「お子様ランチ」といえば、かつては百貨店の食堂の人気メニューだった。
そんなオーソドックスなお子様ランチは、最近ではほとんど見かけなくなってしまったが、なんと今、期間限定で復活している。場所は東京都世田谷区にある世田谷美術館内のレストラン「ル・ジャルダン」。同美術館で開催中の「暮らしと美術と高島屋」展を記念した特別メニューとして、その名も「大人のお子様ランチ」が登場。大人向け? それとも子ども向け? あれこれ想像を掻き立てるネーミングがそそる。
メニューの提供は展覧会の会期が終了する6月23日(日)まで。しかも、1日限定20食! これは早めに試さねばと思い、いそいそと食べに行ってきた。
高島屋といえば、1930年に大阪店にオープンした「東洋一の大食堂」が有名だ。すでに2004年に惜しまれながら閉店しているが、最盛期には1,000席以上の規模を誇ったデパートの食堂の代表格。当然「お子様ランチ」も人気メニューとして提供されていた。
そんな歴史に思いを馳せると、自然と期待に心が躍る。オーダー後、ほどなくして料理が運ばれてきた。
ズラリと並んだ料理にもワクワク感が止まらない。シェフいわく、
「お子様ランチのように少しずつ、つまめるよう品数を多くしました。また、フレンチの店なので、フランス料理のテイストも織り込んでいます」
とのこと。コロッケやパスタ、プリンなどお子様ランチの定番料理をベースにしつつも、絶妙なアレンジによって贅沢な大人テイストへと昇華させているのだ。
たとえば、旗が立っているのは「カニ爪のフリット」。爪つきのカニ肉をベシャメルソースで包み、衣をつけて揚げたものだが、ディルやセルフィーユなどハーブの爽やかな香りが洗練さをプラス。いわゆるコロッケだが、ここではフリットと呼ぶ方がしっくりくる。
「牛ホホ肉のストロガノフ」は、やわらかな牛ホホ肉のストロガノフを、紙のように薄いパートフィローと呼ばれるパイ生地で包んだもの。パリパリのパイ生地と、下に敷かれたファッロ(スペルト小麦)入りバターライスのプチプチ食感のコンビネーションが実にユニーク。パイ生地を割るときに、中はどうなっているんだろう? とドキドキする感じもたまらない。
デザートのプリンすら、ひとひねりある。珍しいベネズエラ産のトンカ豆を生地に混ぜ入れてあるので魅惑的な香りが後を引くのだ。
シェフの思いやこだわりが詰まった料理は、どれも舌の肥えた大人用。それでいて、感じるワクワク感は、子どもの頃にお子様ランチを食べたときと同じ。新しいのにどこか懐かしい、平成ならではの「大人のお子様ランチ」体験だった。
ちなみに展覧会本体もユニークだ。そもそも百貨店をテーマにした展覧会というのが珍しいが、高島屋とゆかりのある著名な美術家たちの日本画・洋画・工芸作品に加え、歴代のウィンドーディスプレイの映像や催事のポスターなど、180年を超える高島屋の伝統と歴史を感じさせる展示が目白押し。展示内容はいい意味で百貨店的で、なんでもアリな雑多感が実に楽しい。
考えてみれば、昔はお子様ランチのみならず、百貨店そのものがワクワクするスポットだった。休みの日に「デパートに連れていって!」と子どもが親にねだるシーンは昭和のマンガなどではおなじみ。食堂ではお子様ランチが食べられるし、屋上には遊園地もあるし、おもちゃだって売っている。子どもにとってはまさに夢のような場所だったのだろう。
また、かつての百貨店は単にモノを売るだけでなく、美術作品の展示や出版業などさまざまな事業を通して流行をリードする、いわば時代のけん引者のような側面も強かった。大人たちにとってもまたワクワクする場所であり、憧れの存在だったのだ。同展覧会では、そんな百貨店ならではのワクワク感をたっぷり味わうことができる。
年齢によって思い浮かべる絵に多少ちがいはありそうだが、お子様ランチにしろ、百貨店にしろ、昔から多くの人たちを魅了してきた存在。お子様ランチに憧れた世代はもちろん、リアルタイムでそのワクワクを体感していない人も、大いに楽しめますよ。
■暮らしと美術と高島屋
会期:2013 年4 月20 日(土)~2013 年6 月23 日(日)
会場:世田谷美術館(東京都世田谷区砧公園1-2)
時間:午前10 時~午後6 時(入場は午後5 時30 分まで) 休館日:月曜(祝日の場合はその翌日)
(古屋江美子)