『週刊ダイヤモンド』5月26日号の第1特集は「物流クライシス 送料ゼロが終わる日」です。ヤマトホールディングスが働き方改革に着手して1年。

巧みな情報戦術で世間の同情を買い、改革は成功したかに見えた。だが、さらに高いノルマが課された現場は混乱に陥っています。内部資料と現場社員の証言から、その苛酷な労働実態が浮かび上がりました。

 まずは、以下のメールを見てほしい(図版)。

「怒鳴りますよ。絶対許しません」──。パワハラまがいの言葉で終わるメールの送り主は、ヤマトの集配拠点であるセンターを束ねるエリア支店長。宛先は管轄下にあるセンター数箇所である。

 内容はこうだ。昨年に比べてセールスドライバーの時間当たりの配達個数が減っており、生産性が落ちている。生産性を上げるにはドライバーの稼働時間を制限する手段があるが、そうすると少人数で荷物を運ばなければならず、極端に業務量が増えてしまう。

 それが嫌なら、もう一つの手段、外部業者に委託する荷物を減らせ。

そうすれば多少の負担は増えるが、生産性を上げられる。だから委託個数を上限100個にし、残りは現状の戦力で励め──。

「はっきり言ってめちゃくちゃだよ」。このメールを送りつけられた社員は、あきれ顔でこう吐き捨てる。

 センターには毎日、大量の荷物が集まり、ドライバーは1日平均130個もの荷物を届けている。一方、十分な人員増強はなされず、再配達の回数も多いままだ。

 現在、ヤマト社内では、「残業は絶対するな」「昼休憩は何としても取れ」と働き方改革の大号令が掛けられている。本社はブラック企業のイメージを払拭したいから、コンプライアンス順守が最優先である。しかし、現場ではスタッフの総労働時間が減らされたほどには物量が減っていない。

 だから、本社指令と物量を運び切る目標の板挟みになったエリア支店長は、「各現場スタッフの生産性を上げることで荷物を運び切れ」と指示を出した。メールの文章は支離滅裂で正気を失っているようにも見える。それだけ、上からのプレッシャーが強いのだろう。

 迷惑なのは現場だ。荷物を運ぶノルマに労働時間を減らすノルマが加わり、労働環境が悪化している。まさしくノルマ地獄。働き方改革が完全に裏目に出ているのだ。

 従業員20万人を抱える巨艦ヤマトは、地域経営を進めてきた一方で、上意下達の企業風土が根付いている。「上の顔色しか見ていないから、長年、現場の窮状がないがしろにされてきた」(ドライバー)と打ち明ける。

 ヤマトは昨年6万人いるドライバーの多くが、長時間労働を強いられていたことが判明。いわゆる働き方改革3点セット(総量規制と値上げ、人員増)を打ち出した。

 実に27年ぶりに基本運賃を改定し、大口法人1000社にも値上げ交渉を行った。その結果、宅急便の平均単価を559円から597円に引き上げることに成功。最大顧客であるアマゾンとの交渉は、従来運賃から4割増の引き上げで決着したもようだ。

 総量規制については、当初目標の8000万個減は達成できず、3000万個減にとどまった。

 もっとも、仮に達成できたところで、年間17億個のうちの数パーセント減にしかならず、現場要員の負担軽減につながったかどうかは怪しいところだ。

 人員は昨年に比べ1万人増えたが、「楽になった実感はない」(現場スタッフ)という。

 唯一、改善されたことがあるとすれば、「早く帰れるようになった」(ドライバー)ことだ。日時指定の最終便枠が1時間早くなったことで、「夜の配達分を委託業者に任せることが増えた」のだという。

現場軽視の施策で
画餅に帰する100周年計画

 この流れを方式として確立させようと取り入れたのが、「集配方法のスイッチ」だ。従来のドライバーに加えて、「アンカーキャスト」と呼ばれるパート社員1万人を活用することで、長時間労働を解消しようとしている。

 宅急便を始めて以来、センターに集まった荷物はドライバーがその日のうちに全て配達する「先発完投型」だった。ヤマト経営陣は、この方式こそ長時間労働の元凶であると判断。ドライバーは朝~夕方、アンカーキャストは午後~夜に配達する「2本立て集配」方式へシフトさせる。

 この背景には、隠れた狙いもある。ドライバーを本来の役割に立ち返らせることだ。

「宅急便のドライバーは、運転手でありセールスマンでもあるべきだ。

良い態度でお客さまに接し、荷物を集めてこなければ宅急便は成り立たない」。小倉昌男氏がこう語ったように、ヤマトのドライバーは、本来、宅配に加えて集荷も行うことが競争力の源泉だった。

 ドライバーの営業機能強化の施策から察するに、早くもヤマト経営陣は、働き方改革終結の「その先」を描いているようだ。具体的には、一時的に荷物が日本郵便などへ流れて落とした宅配シェアを取り返すことである。

 ヤマトがマイルストーンとしているのが創業100周年に当たる2019年度である。この期に、売上高1兆6700億円、営業利益720億円の過去最高益を計上することで、業績回復という意味でも、会社の信用回復という意味でも、鮮やかに完全復活を遂げる算段なのだ。

 しかし、である。本社の壮大な目標を成し遂げるには、現場の総力結集しか手段はないのに、あまりにも現場軽視の姿勢が目立つ。

 その典型的な施策が要員体制である。ヤマトはアンカーキャスト1万人体制を目指しているが、そのモデル年収はわずか312万円。ドライバーに代わる夜の激務をこなしての低賃金労働では、人が集まるはずもない。

 壮大な計画は画餅に終わりそうだ。

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