「タイプライターはいいですよ!」
吸い込まれるようなキラキラした瞳で福永さんは語る。私は東京・秋葉原にある英文タイプライター専門店『ひかり事務機』に来ていた。


普段の生活であまり接することがないタイプライター。雑貨屋などの棚に置いてあるのを見かけるぐらいで、“インテリアのひとつ”という印象であった。
しかし、実はまだまだ現役で使用している人も多いようで、『ひかり事務機』に修理に訪れる人は絶えることがないという。
文字を書く機能で言えば、同じキー配列のパソコンの方が便利な気がするが……。わざわざタイプライターを修理する理由とは!?

今回、取材に応じてくれた代表取締役・福永健さんは、この道一筋46年のまさにタイプライターの“生き字引”。まるで少年のように目を輝かせ、様々な種類のタイプライターを見せてくれた。

「これはドイツ製。アルファベットの国ですから強くキーを叩いても壊れにくく、日本製よりも丈夫です。おすすめのタイプライターです!」
実際に触らせてもらうと、確かにキーの叩き心地がとてもいい。カチャカチャと指から伝わる振動が気持ちよく、陶酔感に包まれるようだ……。

東京の新橋、神田、秋葉原にかけての一帯は、かつて一大タイプライター地帯であった。
第二次世界大戦が終わり、世界との貿易が活発化する中で、貿易の文書作成に必要なタイプライターの需要は一気に増していく。
『ひかり事務機』もそんな社会の流れの中で生まれた専門店の一つであった。
1960年代、70年代と、日本の経済成長とともにタイプライターは発展を続ける。学校では英文タイプライターの授業が必修科目となり、もはやビジネスの世界だけではなく一般生活の中でも欠かせないものに。
しかし、80年代に入りワープロが登場すると、次第にタイプライターは衰退していく。ワープロ機能を備えたパソコンが一般化した現在では、ごく限られた場所以外、タイプライターは使われなくなってしまった。
「全盛期は都内に数多くあった専門店ですが、次々に減って、今は『ひかり事務機』を含めて数少なくなっています。
長年やってきましたが、いつでもその時その時を生き残ることで精一杯でした」と福永さん。
穏やかな表情で語る福永さんだが、きっとこちらの想像以上の大変な苦労があったことだろう。

先述の、修理に訪れる人の中には、昔、実際に使用していたタイプライターを、“もう一度使えるようにしてほしい”とやって来るご年配の方も少なくない。 キーを叩くことによる刺激が脳にもよいこと、そして何よりタイプライターと駆け抜けた日々を思い起こすために。直ったタイプライターを前に、ポロポロと涙を流しながら喜ぶ人もいるとのことだ。

ふと、自分にとって記憶を呼び起こすタイプライターのような存在はなんだろうか、と思った。
福永さんの笑顔を見ながら、“タイプライター世代”が少しうらやましく感じた瞬間であった。
(銀座箱アレン)