ハイブリッドシステムを2人乗り用自転車に見立てたトヨタ新型「プリウス」発表会のひとコマ。手前がトヨタ式、奥がホンダ式を想定していると思われる。
撮影/倉部和彦

舞台上では寸劇が始まった──。

 若い男性4人が2台の2人乗り用自転車にまたがり、舞台の手前と奥で競争を始める。

 手前の自転車に乗る2人の男性はさわやかな笑顔のまま、みるみる舞台奥のライバルを引き離し、ゴクリと水分補給した後、「お前、元気あるな」「お前こそ、元気だな」と余裕の表情を浮かべ、お互いをたたえてハイタッチ。

 一方、舞台奥の自転車をこぐ男性2人は苦渋に満ちた表情を浮かべ、やがて力尽きてしまう。

 これは、ドリンク剤やスポーツ飲料の宣伝ではない。

 5月18日にトヨタ自動車が都内で開催したメディア向けの新型「プリウス」発表会の一コマなのである。


新車の発表会にしては、摩訶不思議な寸劇だが、当日、2回も行なわれた。

 じつはこの寸劇は、プリウスの“心臓部”であるハイブリッド(HV)システムについて、比較対象となる他社製品との優位性をわかりやすく説明したもの。いわゆる、米国などでよく見られる“比較広告”に近い手法である。

 そして、その比較対象とは何か。いうまでもない。ホンダのHV車「インサイト」であり、インサイトとのHVシステムとの比較だ。


 つまり、冒頭の寸劇は、2人乗り用自転車をHV車と想定し、2人の男性は、それぞれエンジンとモーターに見立てている。もちろん、余裕の表情で勝利するのは、トヨタのHVシステムであり、プリウスだ。

 このあからさまな比較は、その場限りでは終わらない。なんとプリウスのカタログにも4ページにわたって、マンガでも紹介されている(寸劇やカタログのマンガでも「ホンダ」や「インサイト」という単語は実際には出てこない。だが、誰の目で見てもインサイトとの比較であることは、明らかである)。

 「ここまでやるか」と、トヨタの新型プリウスのカタログをめくった業界の誰もが一様に驚いた。
その内容は「あまりにも露骨で刺激的」(ホンダ首脳)だからだ。

 そのマンガでも、プリウスが採用する「ストロングHV」(フルHVともいわれる)とインサイトが採用する「マイルドHV」に見立てた2人乗り用自転車が登場。“エンジン役”と“モーター役”の人物も登場するが、その人物描写のストレートさには、寸劇以上のインパクトを感じる。

ストロングHVはエンジン役もモーター役も競技用自転車のレーサージャージを着た若くて筋骨隆々のたくましい男性。

 一方のマイルドHVは、チノパンにシャツ姿で眼鏡をかけた頼りないおじさんがエンジン役、そしてモーター役は「自分ひとりではまだ走れない」と言う「マイルドモーターちゃん」なる幼い男の子が務め、2人でペダルをごくという図式なのである。

 さらに極めつけは、マンガの最後、両者の違いを示すためのマイルドハイブリッドの説明画には、「EVドライブモードは選択できない」(モーターのみでは走行できない)という解説と共にバツ印まで付けられている。
ある首都圏のホンダディーラーの営業マンは怒りのあまりに、プリウスのカタログを引き裂いたという逸話もある。
 
 「あまりにもメッセージ性が強く、わかりやすい戦略。明らかにホンダはトヨタの“虎の尾”を踏んだということ」(別の業界関係者)。

 そもそもマイルドHVは、エンジンをモーターがアシストするシンプルな構造なため、小型で低コストなのが特徴だ。それが業界内でも「電動アシスト自動車」とも揶揄される所以である。ある業界関係者は「インサイトはプリウスとは車格がまったく異なる。
本来なら、住み分けが可能なはずだった」と語る。

 ところが、周知の通り、トヨタはプリウスの最低価格を205万円に設定し、併売する従来型プリウスは189万円とインサイトの最低価格と同価格まで、約40万円以上も引き下げた。インサイトとの価格差は、ほとんど遜色ないものになった。

 本来、高いはずのクルマが安くなれば、売れるに決まっている。プリウスの先行予約は、18日の発売の時点で既に8万台を超え、すでに11万台を突破している。

 ある首都圏のトヨタディーラーでは、インサイトを自ら買い上げ、プリウスと比較試乗してもらうというと強気の営業イベントも行なった。
ある別のトヨタディーラーでは、「インサイトに乗った客が立て続けに、プリウスを見に来た」と興奮気味に語る。

 一方のホンダは、“寝耳に水”の事態。今後は開発中のHVを前倒しで投入するなど戦略を大幅に見直す考えだ。

 いずれにせよ、トヨタとホンダの“HV戦争”は当面、収まる様子はなく、「唯一、業界内で活気のある話題」とも言われているが、冷静に見つめてみれば「HVと小型車しか売れない」という薄利多売のゆがんだマーケットの形成は止まりそうもない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 山本猛嗣)


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