大企業においては2024年12月30日、中小企業においては25年6月30日に適用が始まる、ある規制をご存じだろうか? 年末に適用期限が差し迫った大企業の関係各所は今、大慌てで対応に取り組んでいる。この規制があまりに厳しいのは主に2つの意味がある。

加えて、大打撃を被るであろう罰則も規定されている。(未来調達研究所 坂口孝則)

2024年12月30日に適用迫る
「EU森林破壊防止規則」に大企業が大慌て

 筆者が調達やサプライチェーン関係者との情報交換で、最近ずっと大騒ぎしているのが「EU森林破壊防止規則」(EUDR)の対応についてだ。

 そもそも初めて聞いたという人が大半だろう。欧州連合が、森林の破壊と劣化を防ぐために2023年6月29日に発効した規制で、木材やパームオイル、コーヒー、カカオ、牛、大豆、天然ゴム、その派生品などの品目を対象に、原産地の地理的情報と森林破壊フリーであることの証明を求める規則だ。

 なぜこれが大騒ぎになっているかというと、実務的にどこまで証明すればいいのか分からないから。これまでと同様の原産地証明でいいのか、それとも伐採地の緯度と経度の情報まで必要になるのか、などと情報が錯綜し、とにかく不明点だらけ。にもかかわらず、大企業においては24年12月30日、中小企業においては25年6月30日に適用が始まるというから、年末に適用期限が差し迫った大企業の関係各所はもう、非常事態である。

 EUDRは大義としてSDGsが掲げられている。環境保護と人権厳守については、もちろん誰もが大切だと思っているし、推進せねばならない。企業はEUのマーケットがあるから、誰もEUDRを正面から批判はしない。ただ、規制があまりに厳しい。それは主に2つの意味がある。

それに大打撃を被るであろう罰則が規定されている。

 EUDRは規制としてあまりに厳しい。それは、管理する手間暇という意味と、そもそも上流のサプライヤーから正確な情報を得るのが難しい、という意味がある。

 しかし、難しいだけで済ませるわけにもいかない。レピュテーションリスクもあるし、何より罰則が科される可能性があるからだ。

 EUDRに違反した場合、EU域内の年間総売上額の4%以上の罰金や、重大な違反とみなされた場合はEU域内での市場投入や供給、EU域内から輸出が一時的に禁止されるなど、企業が大打撃を被るであろう罰則が規定されている。何とも恐ろしいことだ。

DNA解析まで…!
新疆ウイグルの綿花か特定

 少し話はそれるが、先ほどEUDRは、大義としてSDGsが挙げられていると述べた。SDGsは、「誰ひとり、取り残さない」という原則で運用されている。そこで最も重視されるテーマが、人権の尊重だ。

 先日、調達やサプライチェーン関係者に驚きをもって受け止められたレポートがあった。米Applied DNA Sciences社がパートナー企業と作成した「CertainT Market Insight 2023-2024 Report: Xinjiang Cotton Circumventing UFLPA」(5月8日発表)だ。

 これは、米国内外で販売されていた822の商品(衣料品、履物など)を調べた結果、中国の新疆ウイグル自治区産の綿花が使われていたものが、実に19%に上ったと報告している。同地区では強制労働が疑われていて、同地区の製品は米国への輸入が禁じられている。

 同地区の綿花と他地域の綿花を混合している例もあったようだ。ただし、その少なからぬ比率は新疆ウイグル自治区産の綿花のみが使われていた。偶然に紛れ込んだのではなく、意図的に使用していると考えられる。

 このレポートが驚きをもって受け止められた理由が、その手法にあった。社名にDNAとある通り、同位体検査によって科学的に実施された手法なのだ。ウェブで同位体あるいは安定同位体による産地・原産国判別と検索すると多数のページがヒットする。

 もちろん、科学的といっても100%正しいかどうかは保留したい。が、ある一定の妥当性はあるはずだ。本来は、米国には「ウイグル・フリー」のものしか輸入されないはずで、0%をちょっとでも超えたら原則として全く許されない。

 タラレバではあるが、もしこれを日本で実施したら、何%くらいが該当するのか。

かなり恐ろしい予感がするものの、きっと価値ある調査になるだろう。

 なお、新疆ウイグル自治区はあくまで一例だ。例えば英国では、ある大手アパレルチェーンが使用している綿花は環境破壊を繰り返すブラジルの事業者である、と執拗なほどの調査で告発されている。本記事では伏せるが、レポートではチェーンの実名を指している。大手企業からすればブランディングにも関わるため、いやが応でも改善が余儀なくされる。

ティア2~3の管理に迫られる企業
トップは覚悟を決めて指針を出せ

 冒頭の話に戻ろう。EUDRをクリアするには、そもそも上流のサプライヤーから正確な情報を得るのが難しいことを述べた。ただし、これからは「難しい」といって逃げることも難しい。

 筆者は近年、環境対応もだが特に人権問題への対応は、建前から実利へ完全にシフトしたと考えている。もちろん、人権をないがしろにする企業はまれだが、大半の企業は人権が重要だと表面的に謳っていたに過ぎないと思う。

 しかし、実際に米国が輸入を停止したり、欧州ではサプライチェーンにおける人権蹂躙を防ぐよう大企業に調査を義務付けたりと動きが本格化してきた。建前ではなく、実利に関わるようになっている。

 これまでは大企業であってもティア1(直接の取引をするサプライヤー)だけを管理していれば良かった。しかし、特に消費者向けの商品を生産・販売している企業ほど、ティア2、ティア3までの調査が必要になるだろう。

 なお、ティア2とティア3までの調査方法には大きく2つある。1つは、人海戦術だ。上流にどのような企業が存在しているか、ひたすら調べる。現在ではティア構造の管理ソフトも多く販売されており、BCP強化のために活用されるケースが多い。

 もう1つは、統計上のアプローチである。特定のティア1と取引がある場合、世界のどこで、どの企業とつながっている可能性が高いのか、類推していくものだ。日本では水野貴之氏の研究が先を行く。

 ただ、どちらのアプローチにしても、企業トップの号令が必要だ。

 現場の調達・サプライチェーンの担当者は、相当な危機感を持ってティア構造を調べようとしている。ただし、実際には工数もないし、他業務で忙殺され、それどころではない。

調達品の調査をしなければ製品を出荷できなくなるかもしれないというのに、積極的な調達は進まない。「トップに理解させるにはどうすればいいのか」と苦悶する現場は多い。長く、調達とサプライチェーンは日本企業において経営のトピックスではなかったから、重要性がまだ理解されていないのかもしれない。

 今回は、EUDRをはじめ、同位体検査による生産地の判別、製品出荷停止の可能性、上流ティア管理の重要性を説明した。環境も人権も建前から実利にシフトしている。まさに、調達・サプライチェーンの課題は経営問題に直結する。改めて、トップの指針が必要だと思う。

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