入り組んだ迷路のような緻密な模様。巨大なレース編みのような渦巻き。
手でつまめそうな立体感のある桜の花びら。写真を遠目に見るとそんな風に見えるが、これらはすべて1人の人間の手によって作られた、塩を使ったアート作品だ。

去年の秋、海外事情を伝えるサイトでは“日本人芸術家が作る塩を使った精緻なアートがスゴい!”というのが話題になっていた。ロサンゼルスで行われた展覧会を見た人たちが「人間の作ったものとは思えない細かさ」「どれだけの忍耐力が必要なのか」と、一様に驚きのコメントを寄せていた。日本人芸術家の名前は山本基さん。塩を使って空間を演出する“インスタレーション”形式の作品を数多く手がけていて、テレビなどでも紹介されているので見たことのある人も多いのではないだろうか。

広島に生まれ育ち、一度造船所に勤めてから美大へ進んだという山本さん。作品制作を続けるなかで、1994年に妹さんが24歳の若さで脳腫瘍で亡くなったことがこの“塩アート”に強く結びついているのだという。

「妹が亡くなったことは、僕にとってもショッキングなできことでした。すごく仲がよかったし、自分の一番の理解者でもありましたし。彼女が病気になってから亡くなるまでの過程で自分なりにいろいろ考えることがあって……。その、厳しいけれども避けることができない現実と向き合うために、人が死ぬということの周りにあるいろんなできことを作品のテーマにしようと考えたんです。
その一つに“お葬式”があって、作品に使う素材を考えたときに、お清めに使う塩はどうだろう?と、最初は割と気軽な感じで始めたんですよ」

誰にとっても身近な素材である塩を使った山本さんの作品には、砂の城のように塩を積み上げたものなどさまざまなタイプのものがあるが、写真のような床に描いたものが広く知られている。どんなことをモチーフとして描いているのだろうか。

「2つの説明ができるのかなと思います。1つは、例えば『たゆたう庭』ではアジアを中心に再生のシンボルとして用いられてきた渦巻き模様を、『迷宮』ではヨーロッパで同じような意味あいで用いられてきた迷路の模様を描いています。僕の作品のコンセプトとして、一度なくなってしまったものが形を変えて再び現れる=循環や再生というのがあるんですよ。だから、同じような意味を持つ模様をモチーフにしました。もう1つは、渦巻きって近くで見ると小さな泡が積み重なっているように見えるんですけど、僕はその泡の1つ1つを妹とのささいな思い出だと設定して作っているんです。例えば、食事のときにハンバーグの取り合いをしたなとか、冷蔵庫の中に取っておいたプリンを食べられた!だとか(笑)。そんなささいな日常のできごとが積み重なって、人は誰かをとても大切な存在なんだという風に認識していくんだろうと。そんな風に積みあげてできた思い出を、自分の中で追体験しているような意味合いもあります」

そんな思いを込めた制作風景は動画などでも公開されているが、見ているだけで気が遠くなるほど細かく、時間のかかる作業だ。人間だから、ちょっとした失敗もあるかもしれない。そんな時はどうしているのか尋ねると……。


「手に持っている塩のボトルが倒れたりっていうアクシデントがあればそこは直すこともあるけど、基本的には作り直さないです。“ああ、こう描くんじゃなかった”と思うことももちろんありますけど、それもすべて受け止めたうえで、なんとか自分の持っていきたい形に調整していく。消しゴムで消したり、キーボードのようにコマンド+Zで戻らないということですね。世の中にはいくら努力しても希望が叶わなかったり、後戻りできないことだってある。起こってしまった現実の中でその解決策を探っていくしかないわけなんで、僕の作品もそういう作り方をしたいと思っています」

山本さんの個展で特徴的なのは、最終日に塩のインスタレーションを来館者の手で崩して、その塩を各自で海に戻そうという「海に還る・プロジェクト」。

「すべての個展でやっているわけではないんですが、一番多いところで400人位が参加してくれたんですよ。僕の作品は展示期間だけのものなので、終わればなくなってしまう。それは寂しいことでもあるんですけど、この塩を海に還す作業で作品がなくなるわけではなく、また新たな命につながっていると感じられるようにしたかった。あと、見に来てくれた人たちに楽しんでもらいたいというのもあります。作品を壊していいですよと言われることは普通、ないでしょう? それを思いっきり壊してもらっている様子を見ていたら、お客さんもそうですけど僕自身も見ていて楽しかったし、うれしかったんですよね(笑)」

海外での個展が多くなっている山本さんだが、2/5(火)からは岡山・瀬戸内市立美術館での個展がスタートする。

「今回は3つの部屋で構成します。1つめの部屋は、約50平方メートルを使った塩のインスタレーションの展示。
2つめの部屋では鉛筆画や写真などの平面作品を展示します。最後の部屋では、僕の制作風景から『海に還る・プロジェクト』にいたる一連の流れを写真や映像で紹介します。来館者の方が塩を入れたボトルでいろいろ描ける体験コーナーも作りますし、海に還る・プロジェクトも行うので、いろんな角度から僕の作品を楽しんでもらえると思います」

展示の準備期間には1日平均10〜14時間会場の床に座り込み、小さな塩の模様をスペースいっぱいのインスタレーションへと編み上げていく。素人の私たちからは、修行のようにも見える作業だ。でも、彼が制作を通して人生の時間を非常に濃密に過ごしているのだろうということは、こんな言葉からも感じられる。

「自分のやりたいことは、お茶だとか生け花だとか、一回限りの場をいかに楽しむかというものに近いんだと思います。例えば学校を来月卒業するなら、その前に友達や先生と過ごした時間について思いをめぐらせたりするじゃないですか? それと同じような体験を、作品を作る度にできているんじゃないかと。インスタレーションは一発勝負の闘いみたいなところもあるし、すごく緊張もプレッシャーも感じますよ。でもその緊張やプレッシャーというもの自体が、自分の生きている証しですから」
(古知屋ジュン)

『山本 基展 たゆたう庭 塩のインスタレーション』
会場:岡山県・瀬戸内市立美術館
会期:2/5(火) 〜 4/7(日)
観覧料:一般400円、中学生以下無料
※海に還るプロジェクトを4/7(日)16:00~に実施
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