きっかけは、たまたま手にした1枚のチラシだった。そのチラシは愛媛県にある和菓子店「清光堂」のもので、ちらりと見たところ主力商品は大福のようだったが、その中にある一文に目が釘付けになった。


「まるごとみかん大福」

なんですと!? あのー、甘党の皆さんも「いちご大福」ってのなら聞いたことありますよね。食べたこともあるでしょう。でも、みかん! しかも、まるごと! ふつう大福にみかんは入れないよなー。

そのチラシは漫画形式で、製造工程のことなどとてもわかりやすく描かれている。解説によると、まるごとみかん大福には愛媛県のフレッシュなみかんが丸ごと入っており、この製造方法は、単純なようでいて、実はとてもデリケートなのだという。1日に平均で700~800個、多いときには1000個以上のみかんの皮を手作業でむいて、内袋の表面に付いてるスジを取っている。そのスジを取るときも「機械や薬品をいっさい使用しません」とおっしゃるのは、ビル・リオン・グレローさんだ。

えっ? ビルさんって誰!?

唐突にあらわれたこのビルさん、元々はグアムで暮らしていたアメリカ人だったのだけど、いまは清光堂の創業者・益田光俊さんのお嬢様である智恵(としえ)さんの娘婿で、清光堂の工場長を務めておられる。それにしても、どうしてグアムの人がー?

いまからおよそ20年前、まだ大学生だった智恵さんは友人とグアムへ遊びにいった。そのとき宿泊したホテルでアルバイトをしていたビルさんに一目惚れ。それ以来、彼女は愛しの彼に猛烈なアプローチを繰り返して、やがてビルさんのハートを射止めたという、男の立場からしたらなんて羨ましい状況なんだコンチクショーというハンサムガイなのである。

結婚してしばらくは南の楽園グアムで幸せに暮らしていたビルさんご一家だが、あるとき、智恵さんのお父様が倒れてしまう。
50年もの歴史ある老舗の和菓子店を潰すわけにはいかないと、ピルさんはグアムを離れ、和菓子のことなどまったく知らなかったにもかかわらず、愛媛で和菓子作りの猛特訓を開始する。その甲斐あって、いまでは先代の後を継いで二代目(兼工場長)となり、奥様の智恵さんと共にこの清光堂を切り盛りしているのだった。

なんだかもうすでにここまでの情報でお腹一杯になりかけているのだが、考えてみれば、愛媛みかんを丸ごと大福の中に入れるなんて突飛なアイデアは、いかにも外国の人ならではの発想だよなー、と合点もいった。異国の目から見た勘違いした“和”っていうんですか。そういうものだろうと。でも実際に食べてみて、愛媛に向かって頭を下げましたね。ついでにグアムに向けても謝った。「勘違いした和」なんて言ってごめんなさい! これ、和菓子としてちゃんとおいしいよ! 修行の成果は伊達じゃない!

説明書には「冷たくひやすか、半冷凍にて召し上がっていただきますとより一層美味かと存じます」とあって、ネット通販で注文すると冷凍状態で配達されてくるんだけど、食べるときにはこれを解凍し過ぎないのがコツ。半解凍の目安として、室温(約25℃)なら約1時間、冷蔵庫(約5℃)なら約2時間くらいがちょうどいい。

いちおう大福に入れるために小振りのみかんを選んでいるとはいえ、それでもみかん丸ごとであるらして、完璧に解凍してしまうと、かぶりついた瞬間にブジュワー!っと汁が出てきてしまう。でも、半解凍ぐらいでいただくと、外側の大福餅のホロホロした感じを活かしたまま、みかんのジューシーさもしっかり味わえて、なかなか得難い食感となっている。これは、ただ単に「大福餅にみかんを入れました」っていうだけでは実現できない味だと思う。
大福部分の材料の配合、みかんの選定、保存温度の設定、すべてのバランスが絶妙に釣り合っているからこそ、可能な味なのだ。

智恵さん曰く「新鮮なミカンを丸ごとドーンと入れた愛媛らしいお菓子ができました!」とのこと。丸ごとドーンっていう言語感覚がいいよね。和菓子屋さんにグアムの人がいるインパクトに目を奪われがちだけど、ビルさんへ猛アタックをかます行動力といい、じつはこの智恵さんの存在もまた「まるごとみかん大福」という商品の成立には欠かせなかったのだな、という気がしてならないよ。

いまでは「まるごとみかん大福」の他にも、周辺各地の農園の協力を得て、いちじく、柿、柑橘、キウイ、ぶどう、ブルーベリー、抹茶、メロン、レモンといった中身のバリエーションも展開させ、「一福百果」という和菓子ブランドを形成しつつある。いやー、正直言って最初は、まるごとみかん大福はともかく、その他のバリエーションはさすがにやり過ぎなのではー? と思ってたんだよ。でも「まるごとみかん大福」を実際に食べてみたいまは、他のも食べてみたくなってます。(とみさわ昭仁)
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