5月26日の午後2時頃、マイアミの明るい日差しの中、車が行き交う道路のすぐ脇で、一人の男が60代の男の顔面を食いちぎっていた。警察官が銃で撃っても食べるのを止めなかったため、そのまま射殺された。
男を止めるまでに12発もの弾丸が必要だった。加害者の男性30代の黒人で、全裸だった。

銃撃されても止めずに死ぬまで人間の顔をかじり続ける裸の男。ここまで状況が異常だと、報道する方もフィクションをたとえに出すしかない。初期に事件を伝えたマイアミ・ヘラルドは「ハンニバル・レクターみたい」と表現していたが、アメリカで人を食べると言えばゾンビ。以降の記事では当然のようにゾンビという文字が必ず入っているし、ひどいものでは加害者をゾンビワナビーと呼んでゾンビ映画の影響を示唆している記事もあり、加害者にはマイアミ・ゾンビ、または、フロリダ・ゾンビというあだ名がついた。


当然ながらアメリカのゾンビファンは大興奮で「ゾンビ始まった。映画でサバイバル術を学んだ俺としては……」と俺様ゾンビサバイバル術を披露する一方、あまりゾンビに興味が無い一般人は困惑気味。日本でいうと発言小町にあたる Yahoo! ANSWERS には「マイアミからゾンビ始まっちゃうの?」という質問が乱立し、みんながゾンビゾンビと騒ぐせいで「マイアミから20分のところに住んでるんですけど、ゾンビが出たってほんとなんでしょうか?」と本気で心配する女の子をみんなでなだめるスレまであったりする。

ネタ系のポストで特に注目を集めたのは IHopeRickSantorum というジョークサイトで、ここ一週間でマイアミで起きた10件のゾンビっぽい事件を「zombie apocalypse coming soon.(ゾンビ黙示録は近い)」という題名でまとめた。
5/16 マッカーサー高校で12人の生徒と2人の教師に発疹が出て危険物取り扱いチームが出動
5/19 ローダーデール国際空港で職員、乗客含む5人が病院に搬送されるも化学物質は同定できず
5/21 ウェストチェスターで男が18歳の女性の頬にかみついた上に右手をねんざさせて逮捕
5/23 ミネオーラで散布された殺虫剤で体調を崩した小学生を洗浄するために危険物取り扱いチームが出動
5/23 スプリングバレーに住む男がいとこと口論の末、相手の鼻の一部を噛みちぎって逮捕される
5/24 ローダーデールレイク中学校で科学の授業中に生徒と教師に発疹。危険物取り扱いチームが出動
5/25 マイアミ行きの飛行機で24歳のカナダ人男性が暴れて逮捕
5/26 裸の男が被害者の顔を食べて警察官に射殺される(この事件)
5/26 飲酒運転で逮捕されたフロリダ在住の医者が血を吐きながら大暴れ

さすがにこのまとめはマジメな人たちの気に障ってプチ炎上。
「笑えない。関係ない出来事を無理にまとめてパニックを起こそうとしている」という苦情を受けたそうだが、私の感想は違う。謎の発疹や化学薬品の事故や暴力事件。その気になって見てみたら、まるでゾンビ映画みたいな事件が一つの州で一週間に10件も起きているということだ。たまたまこの事件は「裸の男」「昼間の公道」「人食い」というキャッチーなフレーズで注目を集めたけれど、人知れず人は事故に遭ったり暴力を受けたりしている。

5月29日、加害者と被害者の身元が断定され、CNNは加害者が薬物によって錯乱していたと報じた
男が使っていたのは「バスソルト」という新種のLSDで、摂取すると体温が上昇して非常に攻撃的になる。つまり暑いから服を脱ぎ捨てるようになり、攻撃的になるから他人を傷つける。加害者はゾンビではなくて、ただの薬物中毒だったのだ。「バスソルト」は2010年から流行し始めており、2011年2月にNIH(アメリカ国立衛生研究所)が注意喚起をブログに書くほど。だから今後も同様の事件が起きる可能性がある。大変なのは警察官や救急隊員だ。
大の男や女が本気で噛みついてくる。本当のゾンビに襲われるよりもたちが悪い。だって相手は人間だ。頭を破壊して済むものじゃない。

信じられないことや納得いかないことがあると、ゾンビが出てきて全部そのせいにできたらいいなと思う。だけど、本当に残念ながら現実にゾンビは居ない。
(tk_zombie)