラマでは、藤原兼家(段田安則さん)率いる右大臣家が結託。花山天皇を出家させる大役を任せられた藤原道兼(玉置玲央さん)が、父・兼家が強運とされている時間帯のうちにすべてを終わらせようと必死なのに対し、花山天皇があまりに怪訝な表情を浮かべており、すこし笑ってしまいました。

 この時、花山天皇はまだ数え年19歳の若さで、17歳の時に即位してから、わずか2年ほどしか経っていませんでした。それに平安時代の考え方では、出家して髪を下ろすことは「生きながらにして死ぬこと」にほかならず、そんな若さで……と思うのが人情でしょう。

 史実の花山天皇もたしかにピュアな方ではあったのでしょうが、純粋でも野生の猛獣のような方でした。即位式の時にも、儀式用の特殊な宝冠を「頭が暑い」といって脱ぎ捨ててしまったそうで、そのように記した藤原実資の『小右記』の内容が盛られて、「花山院、御即位の日に(略)馬内侍を犯さしめ給ふ」――即位式が始まる前に女官とセックスしていたみたい(だから頭がムレて暑かった)という「噂」が、「本当の話」として平安時代後期の説話集『江談抄』には登場しているのですね。

 この女官とセックス云々という部分は、おもに出家後の花山法皇、いわゆる花山院になってから世間に明らかになった数々のスキャンダルゆえの「創作」だとは思います。花山院は制約の多い天皇の身分から、出家によって開放され、自由奔放に振る舞えるようになってしまったのでした。

藤原兼家の陰謀は、「セックスの怪物」を世に解き放ってしまう行為だったといえるでしょう。

 もちろん、ドラマでも描かれたように、花山院の藤原忯子(井上咲楽さん)への愛情は本物でしたし、詐欺のような経緯での出家でしたが、しばらくの間は日本各地で本格的な仏道修行にいそしんだことが知られています。しかし、花山院の中で忯子の供養が一段落し、都に戻ってからの女性関係は乱脈の限りで、自分の乳母だった女性と彼女の娘を同時に寵愛し、996年(長徳2年)1月16日には、また別の女性の屋敷にコソコソと出かけている時、「自分の恋人を花山院が寝取った」と勘違いした藤原伊周(ふじわらのこれちか)と弟の隆家から矢で射られ、殺されそうになるという事件が起きました。

 花山院が故・忯子の妹に夢中になっていた時の話です。さすがの花山院も藤原伊周の恋人には手出ししておらず、伊周と弟の隆家による盛大な誤解だったと後に判明したのですが(花山院の恋人と、伊周の恋人は姉妹で、二人は屋敷に同居していただけ)、花山院は被害者であるにもかかわらず、私生活が世間にさらされ、大ハジをかきました。これが歴史用語でいう「長徳の変」の内実です。

花山院の破天荒な人生については、まだ書きたいことがありますが、『光る君へ』でも色々と取り上げられる気がするので、またの機会に回しましょう。

『光る君へ』花山天皇の出家、そして、なぜ「早期退位」に追いやられたのか
『光る君へ』花山天皇の出家、そして、なぜ「早期退位」に追いやられたのかの画像2
花山天皇(本郷奏多)ドラマ公式サイトより

 今回、とくに触れておきたかったのは、「なぜ花山天皇は、早期退位に追いやられねばならなかったのか」という点です。文字数の制限があるので、ごく大雑把な話になりますが、花山天皇は17歳で即位してから約2年の間に、中流貴族の出身である藤原義懐(ふじわらのよしちか)と、藤原惟成(ふじわらのこれしげ)という二人を抜擢し、かなり急進的な政治を行っていました。それが既得権益層である(藤原兼家など)上流貴族たちから問題視され、いわば「クビ」にされるような形で退位させられてしまったともいえるのです。

 当時の日本には「律令体制」の名残がありました。花山天皇は、すべての土地/人民は朝廷(=天皇)のものであるという、律令体制の大原則をあまりに拙速に回復しようとしてしまったのです。

 中流貴族の生まれであるがゆえに、大貴族たちのようには荘園所有の恩恵に預かっていない藤原義懐たちは、荘園がこれ以上、新規で増えることを抑止し、天皇による直接の土地支配と、税金徴収の制度復活に備える「荘園整理令」を花山天皇に発布させました。

 しかし、なぜ大貴族たちは、それほど多くの荘園を抱えることができたのでしょうか?

 天平15年(743年)、有名な「墾田永年私財法」が制定され、自分で開拓した土地の私有権が認められるようになってはいたのですが、小規模土地有者たちは、国から課される高額すぎる税に悩んでいました。

 しかし、税関係の役人よりもさらに上位の役人――つまり都の上流貴族(や大寺院)に自分の土地を差し出せば、彼らには免税特権もあるし、何かと便宜を図ってくれる……という事実が周知されるにつれ、権力者であればあるほど、全国から多くの荘園が手元に集まってくる事態になったのです。上流貴族には免税特権があり(不輸の権)、当時は身分社会ですから、身分が低い役人は、名目だけでも上流貴族の所有地になっている荘園には出入りすることさえできなくなりました(不入の権)。小規模土地所有者は、名義を貸してくれた上流貴族にいくばくかのお礼を支払わねばなりませんが、それでも国に税金を収めるより、よほどお得だったというわけです。

 さらにウラの事情もありました。

平安時代中期ともなれば、こうしたさまざまな事情が重なり、朝廷は役人たちに規定の給与さえ支払えない状況に陥っており、「給料の代わりに各地の荘園と利用権、さらには非課税の特権をあげるから、自分で稼いでよ……」といわれるのが貴族社会の「普通」になってしまっていたのです。

 各地の荘園から収入が得られるよう、大貴族たちほど大規模な投資も行った後なので、今になって花山天皇から「荘園整理令」などを出されるのはかなり困った事態でした。ゆえに天皇にこれ以上、余計なことをされないうちに、彼を退位させねばならなくなったわけですね。花山天皇の出家劇は「政治」というより、もっと生臭い「カネ」にまつわるドラマだったともいえるでしょう。花山天皇の後も、多くの天皇が大貴族から勢力を奪い返そうと荘園整理令を何度も発布することになりますが、これはまた別の機会に……。

 ちなみに藤原道兼は花山天皇と一緒に出家するという約束を果たしませんでしたが、藤原義懐(高橋光臣さん)と藤原惟成(吉田亮さん)の二人は事態を知るやいなや、後追いで出家してくれたようです。

花山天皇もとい花山院は、ナマグサ坊主になりましたが、義懐と惟成の二人は生真面目な出家者として終生を過ごしたようですね。ドラマでは権力欲に燃えて花山天皇に取り入ったように描かれてきた彼らですが、史実を見る限り、生真面目すぎて、爛熟した貴族社会の中ではとても生きていけないタイプの人材だったのではないかと思われてなりません。

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