『週刊ダイヤモンド2月24日号』は「高騰!枯渇!IT人材の採り方・育て方」です。本格的なデジタル革命の到来で、高度なIT人材が超売り手市場になっています。

年収を吊り上げているのは、メルカリに代表される新興IT企業。そして、本来は内製化するべき「IT部門」をシステム会社任せにしてきた事業会社です。しかし、獲得しようにも、日本のIT人材の最大勢力は人気薄のシステムエンジニアでミスマッチが生じており、高度なIT人材の争奪戦は熾烈化するばかり。「採用力」が企業の存亡を決することになりそうです。

「エンジニアが求めているのは、自分を一番うまく使ってくれる人の下で働くことですよ」

 誰もが人工知能(AI)を自分の能力の一部として使いこなせるような製品の開発を進めるギリアの社長にして、情報処理推進機構認定の天才プログラマー、清水亮氏は語る。

 ギリアとは、2017年、清水氏が立ち上げたUEIとソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)、ベンチャーキャピタルのWiLの3社で設立した合弁会社だ。

 設立当初は、IT業界を大いに驚かせたものである。合弁とはいえ、ソニーが最先端のAI開発を天才プログラマーに“託した”ように見えたからだ。

 清水氏には、ソニー以外からも提携依頼などのラブコールが幾つもあった。その中でソニーの傘の下に入ることを決めた最大の理由は、ソニーCSLによる清水氏への理解の深さにある。

 ギリア設立のきっかけは、清水氏が13年に発売した手書き入力のタブレット「enchantMOON」だった。そのプロモーションビデオにソニーCSLが着目し、北野宏明所長自ら清水氏に面会を申し出たのだ。

そして実現した初対面の場で、「北野さんに『興味があるのは、手書きそのものじゃなくて、頭の中身だろ?』って言い当てられたんです」(清水氏)。

 現に清水氏の興味は知能にある。手書きの文字や図から、そこにどんな真意があるのか、この先何を書こうとしたのか読み取ることができれば、人間の気持ちや思考の流れが分かると考えているわけだ。

 そのために有効なのが、ディープラーニング(深層学習。AIを支える技術)だと見抜いていたからこそ、北野氏はenchantMOONに魅力を感じたのだとされる。清水氏はまさに、最高の“使い手”に出会ったのだ。

 一方、齋藤真・ギリア副社長によれば、ソニーにとっても、清水氏は欠けたパズルのピースだったという。どういうことか。

カンフル剤として
「異分子」人材が必要

 齋藤氏はソニー本体の出身だ。ITジャイアントをしのぐサービスを創出するには、ソニーとは別のR&D部隊が必要だと経営側に提案。ゲーム業界に身を置いた経験を持ち、クリエーターの生態に詳しい平井一夫社長(現会長)の賛同を取り付け、ソニーCSLでのインキュベーションプログラムを実現した。

 しかし、大ヒットゲーム機「プレイステーション」に取って代わるレベルの開発を行うには、ソニーの文化を超越するカンフル剤が必要なことに気付く。

 そんなときに目に留まったのが清水氏だった。「理想を実現するためなら、世の中の批判を承知で商品を具現化する。こんなリスクの取り方ができる人はソニーにはいない」(齋藤氏)とほれ込んだ。

 ソニーCSLと清水氏の協業は、インキュベーションプログラムでのR&Dから始まった。ソニーサイドが巧みだったのは、合弁設立前にも、R&Dの業務委託という形で、清水氏のR&Dに資金を拠出していたことだ(図版)。

 予算請求の手順の厳守と正当性の提示に万全を期しつつ、開発資金という実弾を用意した齋藤氏に、清水氏の信頼は高まった。

 ソニーグループが清水氏を抱き込んだように、大企業にとって、IT業界のスーパーエンジニアを引き入れることは変革の第一歩となりそうだ。

 IT業界は村社会であるため、スーパーエンジニアの割り出し自体は、採用を本気で進めていればそこまでハードルは高くない。

 しかし、問題はその先にある。SIベンダーにシステム構築を丸投げし、ITの底力を軽んじてきた企業であればあるほど、硬直化した意思決定プロセスや人事制度、保守的な企業文化などが邪魔をし、外資系企業やベンチャーを渡り歩いてきたようなエンジニアを使いこなすことができない。

「うちにもスーパーエンジニアと呼ばれる人が何人も招聘されたけれど、1~2年でいつの間にかいなくなっていた」(大手電機メーカー関係者)。実際に、こんな話はザラにある。

 そもそも、旧態依然とした大企業はスーパーエンジニアを獲得すること自体が難しい。だが、採用以上に、異分子であるエンジニアに本来の力を発揮させ、革新的な製品、サービスを生むことはさらに難しい。今は売り手市場なだけに、魅力がなければすぐに他社にくら替えされてしまう。

 もはや、企業経営者がテック音痴であることは許されない。経営者がITの素養に乏しいならば、エンジニアと対等に議論できる最高技術責任者(CTO)のような存在を置き、旧来型組織のマインドセットを見直す必要が生じる。