フィリピン在住17年。元・フィリピン退職庁(PRA)ジャパンデスクで、現在は「退職者のためのなんでも相談所」を運営する志賀さんのフィリピンレポート。

今回から2回にわたって、海外で入院をしたり、死亡した場合の手続きとポイントについて紹介します。

 フィリピンで余生を過ごすことを決心した日本人退職者は多いが、人には必ず寿命が訪れる。

 日本では葬儀やその後の手続きを家族が行なうが、独り身で滞在していることが多いフィリピンでは、他人がことを運ばなければならないことも多々ある。その場合、多くのことが家族の同意を必要とするから、なかなか難しい面がある。一方、たとえ家族の方がフィリピンにやってきたとしても、慣れない外国では言葉の問題もあり、さまざまな手配が大変難しい。

 私の場合、家族の方がやってきたケースと、家族が誰も来られなかったケースで、退職者が危篤に至ってから死後までのお世話をする機会があったので、必要な手順や問題点、その対処法などをまとめてみよう。

危篤になったら

 前提として、フィリピンには日本のような手厚い公的医療保険制度はない。入院費や治療費は全額自己負担だと考えておかなければならない。

 日本人が重病にかかると、フィリピンでももっとも高いとされるマカティ・メディカル・センターなどの一流病院に入院させられてしまう。その場合、治療費も含めて毎日数万ペソの金がかかる。部屋はホテルのスイートルームのようだが、日本円で1日5万~10万円と考えれば、おいそれと払える金額ではない。日本の健康保険は効くことは効くが、とりあえず立替払いをしなければならないからかなりの出費だ。

 本人がフィリピンの医療保険に入っていればキャッシュレスで治療を受けられるサービスもあるが、まだそれほど普及していない。まず入院させる前に、財布の心配をしなければならないのだ。

 ところがフィリピン人の多くは、日本人はお金持ちだと思っているから、即座に一流病院に入れてしまう。あとから「程度の低い病院に入れたから死んでしまった」などと家族から文句を言われたくない、という思いもあるのだろう。

 そのため、入院時に本人とともに周囲が考えなければならないことは、どこまでの治療あるいは手術をするかだ。退職者の資産状況により、行なうべき治療の限界を見定めておかなければならない。そうでないと、面倒を見た周囲の人が入院治療費をかぶらなければならなくなることさえある。

 フィリピンでは、病人が危篤となり助かる見込みがない場合、病院側は入院費の取りっぱぐれがないよう、治療を続けるかどうか家族の判断を求めてくる。家族の同意のもとに延命治療を停止して「患者の本来の生命力に賭ける」とことが可能なのだ。

 危篤になってから、酸素マスクをはずしたり点滴を止めるのだから、99%はそのまま亡くなってしまう。しかしこの判断に時間をかけていると、残された家族は肉親の死のほかに数百万円の請求書に再びショックを受けることになる。もし家族がその場にいなければ、この同意は郵便やメールでも可能だ。

入院治療費の支払い

 フィリピンの病院では入院費や治療費の取りっぱぐれが頻発する。通常、入院費を支払わなければ退院させてもらえない。患者が亡くなった場合でも、遺体を引き渡してくれないばかりか死亡診断書も発行してもらえない。だから、速やかに支払いができるよう現金を準備しておかなければならない。

 退職者がお金を持っていても、銀行に預けてあるのでは役に立たない。口座名義人が死亡したら預金は凍結されてしまうから、危篤状態にある患者には申し訳ないが、なんとしてでも通帳やキャッシュカードを借りてお金を下ろしておかねばならない。

 サインすることもできない状況になっていたら、銀行に事情を話して、病院で銀行員立会いのもとに拇印を押してもらってお金を下ろすことも可能だ。ATMカードなら暗証番号だけで下ろせるから簡単だが、数十万~数百万ペソのお金を下ろそうとすると日数がかかって仕方がない。

 口座が共同名義になっている場合は、もう一方の名義人が預金を下ろせるのでたいへん有利だ。しかし一方が死亡した場合、やはり預金は凍結され共同名義人でも引き出しが できなくなるので注意が必要だ。いずれにせよ、退職者が死んでしまってからでは遅いので早めに対処しておかなければならない。

死亡診断書・死亡証明

 病院から死亡診断書を出してもらうとき、やはり立ち会った家族の署名が必要となる。

病院としても赤の他人に対して死亡診断書を発行することはできない。

 どうしても家族が立ち会えない場合は、それなりに立場のある人であれば、退職者との関係を説明し、パスポート(身分証明)を提示することで、申告後見人 (Guardian)として受け付けてもらえるだろう。フィリピン人の介護士やメイドではだめだ。

 病院の死亡診断書を市役所に届け、市役所から死亡証明書を発行してもらう。これが公的な証明書で、フィリピンの日本大使館や日本の市役所で死亡届を提出して戸籍に反映するためには必須の書類だ(日本で届ける場合は死亡証明書の翻訳が必要なので、日本大使館に届けたほうが簡単だ)。

 埋葬や火葬を行なうにしても死亡証明書が必要となる。金融機関での相続手続きにはさらにNSO(国家統計局)発行の死亡証明書が必要とされるが、大使館発行の死亡証明書(戸籍謄本に基づいて発行される)で代替が利くかどうかは銀行次第だ。日本大使館への届出は原則家族だが、同居人などでも届けることができる。

葬式と埋葬

 通常は、フィリピンで火葬して遺骨を日本に持ち帰ることになるだろう。遺体の日本への搬送は数百万円の費用がかかるそうで、現実的ではない。フィリピンにも火葬場があるので、葬儀業者に依頼すれば、葬式も含めて面倒を見てもらえる。業者は日本大使館でも紹介してもらえる。

葬式も含めて費用は全部で5万ペソ(約15万円)くらいからだ。

 ただし、敬虔なカトリック教徒が多いフィリピンでは土葬が一般的だから、火葬には家族の同意書が必要だ。家族が立ち会わないときは、日本に書類を送付し署名してもらう手もある。その場合、パスポートなどの本人証明の書類を同時に提出する必要がある。

 遺骨を日本に運ぶときは、大使館で封印してもらうと空港でのいらぬ詮索を避けることができる。なお、フィリピン人は火葬にかなり強い抵抗を持っているので、家族とも呼べる親しいフィリピン人がいたら現地で土葬することも視野に入れておくべきだ。

退職ビザのキャンセルと定期預金の引き出し

 退職ビザ取得のために預け入れた定期預金は、PRA(フィリピン退職者庁)の引き出し許可証がないと下ろせない。そのためにまず、ビザをキャンセルしなければならない。

 通常この手続きには1カ月近くかかるが、重病などの事情を話せば1週間くらいで可能だろう。引き出し許可証の受取りは本人あるいは本人の拇印と署名が必要で、PRAと銀行が連携をとってすべての手続きを病院で行なうことも可能だ。

 こうした手続きは、退職者が死んでしまったらどうしようもないので、速やかに行なうことが必要だ。そのためには事前に委任状を作成しておいて、退職者の署名等を最小限にするよう、準備しておくことだ。

PRAや銀行の立会いもメトロマニラ(マニラ首都圏)の病院に限られるだろう。

 夫婦で退職ビザを持っていて定期預金が共同名義になっているとすると、PRAのルールではプリンシパル(申請者本人)は妻に引き継がれることになっているが、銀行のルールでは、遺産相続手続きを経ないと定期預金は相続人のものにならないという矛盾がある。これについても事前に対処しておいたほうが無難だ。

 退職者が亡くなってからビザのキャンセルをするときは、家族の一員が手続きを行なう。その場合、パスポートの他に戸籍謄本の翻訳か戸籍謄本記載証明など、家族であることを証明する書類を大使館から取得してPRAに提出する。

 家族からの委任状で第三者が手続きを進めることもできるが、日本で委任状を作成した場合、公証役場、法務局、外務省を経てフィリピン大使館で認証する必要があるので、 フィリピンで署名するのが簡単だ。代理人が定期預金の引き出し許可証も受け取ることもできるが、銀行での引き出しについては、その銀行のルールに従って気の遠くなるような相続手続きが必要となる。これは預金が誰かとの共同名義になっていたとしても同じだ。

遺産相続

 遺産相続の手順は下記となるが、妻や子どもがおらず相続人が多岐に渡る場合、大変な手間がかかる。ちなみに日本の相続順位は第1位:妻と子ども、第2位:両親、孫、第3位:兄弟、となっているがフィリピンも同じだ。

 正式な結婚によらない子どもでも認知されていれば、すなわち戸籍に記載されていれば相続権がある。フィリピンにおける相続の手順は下記で、大変面倒だ。

PRAがらみの定期預金の場合は、下記に加えてPRA発行の引き出し許可証が必要となる。

1. 遺産分割協議書(Extrajudicial Settlement)を作成し、法定相続人全員による署名し、公証する

2. 上記を新聞に掲載し公告し(1週ごとに3回)、異議の申し立てを募る

3. 税務署へ相続税を支払う(入院費や諸経費は控除されるが、基本的な税率は35%)

4. 2年間の相続凍結を免除するため、保証会社にボンド(保証金)を積む

5. 相続者であることの証明(出生証明、婚姻証明、死亡証明等)の準備

6. 相続者の2通のIDの提出(パスポートと免許証等)の準備

7. 上記書類を銀行等に提出して遺産を引き出す、あるいは不動産等の所有権の移転登記を行なう

 遺産相続については法律や書類の準備が日比両国にまたがるため、どちらか一方の弁護士に頼んだとしてもなかなか埒があかず、遺族の負担は甚大なものになるので、遺言など退職者本人による事前の準備が肝要だ。

(文・撮影/志賀和民)

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