題名は「ZERO NOIR(ゼロ・ノワール)」。原作は太宰治の「人間失格」だ。
生田斗真主演のアレではない。舞台を現代に置き換え、「女と心中して生き残った男」と彼を取り巻く人々を描いた群像劇だ。秘密を抱えた男女が互いの傷口をかきむしるように言葉をぶつけあう、苛烈な会話劇でもある。

実はこれ、学生の作った映画なのだ。監督は東京藝術大学大学院・映像研究科に通う伊藤丈紘(26)。今年度の課題作品として作られた104分の長編映画である。


東京藝大の大学院に映画を製作する学科が設置されたのは2005年のこと。北野武や黒沢清を教員に迎えたことで話題を呼んだ。それから6年、同科は個性的な若手監督を次々に輩出している。芥川賞作家・玄侑宗久の原作を映画化した「アブラクサスの祭」(スネオヘアー主演/今秋公開)の加藤直輝や、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」(入間人間原作)が待機中の瀬田なつきなど、いずれも20~30代の若い監督たちだ。

彼らの多くは、学生時代からコアな映画ファンの注目を浴びてきた。作品は国内外の映画祭で紹介されたほか、一部は映画館でも公開された。
僕は昨年、渋谷のミニシアターで卒業制作「イエローキッド」(真利子哲也監督)を見たのだが、1度目はなんと満員御礼で入場できず、2回目は上映30分前に到着したのに立ち見だった。アイドルやスター俳優が出ているわけでもない。藝大の映画ってすごい人気なのだ。なぜ?

「学生映画」という言葉には素人っぽいイメージがつきまとうが、彼らの映画にはそれがない。クオリティの高い映像と音、安定感のある演出、そして刺激的な物語。「ジブリ作品だから」という理由で映画館へ足を運ぶ人がいるように、「ゲイダイの映画だから行ってみよう」と思わせる何かが、そこに産まれ始めている。


横浜・馬車道にある東京藝大の校舎では、現在「OPEN THEATER 2010」という上映イベントが開催されている。過去の卒業制作やアニメーションなどの学生作品がすべて無料で見られるのだ。期間は9/16(木)~9/20(月)の5日間。そう、まさにこの記事が更新されたいま(9/17)、上映の真っ最中!

もちろんなんでもかんでも絶賛するつもりはない。1800円も払うなら、やっぱりジブリのほうが……というのが普通の感覚だろう。だが、タダなんだ。
タダで先物買いできるなら行ってみる価値は大アリじゃないか?

オススメは、ここで紹介した「ZERO NOIR」や「イエローキッド」のほか、加藤直輝監督の「A Bao A Qu」、そしてゼロ年代の邦画史上に残る傑作「PASSION」(濱口竜介監督)。また、アニメーション専攻のプログラムには、スイスのアニメ映画祭ファントーシュでグランプリを受賞した和田淳の作品が含まれている。

しょせんは「学生映画」だと思って、軽い気持ちで見に行くのがいいかもしれない。そのほうがきっと驚きも興奮も大きいはずだ。(水藤友基)


・東京藝術大学大学院映像研究科「OPEN THEATER 2010」最寄り駅=みなとみらい線・馬車道駅(アクセスマップ

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