福島第一原発を観光地にしようと言えば、何を不謹慎なことを言ってるんだ、と怒り出す人もいるかもしれない。しかしそんな計画を大真面目に進めようとしている人たちがいる。
しかもネットを中心に絶大なる影響を与える言論人たちによるというのだから、聞き捨てならない。「福島第一原発観光地化計画」とは一体どのようなものなのだろうか。

「批評家の東浩紀さんが原発事故を受けて、チェルノブイリの現状を参考に事故25年後の福島のために立案したものです」

答えてくれたのは同計画に携わる映像ディレクターの小嶋裕一さんだ。計画には東さんの他、ジャーナリストの津田大介さん、社会学者の開沼博さん、ライターの速水健朗さんなど、錚々たるメンバーが名を連ねている。

「チェルノブイリでは事故後25年経った2011年頃から政府公認で観光ツアーを行っており、かなりの観光客が世界中から訪れています。福島も将来観光地化することになるだろうことを前提に、きちんとした計画を立てておこうというのが狙いです」

説明が必要かもしれない。
現在世界にはダークツーリズムと呼ばれる種の観光がある。戦争や暴虐など、死や悲劇など人類の負の遺産を巡るツアーだ。日本では広島の原爆ドームなどはそのカテゴリーに含まれるといっていいだろう。

そうした世界的な潮流の中、図らずも世界的に有名になってしまった「フクシマ」に、将来人々が訪れるのは避けられまいと東さんは考えたという。ならば世界が負の遺産を継承しないよう、そして地元福島にとって最もいい形で観光地化できるよう今からできるだけの準備をしようということで計画が立てられたのだ。

もちろん批判や課題はたくさんある。
それらをクリアしようと、小嶋さんを含めたチームは先月チェルノブイリを視察してきた。

「批判の一つに観光地としての安全性の問題を指摘される方がいますが、現地に行って一番驚いたことは線量がかなり落ちており、3000人もの人が普通に働いていたことでした。除染の進んだ道路沿いは毎時0.1~0.3mSvと、飛行中の航空機内よりも低い状態です」

それとは別に被災地の見世物化につながるのではないかという批判もでている。南相馬でワークショップを行った時にそのことを心配する地元民もいたというが、事故後四半世紀以上経ったチェルノブイリの取材を通じ、中長期的には必ずしもマイナス面ばかりではないかもしれないという感触を得たと小嶋さんは言う。

『S.T.A.L.K.E.R.』というシューティングゲームがあります。原発後のチェルノブイリを舞台にした不謹慎ともいえるものなのですが、驚いたことに取材した地元の人のほとんどがそのゲームに対して比較的肯定的でした。
そういうものを通じてでも世界の人に自分たちの故郷や事故のことを覚えていて欲しいというのです」

事故から2年経ち被災地報道が減るにつれ、自分たちのことを忘れないで欲しいという被災地の声を聞くことが増えてきているのは筆者だけではあるまい。

同様の問題意識からか、計画支持の声も少なくない。先日クラウド・ファンディングを通じて視察の資金集めをしたところ、予定の6倍を越える支援があったのは人々の期待の大きさの表れだろう。

計画は原発施設見学に留まらず、博物館建設、さらにはビーチリゾート構想まで、官民学を巻き込んだ大きなスケールで提案されている。

詳細は東さんが代表の株式会社ゲンロンが6月に出版予定の『チェルノブイル・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』『福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2』という二冊の本にまとめられるので是非手にとって欲しい。また計画の参考になるチェルノブイリ視察の様子は、小嶋さんがデイレクターとして映像化を進めており公開も検討されている。


計画を実現させるには、行政、立法、そして資金など様々な面で多くの課題をクリアしなければならないだろう。そもそも実現させるべきかということ自体も議論されていくだろう。しかし何よりも大切なのは、ムードに流されず真摯に福島第一原発の事故の問題を自分たちの問題として受け止めることだ。事故直後は誰もが「気持ちは一つ」とか「絆」とか口にし、被災地のことを考えていた。しかし、ちょっと株価が上がり好況ムードに包まれると途端にすべてが解決した気になってしまう。

今から全力で取り組まない限り、四半世紀後にさえ福島に平穏は訪れさせることは難しいということを、福島第一原発観光地化計画は私たちに警鐘してくれる。

(鶴賀太郎)