筆者は、毎朝必ず納豆を食べている。そんな愛する納豆だからこそ、食べ続けるうちにこだわりめいたものも出てきた。
メーカーはあそこがいいだとか。タレがゼリー状で入っているのは邪道だとか。タレとカラシは、ある程度かき混ぜたあとにぶち込んだ方がおいしいだとか。そして……。

納豆って、何回混ぜるのがイチバンおいしいのかしら? と思いを馳せるに至った。かの美食家・北大路魯山人は「納豆は混ぜれば混ぜるほど美味になる」とし、まず305回混ぜ、後にショウユを入れ、さらに119回混ぜ、それから薬味とカラシを入れて食べるのを最適としたらしい。

合計すると、424回混ぜることになる。思えば、筆者は普段、納豆を10回程度しか混ぜずに食べていた。早いとこ食べたいからである。しかし、納豆愛好家としてこんなことではいけない。魯山人流の食べ方を、試さないわけにはいかない。

せっかくなら、この魯山人流納豆を妻やわが娘にも食べさせたいと思い、筆者の大好きなタカノフーズの納豆を2パック混ぜることにした。
深めのどんぶりに納豆をすべて入れ、いざ、424回混ぜる!

5分以上かけて424回混ぜた納豆。タレとカラシを入れ、軽い疲労感を覚える右手に持った箸で食べてみると……。おお、ウマイ! なんというか、味も香りもまろやかになって、舌触りもふんわりとしている! よし、じゃあ早速、妻子にも食べさせよう!

……待てよ。たしか魯山人、「納豆は混ぜれば混ぜるほど美味になる」と言ってたっけ。なら、もっと混ぜてみようか。目標は倍の848回! うおりゃあ~と混ぜて混ぜて混ぜて…。よし! 848回! …いや、ここまで来たら1000回まで混ぜてみるか。

……で、1000回混ぜ終え、試食してみると。あ! コクが深まってる! こりゃあウマイぞ! すごい! じゃあ、こいつを妻子に……。いや、待てよ。混ぜれば混ぜるほど美味になるのなら……。思い切ってこの10倍! 10000回混ぜてみるか!

一心不乱に納豆を混ぜた。
真夏の日中。節電を心がけ、エアコンも扇風機もつけず。汗まみれで、ただひたすらに混ぜる。交互に用いた左右の手を痛めながらも、妻子においしい納豆を食べさせたい、ただその一心で……。

かき混ぜ開始から約2時間。10000回のかき混ぜを達成。納豆からは、何やら甘い香りが漂っている。満を持して妻子を呼ぶ。「これが10000回混ぜた納豆だ」「え?」「驚いたかね、妻よ」「10000回納豆を混ぜたっていうネタ、ネットで見たよ」。ズコーッ!

なんてことだ。先人がいたのか。うむむ。
仕方が無い。このネタはあきらめるか……。いや!  待てよ! それなら、そのさらに倍! 20000回ならどうだ!

そうして、さらに納豆を混ぜ倒す。頭をよぎるのは、わが人生。これが走馬灯ってやつかと思った(本気で)。両手とも思うように動かなくなり、休み休み混ぜたので時間がかかる。結局、20000回を終えたのは、開始から5時間以上が経ったあとのことだった。

息も切れ切れ、20000回混ぜた納豆を食べさせようと、再び妻子を呼ぶ。さあ、食べてくれ。夫の、父の、夏の想ひ出を。妻子が食べる。……無言の妻。
感無量か。そして、娘が口を開く。感想を述べる。かと思いきや、口から出てきたのは20000回納豆。あれ?

「おいしくないのよ」と、妻が静かに口を開く。「豆がつぶれて、風味が無くなっちゃってるの」。そんなバカな……。と、筆者も20000回納豆を食べてみると……。ズコーッ! マズーッ! タカノフーズさん、せっかくおいしい納豆を台無しにしちゃってごめんなさい。

そして、納豆のかき混ぜ回数についてタカノフーズに取材してみると……。「納豆をたくさんかき混ぜるとたしかにまろやかにはなりますが、味がおいしくなるとか、栄養価が高まるということは無いんですよ」。ズコーッ!
(木村吉貴/studio woofoo)
編集部おすすめ