北朝鮮で最も有名なビールといえば、故・金正日国防委員長の肝いりで製造された「大同江ビール」だ。この「将軍様のビール」に強敵が出現。
7月23日、北朝鮮・咸鏡南道のデイリーNK内部情報筋は「暑くなるにつれ、冷たいビールを求める住民が急増している」と述べた。なかでも咸興市では、自家醸造ビールを販売する店舗が活況を呈しており、20代の若者はもちろん、会社員や家族連れまで、さまざまな客層が訪れているという。
「夕方になるとどの店も満席。最近では若者が誕生日パーティーをこうした店で開く文化まで生まれ、さらに来店者が増えている」と情報筋は語る。
人気の秘密は、その“手軽さ”と“味”にある。家庭で簡易に醸造されるこのクラフトビールは、瓶に詰めて自然発酵させる方式で製造され、工場製ビールに比べて味が濃厚。国営ブランドである大同江ビールや鳳鶴(ポンハク)ビールより価格も安い。国営ビールの平均的なアルコール度数は5%程度だが、個人製ビールは6.5~7%とやや高め。それでも1本4500北朝鮮ウォンと、6000ウォンの国営ビールより1500ウォンも安い。住民からは「酔いも早く、味も良く、財布にもやさしい」と好評を得ている。
また、冷蔵設備が乏しい北朝鮮でも、伝統的なキムチ保管用の大型壺(キムチウム)に氷を詰めて瓶を冷やす独自の方法が用いられ、炎天下でも冷えたビールを提供する工夫がされている。こうした商機を逃すまいと、経済的再起を図る人々の間でもクラフトビール製造は注目されている。
実際、咸興市内で人気を集めている40代のある店主は、かつて市場で靴を売っていたが、不況で生活が困窮。ビール醸造を学び、副業から本業へと転換したことで、生活を安定させることに成功したという。
「ビール商売がうまくいっているという噂を聞きつけて、8・3制度(公務の代わりに一定の金額を納めることで個人営業を認める制度)に切り替え、サラリーマンまでこの業界に参入している」と情報筋は証言する。
さらに、これらのビールは露天商を通じて広く流通しており、店舗販売にとどまらない収益源となっている。一方で、個人醸造の酒類販売は当局の取り締まり対象にもなっている。店舗が突然閉まることもあるが、「摘発は上からの指示があるときだけで、それ以外は黙認される場合が多い」とのことだ。
厳しい統制社会の中でも、生活の知恵と需要が生んだ「冷えた一杯」。この手作りビールブームは、今後の北朝鮮庶民経済の一端を映す象徴としても、注目に値するだろう。