いよいよ今週土曜、9月3日に「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」がオープンする。これに先立ち8月22日にはメディア向けの内覧会が開催されるというので、当エキレビ!からは、筆者に加え編集のアライユキコさん加藤レイズナさん、それからマンガ家にして歌人で、大学院の修士論文では藤子F作品をテーマにしたという才媛、スズキロクさんも誘って取材に出かけることになった。

ちなみに、1976年生まれのぼくは、1980年前後の第1次ドラえもんブームど真ん中の世代だが、もう少し年下のスズキロクさんは『チンプイ』を、11歳下の加藤レイズナさんは『モジャ公』をとくに印象に残っているF作品としてあげていた(てか、『モジャ公』って90年代にアニメ化されてたんだ! 知らなかった)。『ドラえもん』のヒット以降、藤子作品は続々とアニメ化されていたこともあって、世代によって印象に残る作品が違ってくるのが面白い。
ミュージアムへは、小田急小田原線・JR南武線の登戸(のぼりと)駅からシャトルバスに乗車。このバス、F作品のキャラがラッピングされているだけでなく、車内のシートも降車ブザーもキャラ仕様になっていた(ただし、このバスはミュージアムまでノンストップなので、このブザーを押す機会がないのが残念)。バスはそんな感じだけど、駅から通っていくのは驚くほど普通の住宅地。いずれここもF作品のキャラの銅像が建ったりとか観光地化してしまうのかもしれないが、個人的にはできればこのままにしておいてほしい。
日常のなかに異世界(から来たキャラクター)がまぎれこむというのがF作品の真髄だと思うので。
シャトルバスは10分ほどで藤子ミュージアムに到着。受付を済ませて、エントランスに入ると、正面の壁、天井とF作品のキャラクターがぼくたちを迎えてくれた。それからたっぷりとミュージアム内を見学させてもらったのだが、見たものを順々に紹介していてはとてもスペースが足りないので、ここではざっくりと3つのトピックスに分けて、みどころをお伝えしたい。

■あちこちに遊び心が満載!
藤子・F・ミュージアムではとにかく、こまか~いところにまで遊び心あふれる工夫が凝らされている。東京ディズニーリゾートでも、園内のあちこちにミッキーマウスの形をしたものがまぎれこんでいることが知られているが(ためしに「隠れミッキー」で検索してみてください)、このミュージアムではそれを踏襲しつつ、さらにひねったという感じだ。
これから行く人の楽しみを奪ってしまうのもナンなのでくわしくは紹介しないけど、ぼくが見つけたものには以下のようなものがあった。どこにあるかは各自で探してほしい。

●「先生のおうちはあっち」の道しるべ
●「“ネズミ”の入館はご遠慮いただいています」の断り書き
●トイレに駆けこむのび太くんを描いた案内サイン
●2階「まんがコーナー」でドラえもんが読んでいるのは……?

このほか、3階のミュージアムカフェではF作品に登場するキャラやひみつ道具などにちなんだメニューが食べられる。それはたとえば「アンキパン」「ホンヤクコンニャク」「コロ助のコロッケ」「小池さんのラーメン」など、ファンからすると名前を聞いただけでワクワクしてしまうものばかり。また館内だけでなく、屋外に設けられた「はらっぱ」やミュージアムに隣接する丘にもいろんなものがまぎれこんでいるので、注意して見てほしい。ぼくらが行ったときには、丘の斜面を一匹の野良猫がよじ登っていたのだが、これはさすがに仕込みじゃない、よね?

■原画がたっぷり見られる!
マンガ家の個人ミュージアムの先駆けとしては、宝塚市立手塚治虫記念館がある。
手塚記念館もたしかによい施設なのだが、スペースの都合からか常設展示されている原画が少ないのがちょっと不満だった。これに対して、藤子・F・不二雄ミュージアムではかなりの数の原画が見られるのがうれしい。
まずエントランスを入ってすぐの「展示室I」では、代表作のカラー原画を見ることができる(ただし作品保護の観点から一部は複製原稿になっており、それらには『パーマン』のコピーロボットのマークが入っている)。この部屋では原画は壁に掲示されているほか、デスクを模したガラス張りの展示台に展示されている。また展示台についた引き出しには、それぞれ原画にちなんだキャラクターの人形やグッズが収められているのもユニークだ。
さらに企画展示を行なう2階の「展示室II」では、ミュージアムのオープンを記念して「第1回」をテーマに、『オバケのQ太郎』、『ドラえもん』、『21エモン』などなど主にF作品の初回の原画が展示されていた。

このうち1964年に雑誌連載の始まった『オバQ』は藤子不二雄の二人の最後の合作とされるが、藤子以外にも同じくトキワ荘出身で、当時「スタジオ・ゼロ」というプロダクションのメンバーだった石森(のち石ノ森)章太郎なども制作に参加している。実際に作品を見るとたしかに、ガキ大将のゴジラやその子分はあきらかに石森タッチだ。結果的に『オバQ』の連載終了後、藤子は実質的にそれぞれの道を歩むことになり、スタジオ・ゼロもしばらくして解散した。そう考えると、『オバQ』は、F先生たちの青春の終わりの象徴する作品だともいえそうだ。
展示室IIではこのほか、手塚治虫を感嘆させたという高校時代の習作『ベン・ハー』に、同時期にA先生とつくった肉筆回覧誌『少太陽』といったレア中のレア物や、F先生のSF短編のなかでもとくに評価の高い『みどりの守り神』『ミノタウロスの皿』の原画も見られる。また、初期の代表作である『てぶくろてっちゃん』や『すすめ!ロケット』をF作品の原点としてとらえ、『てぶくろてっちゃん』と『ドラえもん』とを並べて比較できるようにしていたのも興味深かった。


■手を抜かない、ということ
みどころとしてはこのほか、F先生の仕事場を再現した「先生の部屋」(天井にはどこまで続くのかというくらい巨大な本棚が設置されており、F先生の関心分野の広さがうかがえて面白い)や、「先生のにちようび」といったコーナーがある。ぼくもこういう著名人の記念館や美術館の類いにはけっこう足を運んできたつもりだが、ここまで家族とのふれあいを前面に出した展示はほかに例を知らない。
このコーナーでは通勤かばんや趣味の天体望遠鏡、汽車の模型といったF先生愛用の品々が展示されているほか、設置されたモニターでは、家族を撮った8ミリ映画や、大人になった3人の娘さんたちが“父、藤子・F・不二雄”を語ったVTRが流されている。さらに目を惹いたのが、F先生手製の「サンタポスト」。これは、クリスマスを前に子供たちにほしいものを教えるよう先生がつくったものだが、そこには雑誌に載っててもおかしくないぐらいちゃんとしたイラストが描かれていた。自分の子供相手なんだから、もうちょっと手を抜いてもよさそうなものだけど、先生はそうしなかったのである。

これはべつのコーナーだが、館内にはF先生がトキワ荘の仲間と8ミリカメラで西部劇を撮ったときの写真や所有していたモデルガンも展示されていて、先生の趣味へのこだわりがうかがえた。ひょっとするとF先生には、仕事とか趣味とか関係なく、思い立ったらとことん本気でやる! というポリシーみたいなものがあったのではないだろうか。さっきの「サンタポスト」を見るにつけ、その姿勢は家族に対しても変わらなかったように思われる。
そんなふうに考えていくと、藤子・F・不二雄ミュージアムに様々な工夫が凝らされている理由も何となくわかってくる。F先生ほどの作家なら原画を公開するだけでも十分に客を呼べるはずなのに、それにあぐらをかかなかったのは、先生がけっして手を抜かず徹底して凝る人だったからだろう。F先生の奥さんである藤本正子さんの「ずっと応援してくれたファンに、恩返しがしたい」という思いから始まったというこのミュージアムの構想が、オープンにいたるまで12年かかったのにも納得がゆく。時間をかけた分、先生の“遺志”は見事に受け継がれ、こうしてひとつの実を結んだのである。

なお、藤子ミュージアムは完全予約制(プレス内覧会の時点ですでにローソンのLoppiからの予約が始まっており、予約数は1万7千件を超えたとか)で、入館時間の指定がある。当然朝から夕方までいるのがお得だけど、そうもいかない人は、原画を見たいなら原画、館内の施設やカフェのメニューが気になるならそれら、というふうにあらかじめテーマを絞って見学するとよいのではないだろうか。「おはなしデンワ」という装置(エントランスで受け取れる)による音声ガイドは、全部聞くにはとてもじゃないけど時間が足りない。ここだけはというところで聞くというのがベターだと思う。

さて、帰りがけ、ミュージアム前の停留所にて3種類ある(休日にはもう1種類増える)というシャトルバスをすべて写真に撮り終えて満足しながら乗車、登戸駅に向かったところで、ミュージアムの外観を撮り忘れたことを思い出したのだがもはや手遅れ。窓枠が『ドラえもん』の第1回のコマ割りになっているというので、ぜひチェックするつもりでいたんだけどなあ……。最後の最後で、のび太並みにオッチョコチョイな自分を責めるのだった。
(近藤正高)

※文中とりあげた『オバケのQ太郎』は、藤子・F・不二雄、藤子不二雄(A)両氏の共同著作物です(藤子不二雄(A)のAは、正しくは○にA)。