この物語の中で、音楽隊の動物たちが一路目指したのは、北ドイツの港町ブレーメン。筋書上は、音楽隊がブレーメンの地を踏むことはとうとう無かったものの、この作品にちなんだ観光名所が、ブレーメンにはいくつもあります。例えば、ブレーメン市庁舎の前に立つブレーメンの音楽隊ブロンズ像や、毎年春から夏にかけて上演されるブレーメン音楽隊の野外劇などは、その代表的なものでしょう。これらの数あるゆかりの地の中でも、特に注目度が高いのが、音楽隊の主役たちが地下から雄叫びをあげるという、ユニークな仕掛け付きの名所です。
その名所は、ブレーメン市の中心部にあるマルクト広場にあるのですが、「ここが、その名所ですよ」と言われても、恐らくすぐにはピンとこないはず。それもそのはず、肝心の名所は建物でも銅像でもなく、私たちの足元にある、一見何の変哲も無いマンホールなのですから。
「これが名所ですよ」と言われてマンホールを見下ろしてみると、その真ん中付近に細長い口が開いており、さらに、マンホールの表面に次のような文章が刻まれています。「 コケコッコーと鳴いたり、キューンと悲しげに遠吠えしたり、ゴロゴロと喉を唸らせたりせずに、イーヨー(ロバの鳴き声)と言って、ブレーメンの穴に何か入れてよ」と。
このマンホール、実は「ブレーメンの穴」と呼ばれる、ドイツで初めての「地下埋め込み式寄付金箱」なのです。マンホールの直径は50cm、深さは90cmあり、上で述べた細長い投入口から、寄付金を入れることが出来る仕組みになっています。ただ単に地下埋め込み式であるだけなら、観光名所としてここまで人気が出ることは無いでしょうが、この寄付金箱にはもうひと工夫されています。それは、寄附のコインを投入するたびに、内部に埋め込まれた光電管が作動し、動物の鳴き声が響いてくる仕掛けです。
音楽隊全メンバーの鳴き声聞きたさゆえに、4回連続で寄付する観光客が多い証拠かどうかは判りませんが、このユニークな寄附金箱には、毎年15,000ユーロ(およそ152万円)を超す金額が集まるのだとか。寄付金は地元の慈善団体に渡されているのだそうで、憧れのブレーメンにはたどり着けなかった音楽隊の動物たちも、童話の初版から200年を経た今なお、慈善活動に一役買っているというわけです。
(柴山香)