1939年。ナチス党を率いてドイツ国家の全権を握ったアドルフ・ヒトラーは、領土拡大のためポーランドに侵攻していった。これが第二次世界大戦の幕開けだ。その後、ナチスはデンマーク、ノルウェー、フランスとヨーロッパ各国を立て続けに占領していき、しまいには不可侵条約を結んでいたはずのソビエトにまで侵攻していった。
そうした過程の中でナチスが行なっていたのが、ユダヤ人の虐殺だ。ナチスは、自分たちアーリア人種こそが世界最高の優等民族であり、その反対に、ユダヤ人はもっとも劣った民族であるとし、地上からの抹殺を目論んだ。バビヤール峡谷での大量銃殺や、アウシュビッツ収容所でのガス室は有名だ。炎に焼かれたユダヤ人も数えきれないほどいる。これらの大虐殺はホロコーストと呼ばれた。最終的に殺されたユダヤ人の数は、100万人とも400万人とも言われている。いくら戦争だといっても、それは戦いの枠組みから大きくはみ出した、あまりにも非道で残忍すぎる行ないだ。
そんな悪魔の指導者ヒトラーを讃える言葉が「ハイル・ヒトラー」だ。
で、映画「アイアン・スカイ」である。
ときは2018年。再選を目指すアメリカの大統領(女性!)は、支持率回復のカンフル剤として、アポロ17号以来途絶えていた有人月面着陸プロジェクトを再開する。しかも、月へ向かうのはただの宇宙飛行士ではない。現代的な広告戦略を巧みに採り入れ、カメラ映えのする黒人ファッションモデルを送り込んだのだ。
無事、月に到着したファッションモデルのジェームズ・ワシントンと宇宙飛行士たち一行は、これまでに人類が探索したことのない月面の裏側へ足を向ける。そこで彼らは驚くべき光景を目撃する。なんと、月の先住者のものとおぼしき巨大な建造物がそびえ立っていたのだ!
あっけにとられる宇宙飛行士のヘルメットを、月面人の放った銃弾が撃ち抜いた。仲間の死を見て逃げ出すワシントン。
第二次世界大戦の末期。連合軍に敗退したナチスの残党は、こっそり地球を脱出して、月の裏側へ棲みついていた。彼らは掘り出した天然ガスを資源として秘密の要塞を作り、そこで態勢を立て直しながら子供たちを産み育て、より濃厚なナチス思想を磨き上げていた。ネオ・ナチならぬルナ・ナチだ。そうして70年もの間、虎視眈々と地球に逆襲する機会をうかがっていたわけだ。ハイル・ヒトラー!!(踵をカツーン!!)
これ以上のストーリーを紹介しても意味がないだろう。ここまでの基本設定を聞いただけで、すでに見たくてうずうずしている人は多いはずだ。タブー? 何それ? とでも言わんばかりに、月面ナチスはハイルヒトラーで敬礼しまくり、ハーケンがクロイツしまくる。
そりゃあ、いまどきヒトラー礼賛の映画なんか作ったら、怒られちゃうどころか国際問題になるだろう。
ナチスに限らず、人類が行なってきた負の歴史は、もちろん忘れてはならない。だけど、それがタブーだからといって触れないようにするのは、正しい態度とは言えない。なかったことにすると人はその罪を忘れて、いつかまた同じ間違いを犯す。
「アイアン・スカイ」の中には、人間の悪意と、愚かさと、滑稽さが、嫌というほど描かれている。それはナチスの側だけに留まらない。アメリカにも、あるいはそれ以外の国にも、愚か者はいくらでもいる。それを見て、人間ってバカだよな〜と笑いながらも、ふと我に返ってみれば、現代の地上からもまだ戦争はなくなっていないことに気づかされる。
いつかまた、ナチスのような侵略国家が生まれても、それは少しも不思議なことじゃない。それでも、映画の中だけで戦争を笑っていられるのは幸福なことだ。それはとても意味のある、貴重な時間なのだ。
余談
この映画は、足りない資金を集めるために制作途中の予告編を公開し、世界中でカンパを募ったという。