あのケイコ先生が浪曲師になった! 伝説の番組『進ぬ!電波少年』の東大受験企画で登場して一躍有名タレントの仲間入りした“家庭教師のケイコ先生”こと唐木恵子さんが浪曲界の第一人者・二代目春野百合子に弟子入りしたのが2003年のこと。3年の厳しい修行を経て、06年には春野恵子として浪曲師デビューを果たした。


それから再び3年、さらに腕を磨いた春野恵子が東京で浪曲を披露する。それが10月9日(土)に江東区亀戸文化センターで行われるイベント「浪曲タイフーン! ~嵐を呼ぶ女たち~」だ。東京で活躍中の若手女性浪曲師、玉川奈々福とタッグを組み、浪曲はもちろん、音曲漫才などにも挑戦するという。では、浪曲の魅力とは一体どのようなものなのだろうか? 教えて、ケイコ先生!

「浪曲は落語と同じく古くから伝わる演芸ですが、大きな違いは、浪曲は音楽の要素が非常に強いところです。三味線が入っていますし、節(ふし)もありますからね。音楽的な要素が強い分、お客さんを物語に引き込む“引力”がすごく強いと思います。三味線がジャカジャンと鳴って演者が語りはじめると、お客さんを体ごと持っていってしまうんです。野蛮であり、原始的な芸だと言えるとも思います。譜面がないので、ジャズのセッションのようでもありますね。ですから、ぜひライブで体験してもらいたいと思います」

浪曲には赤穂義士ものや清水の次郎長が活躍する任侠もの、「岸壁の母」などに代表される“泣かせる系”の母ものや人情もの、男女の情愛を描いたものなど、演者の個性に合わせた多種多様なお話がある。でも、こうした内容を楽しむには、歴史や古典の知識が必要なのでは?

「初めて浪曲を見る人はまずお話を理解しようとしがちですが、私はあまり細かいことは気にしなくていいんじゃないかと思います。私も落語や文楽を見はじめた頃、同じような思いで舞台を見ていて、どこを見ればいいのかわからなくなってしまいました(笑)。
ライブを全身で感じてくれれば、実はお話以外にもたくさん見所があることがわかると思います。今はパッとわかりやすいものが世の中にあふれていると思うのですが、浪曲はそうではない楽しさがある芸なんです。落語や文楽なども同じですね。私にとってはそういう部分が新鮮でした」

難しく考えることなく、あるがままを楽しめばOK! 見続けているうちに、だんだん楽しみがわかってくる。それってテレビなどでは味わえないゼイタクな娯楽なのかもしれない。でも、落語や歌舞伎に比べると、浪曲ってちょっとマイナーな気がするのですが……。

「浪曲は、歌のライブや一人芝居のような感じで見ることができるものです。でも、知られていなさすぎるし、見られていなさすぎるような気もします。落語ほどのブームは難しいと思いますが、もう少し見られてもいいのではないかと思いますね。逆に今の若い人たちは、浪曲に対する先入観やイメージもないので、“新しいものに出会った!”みたいな感じで楽しんでくれる人も多いんですよ。音楽好きの人が浪曲を見に来てくれることも多くなりましたね」

ところで、もともと子どもの頃から歌やお芝居をやりたかった春野さんだが、タレントとして活動している間は「このままでいいのだろうか?」という悩みを常に抱えていたという。そのとき出会ったのが落語や講談などの古典芸能だった。


「落語と出会ったのは、春風亭昇太師匠と番組でご一緒させていただいたのがきっかけです。あと、立川志の輔師匠にはものすごく影響を受けています。最初にお会いしたとき、まだタレント兼女優として悩んでいた時期でしたが、志の輔師匠に『女優さんは“自分はここの人間です”というような芯の部分を持っていないといけないよ』と言われたんです。そのとき、私はそういうものを持っていませんでした。でも、浪曲に出会って数年経って、『私は浪曲師です』と言える芯の部分ができたと感じています。今はテレビなどに出演していても、以前とは違ってどんな場面でも自然体でいられるんですよ。立川談春師匠にも、私が悩んでいたときに相談に乗ってもらいました。そのときは『どこか会場を自分で借りて、芝居でも何でもやりたいことをやればいい』とアドバイスをくれたんです。この二つのアドバイスは自分にとって、本当に大きかったですね」

志の輔師匠に気持ちの面について、談春師匠に行動の面についてアドバイスをもらった春野さんは、その後、浪曲と“運命の出会い”を果たし、迷いを捨てて浪曲師の道をまっしぐらに突き進む。

「私が浪曲の世界に入った後、談春師匠にお会いしたときは『お前、春野百合子のスゴさがわかってるのか?』と言われました(笑)。談志師匠がうちの師匠のことがお好きだったようで、談春師匠が入門したばかりの頃、『お前たち、そこで立って春野百合子を見ろ!』と談志師匠に言われたことがあるそうです」

談志師匠もリスペクトする二代目春野百合子師匠! すごい! 笑福亭鶴瓶師匠も大ファンで、自ら主催するイベント「帝塚山・無学の会」の最初のゲストも春野百合子師匠だったのだとか。

「“こうなりたい”と思わせてくれる尊敬できて目標になる人が身近にいるということは、生きていく上でも本当に幸せなことだと思います。
今の時代は何でも自由な分だけ、迷いも生まれると思うんですね。でも、芸の世界には師弟関係がある。そこで素晴らしい師匠と出会うことができたのは、本当に幸運です。私もまさか大阪に住んで浪曲師になるなんて思ってもいませんでしたから。人生って面白いですよ」

自分が浪曲と多くの人との掛け渡しになれれば、と意気込む春野さん。

「今回の『浪曲タイフーン』は日本浪曲協会の会長である澤孝子師匠も出演していただきます。私たちも先輩方から見ればまだまだヒヨっ子なので、私たちをきっかけにして先輩方の素晴らしい芸を聴いていただけるという形になっていくといいと思いますね。実は『ケイコ先生が浪曲をやっている』と興味を持って聴きに来てもらうことが、最初は嫌だったんですよ。でも、今はケイコ先生をやっていてよかったな、と本当に思います。そこから浪曲に関心を持って、私の出ていない公演も聴きに来てくれたり、浪曲全体のことを好きになってもらうことが今は一番うれしいですね」
(大山くまお)
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