映画興行が大衆にとっての代表的な娯楽だった時代とちがって、いまはそのライバルも多い。テレビやマンガはもちろんのこと、コンピュータを使った様々な娯楽と映画は戦っていかなければならない。
そんな中で、映画は技術の進歩を支えにしながら、ひたすら大作化、複雑化を遂げていった。

でもさー、本当にみんなそんなに大作ばかり見たいんかなー? とも思う。

IMAXシアターとか、3D映像とか、3時間×3部作とか、そういうのも嫌いじゃないけど、そればっかりじゃ疲れちゃうんだよね。お話も、そんな生命の起源とかに迫らなくていいから、もっと気軽に楽しめるものが欲しーなー。スリルがあって、血しぶきがあって、脱力ギャグがあって、おっぱいがあって、カンフーがある。そんな底抜けに楽しい映画ないかなー、なんて。

いちおうわかりやすくボヤいてみせたけど、もちろんそんな映画があるからこのレビューを書いている。それが『デッド寿司』だ。

わりと安易に宣伝資料からあらすじを書き写してみます。

「天才的な寿司職人の娘として生まれたケイコ。寿司職人を目指して修行の日々を送る彼女は、家を飛び出し、とある温泉旅館で働くことになった。そんなある日、宴会のため旅館に宿泊していた小松製薬の社長に恨みを抱く男が出現し、宴会の寿司を究極の殺戮生物デッド寿司へと変えてゆく。
牙をむき襲い来るデッド寿司の大群に、ケイコは父との修行の中で叩き込まれたカンフーを使って立ち向かう! 」

何を言ってるのかね。究極の殺戮生物デッド寿司って、中学生が放課後に企画会議を開いたみたいなこの発想。フリーダムすぎる。監督・脚本を務めたのはもちろん中学生であるはずもなく、立派なオトナの井口昇。これまでのフィルモグラフィーを紹介してみようか。

●女子高生日向アミが、かわいい弟をいじめ殺した服部半蔵の子孫に復讐をするため、切断された左腕にマシンガンを装着して大暴れする『片腕マシンガール』(2007年)。

●姉にコキ使われる日々を送っていた冴えない少女芸者ヨシエが、あるとき謎の組織「テングン」に拉致されて殺人兵器に改造されてしまうという『ロボゲイシャ』(2009年)。

●先輩に誘われて山奥まで寄生虫を探しに来た女子高生メグミたちが、汲み取り式便所からあらわれた糞尿まみれのゾンビに襲われる『ゾンビアス』(2012年)。

やっぱり中学生か! いやいや、そんなことはないんだけども、このひたすら娯楽に徹した題材選びは、笑いを通り越して感動的ですらある。

それに、ただの思いつきでお茶を濁しているわけでは決してなく、計算されたストーリー展開と、隅々にまで詰め込まれたアクションやギャグが、娯楽映画を作るうえでの確かな技術とセンスを感じさせてくれるんだよね。また、そんな監督の要求にきちんと応えてくれるキャスト陣も素晴らしい。

主演の少女寿司職人ケイコ役には、自身も空手の黒帯を持つ武田梨奈。
寿司ヌンチャクを振り回し、見栄を切る姿はさすがに様になっている。かなり過激なアクションも、本人が吹き替えなしで挑んでいる。飛び跳ねる武田梨奈、突き飛ばされる武田梨奈、そして喘ぎ声をあげる武田梨奈。これだけでもお釣りがくる!

彼女をバックアップする澤田役には、黒人以上、清原未満の黒さが自慢の松崎しげる。危うい場面にあらわれては、メラニン過剰な芝居で観客の視線を惹きつける。そのおいしい役回りは、まるで回転寿司でタイムサービスの大トロだけを食べていく客のよう!

もう一人見逃せないのは、温泉旅館の意地悪な女将役を演じた亜紗美だ。井口映画ではもはや常連となった彼女だが、本作での悪女っぷりは、『シンデレラ』の継母か『細うで繁盛記』の冨士眞奈美か、という領域に到達している。

それにしても、井口監督の映画は見に行くたびにいつも「娯楽映画が好きでよかったー」って気分にさせてくれる。それは何をおいても監督自身が娯楽映画を愛しているからだろう。
ただでさえ娯楽としての映画にライバルが多い状況のなかで、こうしたジャンルムービーの興行は苦戦を強いられることが多い。それでも無茶な戦いへ果敢に挑戦──睾丸でトラックを引っぱるのにも等しい映画作りを──し続ける井口昇映画を、見逃すわけにはいかないのだ。(とみさわ昭仁)
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