松たか子と阿部サダヲが、結婚詐欺の夫婦を演じる映画「夢売るふたり」のDVD&Blu−rayが発売される。
夫婦で仲睦まじく小料理屋をきりもりしていた貫也(阿部)と里子(松)だったが、火事で店を失ってしまった。
傷心で酒浸りとなった貫也は、店の常連客と一夜の過ちをおかす。それを知った里子は、店の再開資金を得るために、貫也にわけありの女たちに付け入らせ、金を巻き上げる結婚詐欺をはじめるのだった。
水商売の女、ウエイトリフティングにすべてを賭けていた女など、孤独な女たちに近づいては心も金も奪う貫也と、裏で糸を引く里子。ふたりは息の合った共犯者のはずだったが、次第にその関係性が狂いはじめて……。
阿部サダヲ演じる、ダメ男なんだけど女にモテる愛嬌のある夫と、松たか子演じる、たとえそれが地獄道でも黙って夫と歩んでいく妻。
このふたりはどうなるの???と最後の最後まで気になってならない。

特に、松が「告白」に次いで演じた、底知れない女のこわさが後を引く。
監督は西川美和「ディア・ドクター」「ゆれる」などで高い評価を得た西川監督に、
「夢売るふたり」に散りばめられた数々の謎を訊く。

───「夢売るふたり」、見る人の想像に委ねる部分の作り方が理性的でいいですね。
西川 ほんとですか。どこが理性的か教えてほしいです(笑)。

───松たか子さんの目線を残す時間などです。ラストカットもそうですし、火を振り返る目線、途中、阿部サダヲさんを見送るカットなど。
西川 ああ、よく見てくださっていますねえ。
───微妙な間合いで切るところはセンスもあるだろうし、西川さんの理性なんじゃないかと思ったんです。
西川 今、そう言っていただくと、そういえば考えながら作った気がするんですね。無意識な編集点ではないです。
「夢売るふたり」は、松たか子さん演じる女主人公が、ことごとく自分の内面の感情を言葉にしない女っていう設定で作っていたんです。腹の中で思ってることを墓場まで持っていく妻っていうキャラクター設定にしていたんですよ。内面に積み重なったものを台詞で主人公に吐き出させることは、やろうと思えばできるんだけれども、結局日常的な言葉にしてしまうととるに足らないことなんですよね、彼女の抱えている怒りなんて、実は。だけど、そのつまらないっていうか、そのシンプルなこと――例えば「寂しい」という一言は、小さな子供でも感じる感情で、なんだそんなことだって思うかもれないけれど、寂しさってすべての人間にとって死ぬまで等しく重くのしかかることであったりしますよね。だけどそれを「私、寂しいのよ」って言わせてしまった途端に、なんだそんなことか、とそこで終わってしまうのが、言葉の面白さでありコワさだと思うんです。寂しいのは人間当たり前で、それ自体に驚きはないんだけれど、実はそんなにもシンプルな感情が根となって地上にはやしていく行動の複雑さ、面白さは、ほんとうに千差万別で、驚かされる事ばかりですよね。
そこが人間の面白さであり、そこを見てもらいたかったから、今回は、彼女の抑えているであろうことを言わせないことが課題でしたし、そういう一番弱いところの感情吐露を意地でもしないのも彼女の大きな性格的特徴としていました。でも、台詞を言ってもらわないと、キャラクターの心情をお客さんがとらえ辛いので、お客さんがなんとか想像できるには、あと何秒、あと一拍半、松さんの表情を見せておけばいいだろうかと、松さんのカットにおいては、こと編集の宮島竜治さんとふたりで考えながら編集した気がします。
───最も悩んだところはどこですか?
西川 一番悩んだところ? ……ちょっと思い出すので少しお待ちください。……一年前のことなんで。あ、あそこだ。お札を燃やすシーンの里子の目元のカットをどのくらいの尺にするのかは、何度も何度も直した気がしますねえ。
何かしらが変わるシーンですから。あそこで里子が、もっとあからさまな怒りの感情表現をして、劇的な盛り上がりの音楽をつけたりすれば、「なるほど、この女はここがスイッチになったんだな」と観客は演出の意図をより容易にはつかめると思うんですが、里子自身も整理し切れてないような感情ですからね、「何考えてんだこの女」という不可解さを保ちつつ、かつ「でも何かが変わった、確実に変わった」という心境変化の予感は把握してもらう、というところで終わらせるには、どういうお芝居が的確で、さらにそれをどこで切るかは思考錯誤したところですね。
───西川さんと編集の宮島さんのテクニックですね。
西川 いや、毎回ほんとうに試行錯誤しているので、何がいいか最初から見えているわけじゃないですし、今回は松さんご本人が持っている強さも生かしつつでしたね。あのシーンなんかも「涙が出そうになるけれど、絶対に出さずに直前にフレームアウトしてくれ」とお願いしてるんですよ。
───そんな高度な要求を!
西川 松さんは、それくらいの要求は気軽にできる人ですから。
ほんとうのプロですからね。技術論じゃなく、ここは感情なんだっていうシーンなんだけど、彼女はもう一段上にいらっしゃるというか(笑)。
───「夢売るふたり」は松さんの黒目がちの瞳が印象的でしたが、今、西川さんとお会いしてみたら、西川さんと松さんの瞳が似ている気がしてきました。
西川 ほんとうですか! こわい。どうしよう。似てくるのかなあ(笑)。
───俳優さんって、監督に似せてくる方いませんか?
西川 ええ? そうなんですか?
───映画って監督もので、あらゆるところに監督が滲んできますが、主役に投影されることって多々あるじゃないですか。だから主演俳優は監督に似せて役作りすることもありますよね。
西川 役者が監督に寄せてくるんですか? 例えば何? ああ、でも、ウディ・アレンの映画は、主役が、若い時にウディ・アレンがやっていたような芝居をしていると思うけど。
───ジャン=ピエール・レオーとかドニ・ラヴァンとか尾美としのりとか。「トリック」の阿部寛さんも堤監督みたいな気がしちゃうんですよ。
西川 ああ、そうかもしれないですねえ。
───完全に似せるわけじゃないですけど。そして西川さんがこわいっていう意味じゃないですが。
西川 いえいえ、そう思うと、俳優って純粋な生き物ですね。毎回毎回、監督を、はじめて会った親のように思う生き物なんですよね。親が笑えば、笑うようになるように、俳優って監督を信じてくれるんだなって思うと、考え方を改めたい気がします(笑)。私たちは自分たちを客観視できないから、自分で「似てるよね」って言えないですし。
───いい役だから、西川さんが「私に似てる」って自ら言ったら、すごい人だなって思います(笑)。
西川 たまにありますよね、登場人物に自分を投影してること。
───想像に過ぎませんが、松さんの役が内助の功をすごく発揮するじゃないですか。常に先回りして、男の人を立てている。それが、最初は良いことに生かされていたけど、結婚詐欺という悪いことにも生かされてしまう。そういう人を動かす力は西川さんにもあるんじゃないかと思ったんです。
西川 いや、全然! 私はこんなに気は利かないです。そういう女性いますよね。三歩引いて男を立てて操作してるっていう。そういう女性には同性として憧れもあるし、こわいなって思うし。見返りがあるのかないのか、単純に「愛だ」と言われても、この年になると、その言葉の裏がよけいに怖いように感じるようにもなるし(笑)。しかし世の中のできる男の裏にはできる女がいるというケースを今まで何人も見てきましたが、仕事もできて、女にもモテる男の人には、やっぱりいい女がついているんですよね。そういう女性は何を考えているのかなってずっと不可思議さと興味とを抱いていました。私自身はそうじゃないけど、その部分はある意味、客観的に書いているかもしれません。憧れとコワさですかね。
───西川さんは、助監督を経験して監督になったのですよね。
西川 ええ。
───助監督って気が利いていて、常に先回りできる能力があると思うんです。
西川 そうですね。
───そういうのがキャラに出てくるんじゃないかと。例えば「ディア・ドクター」では、余貴美子さん演じる看護士のサポートによって、笑福亭鶴瓶さん演じる医者が難を逃れます。
西川 確かに! こういうことは、私が助監督にやってもらっていることです! 「監督、コーヒー」「ああ」「監督、おしっこ大丈夫?」「ああ」ってね(笑)。
───西川さんの助監督時代ってどうだったんですか?
西川 私、全然気が利かなくて、だから早々に辞めちゃったんですよ(笑)。監督を立てるための助監督さんの努力って、ほんとうに並々ならなくて、よく冗談で映画監督の皆さんがおっしゃることですが、映画監督って誰でもなれますよ(笑)。ビジョンさえあれば。こういうのが作りたいっていうビジョンがはっきりあれば、映画の作り方がわからなくたって、優秀な助監督さんがいくらでもバックアップしてくれます。私は四年くらいしか助監督をやっていなかったですし、十分な修業も重ねなかったんですけど、勘が悪いんですよね、人と人との間に入る勘が。好き嫌いが激しいから、わからない監督の言ってる事はさっぱりわからなくてうまく人に伝えられない。でも、プロの助監督さんはそういうことじゃダメなんですよ、本来は通用しない。だから、現場を退こうと思って、脚本を書き出したことが映画を撮るきっかけだったんです。確かに、ほんとによくできる助監督さんは、里子みたいです。
───いい現場にはいいナンバー2がいるんですよね。
西川 そうです、そこでおすすめが「夢売るふたり」のBlu-ray特装版です(笑)!今回、特典DISCに72分のメーキングが収録されるのですが、スタッフワークを中心にしていまして、演出部をはじめ、美術、照明、カメラマン、録音、編集、スクリプター、メイクアップアーティストなど、あらゆるスタッフを、私のインタビューを軸に構成しているんです。なかなか見応えがあり、映画を作るってこういうことなんだってわかってもらえると思います。スタッフの仕事ってすごく誠実な仕事だなって、私も見ながら、再確認できるものになっていますので、ぜひ、おすすめです!
───あ、今、ちょうど、編集のお話も助監督のお話も伺いましたね。
西川 そうなんですよ(笑)。この特典のことをわかった上で質問してくださってるんじゃないかと思っていました。
───いや、私が事前に伺っていたのは、バリアフリー仕様の話しか。撮影は、北野武監督作品も手がける柳島克己さんですね。西川さんがいいものを作る人だから、いいスタッフが集まるんですね。
西川 逆にいうと、スタッフについて来てもらうためにビジョンをしっかり持たないといけないと思うんですよ。何がつなぎとめるって、お金でもないし、別にキレイごと言うわけじゃないですけど、スタッフに大盤振る舞いして焼き肉食わせたって、それはその時限りですよ。じゃあ、焼き肉だけで何十日も耐えてくれるかっていうと、それはない。彼らのモチベーションは、やっぱり自分たちがまだ見ぬ、いいと思える映画に参加したいっていう、あれに関わったんだよって胸を張りたいっていう思いだけなので、それを満足させて、過酷な毎日に耐えてもらうには、こんな面白いこという監督はじめてだなとか、そんな面白い撮り方をするんだなとか、そういうことに共感と楽しさを覚えてもらうしかないんです。
───ビジョンをはっきり言葉に出されるんですか?
西川 どうだろう? 私がビジョンを言葉にしてる場面は、メーキングにほとんど入ってないですね(笑)。
───脚本がしっかりしてると、優秀なスタッフは脚本がしっかり読めるから。
西川 そうですね、私の場合は、伝え方もまちまちだと思いますけど、脚本を読んでもらえれば伝わるように一行一行書くのが、自分にとっての特徴的な演出と思いますね。
───自分で脚本が書けるって強みですね。
西川 そうかなあ、どうなんだろう。自分は脚本を書いているから監督をかろうじてできてるというタイプなんで。
───小説も書かれていますが、文字のほうがプライオリティーが高いんですか?
西川 そうですね、そのほうが高いです。それしか武器がないというか。現場で四の五の言うよりもト書き一行読んでもらったほうが感じをつかんでもいらえるというか。
───役者さんも脚本で変わりますよね。
西川 撮影中ずっと、松さんに観念的な演出をほとんどしなかったんですね。ご本人も不安をこちらにサインとして出してこられるタイプではないですし、あんまり事前に頭で考えている事をぶつけていくような事はしなかったんです。でも、ラストシーンの時、やっぱり大事なラストカットだし、松さんしか現場にいらっしゃらなかったし、ここで何も言わずに、当日いきなり「はいテスト」と言ったら残酷かなと思ったんです。それで、撮影前日の夜に、遅いかなと思ったんですけど、私が松さんにするべきことをしただろうかって不安になって眠れなくなって。同じホテルに泊まっていたのですが、今さら訊ねていくわけにもいかないし、代わりに、こういうつもりで明日は臨んでほしいと、失礼だけどメールしたんですよね。そしたら、松さんから返ってきたメールは「脚本を読んで、おっしゃるようなことだと思っていました」って。私がダラダラ長く書いたメールに、3行くらいの返信で。すみませんでしたーー!と逆に思ってしまったんです。ほんと無粋なことをしちゃったなあって。松さん、すごい男前で、なるほど脚本で伝わっていたんだなって思いました。
───すごいですね、松さん。
西川 すごいんですよ。皆まで言うな、早く寝ろって……ね(笑)。
───いや、そう言いつつ、何か言ってくれたことが力になるんじゃないでしょうか。
西川 そうなのかどうか。
───俳優は自分を見ていてほしいって思うものだって言うじゃないですか。
西川 よくご存知ですねえ、監督になれますよ(笑)。見てほしいっていう思いの出し方も、人によって表現が違うんですよね。松さんと阿部さんは、褒めても淡々としているんですよ。それに褒め始めたら、きりがないくらいだから、本人に直接言わなかったんです。ある時、阿部さんのマネージャーさんに「すばらしいですね」って言ったら「本人に伝えてくださいよ。この間、阿部に伝えたら、あれ~おれには全然直接褒めてくれないんだけどな」って言ってましたよって(笑)。俳優ってわからないっていうかデリケートなんだって思わされました。中には、「褒めて!褒めて!」って方もいますよね。鶴瓶さんなんかはカットがかかると「かっこよかった?」って直接こっちを見られるんで(笑)。私の中では、かっこいいシーンではないんですけど「ドヤ?」みたいな(笑)。

(木俣冬)

後編に続く